5話 簡単な仕事の報酬はやはり安い
フェンリルたちは泣いた。
前の大陸では恐ろしい魔神の領域にウッカリ入ってしまって、魔神に追い回されて本当に怖かった。
あまりにも怖かったので、フェンリルたちは海を渡ってこの大陸に移動した。
みんな泳ぎは苦手だったが、それでもあの魔神から少しでも離れたいと思ったのだ。
それなのに。
なんで魔神がいるの!?
フェンリルのボスはもう全てを諦めてその場に転がって腹を見せた。
戦ってもまず勝ち目はないし、逃げようにも脚がプルプルして立てそうにない。
そんなボスを見習ってか、他のフェンリルたちも転がって腹を見せる。
「お? こっちのフェンリルたちは人懐っこいな」
魔神が笑顔を浮かべた。
あれ? もしかして魔神って媚びれば助けてくれるの?
フェンリルたちは瞬時に甘えた声を出した。
くぅーん、くぅーん、と。
「なんだよ、可愛いじゃねぇか」
魔神が寄ってきて、ボスの鼻を撫でた。
「お前ら俺の言ってること分かるか?」
フェンリルは人語が完全に分かるわけではないが、だいたいは理解できる。
ボスは即座にクルッと姿勢を直して伏せのポーズを取る。
他のフェンリルたちも同じように伏せた。
まぁ、どんなにベチャッと伏せても魔神の方が低い位置にいるのだけど。
フェンリルたちは身体が大きいのだ。
「お手」
魔神が右手を差し出したので、ボスフェンリルは即座に右前足を魔神の右手に乗せた。
そのお手の威力は、普通の人間なら完全にペチャンコに潰れてしまうレベルだったのだが、魔神は難なく受け止めた。
あ、やっぱりこの魔神は次元が違うな、とフェンリルたちは思った。
「あのな?」魔神が言う。「ここは人里に近いから、人間たちがお前らにビビってんだ」
フェンリルは魔神の手に乗せた自分の前足を下ろす。
「だからまぁ、なんだ、できればあっちの……」
魔神は遠くの山脈を指さした。
「山の方で生活してくれねぇ? あの辺は確か、人間は住んでなかったと思うからさ」
ボスはコクンと頷き、立ち上がる。
脚はもうプルプルしていない。
「お、ありがとな」
魔神が感謝の言葉を述べ、ボスは「いえいえ」という意味で1度吠えた。
それから仲間たちに目配せをして、魔神が示した山脈の方へと移動を開始。
「元気でなー!」
魔神が笑顔で手を振った。
ボスフェンリルは「やったぞぉ! 魔神に領土を貰ったぞぉぉぉ!」と喜び吠えながら走った。
◇
「いやぁ、フェンリルたちって物分かりいいな」
俺は冒険者たちの所に戻って言った。
俺の村の近くに出たフェンリルたちも、追い立てずに話したらよかったかもなぁ、とか思ったけど今更である。
「ま、まさかあのプライドの高いフェンリルたちが……」ディアナが驚愕の表情で言う。「腹を見せた上……犬のようにお手をするなど……」
プライドが高いようには見えなかったけどな。
あるいは人間が相手だと、プライドが高くなるのかも。
人間って基本的にはフェンリルたちより弱いしな。
「ま、簡単な仕事で良かったぜ。すぐ終わったし、さすがカイラのチョイス」
「いえいえ、アルト様ならきっと、余裕だと思いましたよ」
「それでこのあとは?」
「ギルドに戻って、報酬を受け取ります」カイラが言う。「本来なら、依頼達成の証拠が必要な場合もあるのですが、今回はみんなが証人ですから、特に問題もないでしょう」
「なるほど。普段なら証拠がいるのか」
俺が言うと、カイラが頷く。
「討伐系ですと、討伐対象の部位を持って帰るか、もしくは【遠隔透視窓】でギルド職員が確認するという手もありますね」
「へぇ」と俺。
「ところで帰りについてですが」カイラが言う。「あたしは健康のために歩こうかと思っておりまして……」
「我は鍛錬のために走ろうかと!」とディアナ。
他の冒険者たちも、口々に歩くだの走るだのと言いだした。
向上心の塊かよ!
「そっか、でも俺1人で帰ったら証人がいないんじゃ……」
仕方ない、俺も走るか?
「事務員に【念話】で知らせておきますよ」とカイラ。
「そっか。じゃあ【ゲート】で先に……」
「あ! アルト様! 【ゲート】で帰るんですか!?」
カイラが大きな声で言った。
「ああ。冒険者ギルドには1度行ったからな」
行ったことのある場所にしか【ゲート】での移動はできない。
「急に腹痛が! あたしも一緒に【ゲート】で連れて帰って欲しいです!」
いたたた、とカイラが両手で腹を押さえた。
「お、そりゃ大変だな。分かった一緒に帰ろう」
「アルト様!」ディアナが寄ってくる。「師匠の容態が心配なので、我も一緒に【ゲート】で帰りたいのだが!」
「あ、ああ。分かった」
師匠思いのいい弟子じゃねぇか。
美しき師弟愛ってやつだな。
俺もやっぱりポンちゃんを弟子に……いや、ポンちゃんはエレノアが教えるんだったな。
実力的にどうなの? って疑問はあるけど、本人たちがいいなら、別にいい。
「俺たちも!」「カイラさんが心配!」
冒険者たちも口々に一緒に帰ると言い始めた。
どうやら、カイラはみんなに好かれているようだ。
俺は嬉しい気持ちになった。
「よし、じゃあみんなで一緒に帰るか!」
俺は冒険者たち全員を【ゲート】で連れ帰った。
「マジか!」「この人数を一撃で【ゲート】!?」
「すげぇ!」「漆黒の雷電、半端ねぇ!」
冒険者たちが口々に俺を褒めたので、なんだか照れてしまった。
そんなに難しい魔法じゃないんだけどな、【ゲート】って。
それこそ、エレノアでも使えるわけだし。
「ささ、アルト様、受付に依頼完了を伝えに行きましょう」
「腹は大丈夫なのか?」
「え? ええ! 今は平気です! 腹痛には波がありますからね!」とカイラ。
「そっか。そういや、そうらしいな」
昔読んだ家庭の医学書に書いていた。
ちなみに俺は腹痛になったことがない。
俺はカイラと受付に移動し、依頼書を返して「終わったぜ」と言った。
事務員が目をまん丸くしていたが、カイラが頷くと「マジっすか」と呟いた。
「マジだから早く処理しろ」とカイラ。
事務員が慌てて奥に引っ込み、台車に大きな宝箱を載せて戻って来た。
「こちらが報酬になります」
事務員は台車をカウンターのこっち側まで押してから言った。
「開けてもいいか?」と俺。
頷く事務員。
宝箱を開けると、普通の金貨が詰まっているだけだった。
まぁ、あんな簡単な依頼じゃ、こんなもんだろうな。
「カイラにやるよ。今日のお礼ってことで。少ないけど」
俺はカイラに笑顔を向けた。
その瞬間、冒険者たちが大口を開けて硬直した。
どうしたんだ?
「あ、えっと、本当にあたしに?」とカイラ。
「ああ。今日は助かった」
俺は昔みたいにカイラの頭をナデナデした。
カイラは最初、少し驚いた風だったが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「アルト様、あたしまだ独身なのですが」
「そうか、いい相手が見つかるといいな」
「あ、はい……」
カイラは少し項垂れた。
ん? 俺に誰か紹介して欲しかったのか?
悪いけど俺は知り合い少ないぜ?
「ところでアルト様」ディアナが言う。「どこで冒険者をやるのだ?」
俺はリクが冒険者として登録する予定の国名を告げた。
その国は今ニナのいる大陸にある。
なんだかんだで、姉の近く(飛んで行けばすぐ会えるはず)がいいなんてリクも可愛いよな。
「あい分かった」とディアナが笑顔を浮かべる。
コホン、とカイラが咳払いしたので、俺は視線をカイラに向けた。
「会えて良かったです。母にもよろしく伝えてください」
「ああ。じゃあまたな」
俺は【ゲート】で自宅に戻る。
そして戻ったと同時に思い出してしまう。
手土産を渡しそびれたことを。
でも金貨を譲ったからそれでいいか。
「アルト様!」
俺の魔力を感じたのか、エレノアが俺を呼んだ。
俺が裏庭に出ると、エレノアはまだ農作業をしていた。
楽しんでいるようで何より。
「どうした?」
「今日の夕飯も頂いて帰ってよろしいですか!?」
「ああ。最初からエレノアの分も作るつもりだぞ」
エレノアは育ち盛りなのか、モリモリ食べるから作る方としても気持ちがいい。
「ありがとうございます! おかげでわたくし、どんどん魔力が増えております!」
それは勘違いじゃね?
――――あとがき――――
『漆黒の雷電って俺のこと?』編はこれでお仕舞いです。
来週からは『波乱のお見舞い』編を予定しています。
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