4話 四天王のお仕事
30年前の魔王軍、幹部会議。
「ベルゼブブの奴、人間の国に侵攻しちゃったじゃーん」
やれやれ、と妖精女王のビビが首を振った。
ここは魔王城の会議室。
円卓に座っているのは、四天王3人と参謀の、合わせて4人。
「魔界の大公でありながら、魔王様に従わないというだけでも、我は気に入らなかった……」
魔王大好きの参謀、アスタロトがイライラした様子で言った。
「自分が魔王になりたいタイプ、であろうな、あやつは」
人狼のジョージが淡々と言った。
「……はむはむ……」
種族不明のロロは相変わらず自分の尻尾を囓っていた。
「やはり最後のヴァンパイアキングが殺された時に! 討伐軍を編制するべきだったのかも!」
バン、とアスタロトが円卓を叩いた。
もちろん、円卓を割らないよう少し気を遣って叩いた。
魔王城の備品を壊すと、総務の連中がブチ切れるからである。
「でも魔王様がストップかけたじゃん」ビビが言う。「『きっと彼が動くよ』って」
「ワシらもそう思ったがな」ジョージが言う。「いくらサボり魔であっても、自分の旅団の長が殺されたのだから、動くだろうと」
「ええ。我もそう判断したし、キングの娘であるエレノアも『我々が何かする必要はありますまい、あのお方が黙っていると思えません。あと、クソ雑魚ナメクジの父など死んで当然』と何もしなかったから……」
「ヴァンパイアとは本当に冷血であるな」とジョージ。
「家族の情とかぁ? 全然ないって話だもんねー?」
ビビが両手を広げた。
「だがメンツはある」アスタロトが言う。「故に万年を生きる彼が動くと誰もが思ったのだけどね……」
しかし今日まで、彼は動かなかった。
ちなみにエレノアは「クソ雑魚ナメクジの父より更にクソ雑魚ナメクジのわたくしが、ハエの王ベルゼブブに勝てるはずがない」と早々にこの件から手を引いていた。
なんならベルゼブブの存在すら、記憶の彼方にぽーいと放り投げている。
この時のエレノアの目標は、新たに旅団長になったリッチに勝って、自分が1番上に立つことだった。
「どうするぅ?」ビビが言う。「今から本格的にベルゼブブの領土に攻撃しかける?」
「……ロロはどっちでも、いいよ」
言ってから、ロロはまた自分の尻尾を囓る。
「魔王様の許可が先だけどね」アスタロトが言う。「ベルゼブブは我と同格か、もしかしたら我より強い可能性があるので……」
「それは実に面白そうであるな!」
強い奴と戦うのが大好きなジョージがやる気を出した。
「そういえば魔王様は?」ビビが言う。「今って起きてるよね?」
「ぼくならここだよ」
魔王ロザンナが会議室の入り口で言った。
「おお! 魔王様!」
ジョージが座ったままでお辞儀。
それに合わせて、他のメンバーも頭を下げた。
「楽にしていいよ」ロザンナが軽い足取りで会議室に入る。「さっき情報部の子たちと話してたんだけど、良い知らせとすごく良い知らせがあるよ」
「ほう。聞きたいですね」とアスタロト。
ロザンナは円卓の一席に腰を下ろす。
「まずいい知らせ。ぼくはベルゼブブの領土に総攻撃をかけようと思ってる」
「おお! 素晴らしい英断!」とジョージ。
「分かりました。我も英断だと思います。こちらもそれなりの被害が、出るでしょうけど」
アスタロトがうんうんと頷いた。
「……いいよ、総攻撃」とロロ。
「ついにあの気色悪いハエ野郎を」ビビが嬉しそうに言う。「退治する日が! 来たのね!」
ビビは美しいモノは好きだが、その逆は苦手だった。
「そしてすごくいい知らせなんだけど」ロザンナが嬉しそうに言う。「アルトがベルゼブブとその眷属を皆殺しにしたよ」
「「!?」」
ロロ以外のメンバーは驚愕した。
「まさかの皆殺し!?」とビビ。
「ひ、1人で?」とジョージ。
「もちろん1人だよ」ロザンナが言う。「人間たちも周囲にいたみたいだけど、アルトの邪魔しかしてないと思うし」
「さすがに恐ろしい戦闘能力ですね……」
ははっ、とアスタロトが乾いた笑い。
「ってことは」ビビがポンッと手を叩く。「今ベルゼブブの領土にいる奴らって、みんな雑魚なんじゃないのぉ?」
コクン、とロザンナが頷く。
「アルトのおかげで、ぼくたちは簡単に領土を広げられる」
「彼は領土攻撃には参加しないので?」とジョージ。
「そうだよ」ロザンナが頷く。「アルトの実力なら、1人でベルゼブブの領土に殴り込んでも問題なかったけど、そうして1人で全部を解決しちゃうと、みんなの立つ瀬がないでしょ?」
「なぁるほどぉ!」ビビが嬉しそうに言う。「自分はもっとも強い敵を打ち倒し、妾たちに美味しいところは譲ってくれたのね!」
「そう。アルトってそういうとこ、あるからさ」
ロザンナの表情がニマニマと緩む。
「なるほど、確かにアルト殿だけが手柄を挙げては」アスタロトが言う。「我々の肩身が狭くなる」
「……ワシはベルゼブブとも戦ってみたかったが……」
ジョージは少し残念そうだった。
「そう言うと思ったから」ロザンナが言う。「ベルゼブブ領への侵攻はジョージが総大将でいいよ」
「おお! ありがたき幸せ!」ジョージが嬉しそうに言う。「必ずやかの領土を奪い取ってみせましょう!」
「ビビとアスタロトは、戦後処理をお願いね」とロザンナ。
ビビとアスタロトが頷く。
「……ロロは?」
「ロロは……何したい?」
ロザンナが問うと、ロロはうーんと考える。
そして首を傾げながら言う。
「……応援?」
「分かった。じゃあロロはみんなを応援してね!」
ロザンナが言うと、ロロが強く頷いた。
◇
俺は依頼書を持ったまま冒険者ギルドの外に出た。
フェンリルたちを追い払いに行くためだ。
「なんでみんな出てくるんだ?」
なぜか冒険者たちが俺と一緒に外に出た。
見送りか何かかな?
「アルト様」カイラが言う。「せっかくなので、あたしらも見学したいのですが?」
「あ、ああ。好きにしろよ」
もしかして、俺がちゃんと依頼をこなせるか心配なのかな?
だとしても、全員で見守らなくても……。
と思ったけど、まぁ俺は初心者だしな。
俺はそのままスッと空へと舞い上がる。
数名が俺について空へと上がった。
「アルト様! あたしは飛べませんが!」とカイラ。
「我も! 我も飛べぬ!」とディアナ。
俺は小さく溜息を吐いてから、冒険者全員を浮かせてやる。
「おぉ」と感嘆の声がいくつも聞こえた。
「それじゃあ、快適な空の旅としゃれ込もうや」
俺はちょっと格好付けて言った。
それから、割とゆっくりと空を移動した。
そして草原が見えて、フェンリルたちの姿も確認した。
俺はフェンリルたちから少し離れた岩場にみんなを降ろす。
フェンリルって人間には脅威だからな。
まぁ、冒険者なら平気なのかもしれないけど、念のため。
と、地面に降りた瞬間、数名が吐き散らかした。
空の旅は快適じゃなかったようだ。
慣れの問題だろうけどな。
「なんて速度で……ごふぅ!」
「天国のお祖母ちゃんが……げぼぉ!」
「目が回る……ゲロゲロ」
大袈裟な連中だぜ。
カイラとディアナを見習えっての。
カイラなんて微笑みを浮かべているし、ディアナも淡々としている。
◇
カイラは笑顔のままで固まってしまった。
(怖かったぁぁぁぁ! 55年の人生で、1番怖かったぁぁぁぁあ! 帰りは歩こう! 絶対に歩こう!)
子供の頃なら楽しめたかもしれないけれど、とカイラは思った。
ディアナは動いたら吐きそうだったので、ピクリとも動かずに回復を待った。
(吐くわけには……。ぐぬ……。憧れのアルト様の前で、醜態を晒すわけには……。帰りは歩こう……うん、絶対に歩こう)
Sランクのディアナでこれなのだから、他の連中が吐くのも仕方ない。
ディアナはチラッとカイラを見て、さすがは師匠、動じていない、と尊敬を深めた。
「よし、じゃあちょっとフェンリルたちを追い払ってくるから」
そう言って、アルトはタッと一足飛びでフェンリルたちの方へと向かった。
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