3話 そっか、SSって記念ランクってことなのか
俺はカイラが取り出したカードを二度見してから、カイラの顔を見る。
カイラは「どうぞ」と微笑む。
一旦ね? 一旦、俺はカードを受け取ることにした。
守りたい、カイラの笑顔。
久しぶりに会ったわけだしな。
しかし俺の頭には疑問符が浮かんでいる。
「やっと取りに来てくれましたね。30年も待ちましたよ」
「そ、それは遅くなって悪かった……って、ちょっと待てカイラ。俺はいつ冒険者になったんだっけ?」
一旦、受け取りはしたが、こういう疑問は放置しない方がいい。
いつの間にか四天王にされたり、大聖者にされたり、気付いたら世界の命運を背負うという意味不明な状況に陥るのだ。
何言ってんだこのヴァンパイア、って思うだろう?
でも、俺は実際にそういう謎の状況に巻き込まれたのだ。
しかも割と最近。
「面白い冗談ですね」カイラが声を出して笑う。「あたしと一緒に『ハエの王』を倒した時ですよ」
「ハエの王って、もしかしてあの大きなハエの魔物か?」
虫嫌いのカイラが、俺に助けを求めて来た時のことだ。
ドラゴン並に大きなハエの魔物が、人間サイズのハエを大量に使役し、ブンブン飛び回るというカオスな状況だった。
さすがの俺も表情が引きつったね。
ハエって大きいと気色悪いからな。
「ええ、それはそれは恐ろしい魔物でした……」カイラが遠くを見るように言う。「被害は甚大でしたし、ハエの王の実力は魔王にも匹敵したと思います……」
そんなわけあるかよ!
俺は驚いて突っ込みそうになった。
カイラ、お前、話を盛りすぎだぞ。
ドラゴン並に大きくても、所詮はハエ。
一撃だったじゃねぇか。
触りたくなかったから、ミョルニルで叩いたのだけど、それだけでアッサリ死んだじゃんあのハエ。
「地獄のような日々だった……」
当時を覚えているのだろう、60歳前後の冒険者が言った。
まだ引退してないのかこいつ。
まぁ元気なのはいいことだな。
「ま、まぁとにかく、俺は確かにハエを退治したな。うん、覚えてるぞ」
俺が言うと、カイラはちょっとだけビックリした風な表情を見せた。
それから微妙な表情を浮かべて言う。
「アルト様にとっては……ただのハエ退治でしょうけど……」
なんかエレノアも時々、こういう表情するよな。
つーか、ハエを退治しただけで冒険者になれるとか、門戸が限界まで広がってるじゃねぇか。
「それでこの」俺は冒険者カードを見ながら言う。「SSランクってのは?」
冒険者のランク分けを、俺はよく分かっていない。
Aランクが一番強いんだよな?
「分かっていますよアルト様。既存のランクなど、アルト様はとっくに超越していると」
カイラが力強く言った。
俺はランクを超越しているらしい。
なんでだよ!
どういうことだよ!
「ですがまぁ、記念みたいなものだとお考えください」
「お、おう。記念なら納得だぜ」
記念ランクだから、本来のランクとは関係ない、って意味での超越か。
そっかそっか。
ハエ退治記念の冒険者カードってことか。
「実際には使えるのか? このカード」
「ええ。記念と言っても正式な冒険者カードですから」
「そっか。そりゃ助かる」
リクと冒険者になる時、俺は手続きをしなくて済むってことだからな。
それはそうと。
記念カードってきっと珍しいだろうから、リクに見せてやろうっと。
「あの……」ディアナが俺に声をかけた。「漆黒の雷電さんは……その……」
「待て。その愛称みたいなの、なんだ?」
恥ずかしすぎるんだが?
血塗れジョージ並に恥ずかしいんだが?
「アルト様の見た目は、まさに漆黒でしょう?」とカイラ。
言われてみればそうだな。
俺は黒髪ロングに、着用している燕尾服もマントも黒だ。
それに夜の王であり闇の使者、世界一漆黒が似合うヴァンパイアだもんな俺。
「それにハエたちを一掃したあの黒い雷電を組み合わせたものです」
「ああ、ダークナイトサンダーか」
ヴァンパイア特有の魔法で、千歳ぐらいで使えるようになる。
空から黒い雷を大量に落として広範囲を攻撃するのだ。
魔剣ライトニングの魔法とだいたい同じだ。
なるほど、納得の愛称だ。
って、なるかよ!
「普通に名前で呼んでくれ! 俺はアルトだ!」
「あ、ああ。アルト……様?」
ディアナが首を傾げた。
カイラが頷く。
「それでその、アルト様は、若いままのようだが……」ディアナが言う。「高名な魔法使いか?」
ん?
俺はヴァンパイアだけど、カイラはそのことを言ってないのかもな。
そうだよなぁ、人類にとって、ヴァンパイアはすでに滅亡した種族だもんなぁ。
「そんなとこだよ」俺は肩を竦めた。「ところでカイラ、ちょっと聞きたいんだけど」
俺はここに来た目的を話した。
リクと一緒に冒険者をやる、って話だ。
「おお! ついにアルト様が本格的に冒険者をやると!」カイラが目をキラキラさせて言う。「あたしも復帰しなくては!」
「いや、無理すんなって。事務員でもいいじゃねぇか。それに俺は別の大陸で活動する予定なんだよ」
俺が、というかリクが。
「別の……大陸……」
カイラがガックリと項垂れた。
なんかちょっと可哀想だな。
「ま、まぁ、流れはここでカイラに教わるつもりだからさ。ほら、依頼の受け方とか教えてくれよ」
「分かりましたアルト様! まずはこちらへ」
カイラが掲示板の方へと移動し、俺も続く。
なぜか他の冒険者たちも俺とカイラを囲むように移動。
「自分のランクに合った依頼を受けるのが基本ですが、まぁアルト様ならこれがいいでしょう」
カイラが依頼書を1枚、掲示板から剥がして俺に渡す。
「簡単なのにしてくれよ? 初めてだし」
「ええ。簡単なお仕事ですよ」
◇
それ簡単じゃないからぁぁぁぁ!
ディアナは心の中で絶叫した。
カイラがアルトに渡した依頼書は、SSランクの依頼書だ。
ギルド全員で一丸となって解決しようね、ってこの前決まった依頼である。
「ここにも狼たちが出るのか」
依頼書を見ながらアルトが言った。
それ狼じゃなくてフェンリルだぞ!
ディアナは心の中で突っ込みを入れた。
声に出したらカイラに叩かれそうなので、心の中だけ。
「ええ、そうなのですよ」
カイラが困ったわぁ、という風に右手を頬に添える。
なんでぶりっこしてんの? と冒険者たちは思った。
もちろん、それを指摘できる強者はいないけれど。
「どこにでもいるんだな、フェンリル狼って」とアルト。
そんなわけあるかぁ!
相手がアルトでなければ、槍の柄で頭を叩いているところだ、とディアナは思った。
「どうもこの群れは、海を渡ってきたようなのです」
「へぇ。こいつら泳ぎも得意なんだな」
「それはどうか分かりませんが、何か恐ろしい存在から逃げ出したのではないか、と冒険者ギルドは分析しております」
「恐ろしい存在ねぇ、心当たりはねぇなぁ」
アルトが小さく肩を竦めた。
「比較的、最近のことなので例の混沌竜、ケイオスではないかと」とカイラ。
「あのオッサン、言うほど強くも怖くもねぇけどな」とアルト。
「アルト様」カイラがアルトに接近する。「お耳を拝借」
アルトが耳をカイラに寄せる。
「アルト様、ケイオスを倒した聖者だか四天王だかって、アルト様ですか?」
「ああ。俺だ」
「だと思いました」
ニコッと笑ってから、カイラがアルトから離れた。
2人の会話はヒソヒソ話だったので、冒険者たちには聞こえていない。
けれど、近くにいたディアナには聞こえてしまった。
「内緒な」とアルト。
カイラが頷く。
ああ、この人は、とディアナは思う。
30年前にハエの王を退治し、更に最近はケイオスさえ退治してしまったのだ。
正真正銘の英雄。
冒険者の頂点。
カ、カッコいぃぃぃぃぃぃぃ!!
「よし、んじゃあ、パッとフェンリルたちを追い払ってくるか」
まるで飼い犬でも撫でに行くか、というレベルの気軽さでアルトが言った。
やだ、カッコいい!
ディアナの目はハートになっていた。
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