2話 冒険者は血の気が多い
その街は大都会だった。
俺は空に浮いていて、街を見下ろしている。
綺麗に区画整備された街並みに、歩き回っている人々。
本当にこの人たちは目的を持って歩いているのだろうか?
そう思うほど、多くの人々が行き交っていた。
少し離れた場所に大きなお城もある。
確かこの国は帝国だったかな。
そんなことを考えながらキョロキョロしていると、すぐに冒険者ギルドが見つかった。
お城ほどではないが、それなりに大きな建物だった。
「でかいな……」
呟きつつ、俺はギルドの前に着地。
道を歩いていた数名が俺に視線を送るが、「ああ、冒険者か」みたいな感じで納得して日常に戻った。
俺は冒険者ギルドの扉を押し開いて、中へと踏み入った。
中は酒場みたいだった。
うん、大きな酒場って感じだな。
冒険者たちがテーブルで酒を飲んだり軽食を食ったりしている。
楽しそうな雑談の声が響いている。
奥にはカウンターがあって、更に奥が厨房か。
グルッと見回すと、壁に大きな掲示板があって、色々な紙が貼ってある。
よく見ると、それは依頼書のようだった。
掲示板の横にもカウンターがあって、事務員らしき人が座っている。
俺は事務カウンターの方を目指して歩く。
そうすると、何人かが俺を見てギョッとした。
「な、なんだテメェ! そんな恐ろしい顔しやがって!」
冒険者のオッサンが俺の前に立ち塞がる。
「この顔は元からだっ!」
俺はウッカリ強い口調で言ってしまった。
そうすると、冒険者数名が席を立って俺を警戒。
「犯罪組織の殴り込みか?」
「いや、潰しただろ」
「じゃあ残党の仕返しか?」
冒険者たちが言った。
冒険者って犯罪組織にも対処するのか?
「バーカ! 犯罪組織と喧嘩なんかするから!」と陽気な女性。
なるほど、冒険者として対処したのではなく、ただの喧嘩から組織間の抗争に発展したってわけか。
ヴァンパイア並に血の気が多いな冒険者。
リク大丈夫かな……。
リクは優しい奴だから、いじめられたりするんじゃ……。
いや、だからこそ、俺が最初は一緒に行ってやるんだ。
「それでテメェはどこの組織の奴だ?」
俺の前に立っているオッサンが言った。
あれ?
もしかしてこいつら、本気で俺を犯罪組織の人間だと勘違いしてるのか?
マジかよ、俺は人畜無害のヴァンパイアだぞ?
「いや……俺は……」
ただ知り合いに会いに来ただけだ、と言おうとしたのだが。
「おおおおおお! お待ちなさぁぁぁぁい!!」
金髪の男がダッシュで俺とオッサンの間に入った。
どっかで見たことある男だな。
「バカやろう! その人が前に話した!」
黒髪の男も割って入る。
「絶滅危惧種を保護している人よ!」
青髪の女が悲鳴みたいに言った。
その言葉で、ギルド内に戦慄が走る。
空気がこう、一気に変わったような感じがした。
ザワザワと「あの人が?」「マジか、Aランクが手も足も出なかったっていう?」とかの言葉が飛び交った。
俺は金髪の男、黒髪の男、青髪の女を順番に見て。
そして思い出した。
「あ、お前らブラピ……ケルベロスを捕まえようとしてた冒険者か!」
俺はポンッと手を打った。
「その節はどうも!」
金髪が深くお辞儀をした。
合わせて黒髪と青髪もお辞儀。
「あ、いや、こちらこそ」
釣られて俺もお辞儀してしまった。
「わ、悪かったな……へへ、本当、悪かった」
俺の前を塞いでいたオッサンが引きつった笑みで謝罪。
「ああ。別にいいさ」
俺は肩を竦めた。
喧嘩しに来たわけじゃないし、このまま穏便にカイラに会おう。
「ふん、情けないな、貴様らは」
ツンとした女の声で、ギルド内がシンッ、と静まった。
俺は声の方に視線を向ける。
そこに立っていたのは20歳前後ぐらいの、少女と女性の間を彷徨っている感じの女だった。
茶髪のポニーテールで、勝ち気で釣り上がった目が印象的。
割と美人だな、と思った。
服装は白い戦闘服で、身体は引き締まっている。
「こいつが本当に、そんなに強いのか?」女は俺を睨んで言う。「動物保護団体の奴が? 見た目が怖いだけだろう?」
俺は動物保護団体じゃねぇよぉぉ!
いや、そりゃ、絶滅危惧種には優しくしようと思ってるけども!
それだって俺が絶滅危惧種だからだし!
「お、おいディアナ……よせ」
黒髪の男が焦った様子で言った。
「ちょっと手合わせをしてくれんか?」ニッ、と笑いつつディアナと呼ばれた女が言う。「我も実力には自信がある」
なんでだよ!?
俺はカイラに会いに来ただけだぞ!?
マジで血気盛んだなおい!
と、俺はそこでやっと、ディアナが持っている武器に気付いた。
パッと見ると安っぽい槍のように見えるそれは。
「グングニルじゃねぇか」
俺が右手を上げると、グングニルがディアナの手から離れて俺の手へと飛んで来た。
久々の感触だな、とグングニルの柄を握る俺。
この柄は世界樹の枝でできているのだ。
穂先には古代文字が記されていて、それが付与魔法になっている。
確か付与されているのは、グングニル本体の耐久上昇、使用者の速度上昇、帰還魔法の3つ。
帰還魔法は、どこに投擲しても戻ってくるという面白い性能だった。
よく投げて遊んでいたなぁ、と懐かしくなる。
ちなみに、さっき俺の方に飛んで来たのは、俺が帰還魔法を意図的に発動させたから。
「な!? バカな! なぜグングニルが我から離れたんだ!?」
ディアナは意味が分からない、という風に自分の手と俺を交互に見た。
「バカ弟子が。そのお方が『漆黒の雷電』様だよ」
魔力の乗った声が響き、俺以外の全員がビクッとなった。
声の主に目をやると、ブルーの髪を低い位置で結んでいる女性が立っていた。
見た目の年齢は40歳ぐらいか。
でもネネの話じゃ55歳だったか。
「よぉカイラ。久しぶりだな」
「ええ、アルト様、本当にお久しぶりでございますね」
カイラが穏やかな笑みを浮かべつつ俺を見た。
◇
やらかしたぁぁぁ!
ディアナは内心ガクブル状態だった。
アルトの正体を知ってしまったからだ。
漆黒の雷電――その通り名はもはや伝説にも近い。
たかだか30年ほど前の話ではあるが、冒険者の間では語り草である。
当時、大陸を恐怖のどん底に叩き落とした『ハエの王』を退治したのが漆黒の雷電である。
しかもあのカイラが、穏やかな口調と表情で話しかけているのだ。
「引退して事務員になったんだろ?」とアルト。
ディアナも他の冒険者たちも吐きそうになった。
最強にして最恐と呼ばれるカイラを、事務員扱いしたからだ。
カイラは元SSランクの冒険者で、今はグランドマスターの地位に就いている。
かつての仲間であっても、さすがに怒るのでは、とみんなが危惧した。
「ええ、そうなんですよアルト様」
しかしみんなの予想とは裏腹に、カイラはヘラヘラと肯定した。
(グランドマスターって、大陸中のギルドを統括しているのだが!? けっして事務員ではないのだが!? もはや神にも等しい人なのだが!? てゆーか、漆黒の雷電を様付けで呼んでる!?)
ディアナの心中では様々な疑問が浮かんでいた。
ちなみに、冒険者ギルドの支部長をギルドマスターと呼び、国単位の長をハイマスターと呼ぶ。
「そっかそっか。それで、この子は弟子なのか?」
アルトが視線だけでディアナを見る。
ディアナはビクッとなった。
「ええ……。まったく血の気が多くて……。アルト様に生意気な態度を取るとは……」
ギロっとカイラに睨まれ、ディアナは縮こまる。
ディアナはSランクの冒険者だが、まだまだカイラには敵わない。
「す、すみませんでした……」とディアナ。
「いいさ。ほれ、これ返すな」
アルトがグングニルをディアナに手渡す。
ちなみに、グングニルは元々カイラの持ち物で、ディアナが受け継いだのだ。
まぁ、カイラにグングニルをプレゼントしたのがアルトなわけだが。
「ところでアルト様、これを受け取りに来たんですかね?」
カイラは異次元巾着から冒険者カードを取り出してアルトに渡した。
「ん? なんだこれ?」
「アルト様の冒険者カードですよ」カイラが言う。「あの日からずっと、あたしが預かっていましたからねぇ」
んんんん?
なんで俺の冒険者カードなる物が存在してんだ!?
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