EX03 なぜ滅びたのか


「ノアちゃんのヴァンパイア設定に付き合ってあげてるんでしょ?」


 そう言って、ポンちゃんが俺に一冊の本を手渡した。

 ここは俺の家の広間。

 ちなみにポンちゃんの本名は難しいので覚えていないが、『なんとか、かんとか・ポンティ』である。

 七大魔法使いの末席で、勇者パーティの一員。

 人間にしてはかなり強いほうだ。


 そういえば、人類は絶賛戦争中なので、勇者パーティは再結成されたらしい。

 人類の相手はドラゴンたちと魔王軍。

 三つ巴ってやつだな。

 勇者であるニナは、「行きたくないぃぃ」と半泣きで抵抗したが、ポンちゃんの【ゲート】で強制的に連れて行かれた。

 まぁ、ニナはあれで割と優しい奴だし、仲間を見捨てたりはしないだろう。


「大聖者様?」


 ポンちゃんが俺の顔を覗き込む。


「ああ、悪い。本ありがとな」


 タイトルを確認すると『ヴァンパイアはなぜ滅んだのか』と記されていた。

 滅んでねぇよ!

 俺とエレノアがまだ生きてるんだよぉぉぉ!

 絶滅寸前ではあるけれど。


「いえいえ、ところで、いつわたしを弟子にしてくれるの?」


 んんん!?

 弟子にするって言ったか俺!?


「ノアちゃんとも義姉妹の契りを交わしたし、ね?」


 ポンちゃんが上目遣いで俺を見る。

 あれ?

 こうして見るとポンちゃん、割と可愛い?

 艶やかな黒髪はロングストレートで、瞳の色は明るいグリーン。

 赤いとんがり帽子がよく似合っている。

 服が緩やかなので、身体のラインは分からない。

 そこそこ胸はありそうだが……。


「父上を誘惑するなぁぁぁぁ!!」


 突如、エレノアが2人の間に割って入った。

 エレノアは【ゲート】で今さっき来たばかりだ。

 俺もポンちゃんもエレノアの【ゲート】には気付いていたが、特に反応を示さなかっただけ。


「誘惑って」ポンちゃんが苦笑い。「弟子にして欲しいなってお願いしてただけよ」


「ダメだダメだ! 貴様は姉であるわたくしが育てると決まっているのだ!」


 パッと見、明らかに年下のエレノアだが、実際の年齢はエレノアの方が遙かに年上だ。


「そうね、ノアちゃんからも、色々と学ばせてもらう予定よ?」


 ポンちゃんが楽しそうに言った。

 俺はとりあえず、本をテーブルに置いて、2人にケルベロスのブラピを紹介した。

 ブラピは室内で飼っている。

 散歩に出すこともあるけど、基本的には室内飼い。

 2人はブラピをモフモフして、嬉しそうにしていた。


「じゃあ、そろそろ帰るわね。時間があればまた顔を出すわね」


 そう言って、ポンちゃんは【ゲート】で帰宅した。

 別に無理に来てくれなくていいんだが?

 勇者パーティ忙しいだろうに。


「で、エレノアは何か用か?」

「何の用もありません!」


 エレノアがキリッとした表情で言った。

 要するに、遊びに来たってことか。


「じゃあ読書でもすっか」

「読み聞かせてくれるのですか!?」


 エレノアが嬉しそうに目をキラキラとさせた。


「ああ、まぁ、別にいいけども」


 俺はポンちゃんが持って来た本を手に取った。

 それから椅子に腰掛ける。

 エレノアが俺の隣の椅子に座る。


「なんですかその不穏なタイトルの本は!」

「俺にもよく分からん」


 ポンちゃんは俺たちがヴァンパイアだと信じていない。

 エレノアがそういう設定で遊んでいる、つまり、おままごとをしていて、俺も付き合っているという認識。

 だからまぁ、この本を見て設定に深みを出せ、ということだろう。

 俺たち本物のヴァンパイアなんだけどなぁ。

 とりあえず、俺はページを捲る。


「ええっと、結論から言うと、ヴァンパイアが滅びた理由は2つ。1つは、その好戦的な性格。もう1つは、ケイオスである」

「おのれ! わたくしたちはまだ! 滅びていないぞぉぉ! 作者は万死に値するぅぅ!」


 ガタン、とエレノアが立ち上がった。

 いつもの光景だ。

 そして思った。

 この作者の意見は的を射ている、と。


「まぁ座れ」と俺。

「あ、はい」とエレノアが再び座る。


「ふむ。こっからは要約するぞ」


 俺がそう言うと、エレノアがコクンと頷く。


「ええっと、ヴァンパイアたちはあまりにも好戦的すぎて、身内争いが絶えなかったらしい、と書いてあるな。うん、事実だな。親子喧嘩とかよくあったしな」


 ヴァンパイアは親子の情が人間に比べて薄い。

 まぁ、情そのものが希薄で命をなんとも思っていない。

 俺は本当にかなり特殊な個体なんだよなぁ。


「わたくしも実の父をぶん殴ったことがあります。まぁ、反撃で殺されかけましたが」


 エレノアが懐かしそうに言った。

 ヴァンパイアは人間に比べると元々、数が少なかった。

 その上で、全然増えなかったんだよなぁ。

 定期的に死ぬからだ。

 喧嘩とかで。


「ヴァンパイア全盛期でも、3000歳を超えるのは難しかった、と」


「でしょうね」エレノアが頷く。「ここ5000年で、1000歳を超えた個体は片手で数えられる程度だったと父に聞きましたね」


 おかしいな、俺が子供の頃は3000歳ぐらいは普通だった気がするけど?

 俺は不思議に思いながら、本の続きを読む。


「で、魔人竜戦争でほとんどが死んじまったのか。ヴァンパイアは協調性が低く、自信家で好戦的である故、勝手にケイオスに挑んで勝手に死んでいったと……」


 なんて愚かな種族!

 バカなのかな!?

 平和に暮らしていたら、いつまででも生きられるのにっ!

 ああ、でもエレノア見てたら、なんかもうその様子が目に浮かぶなぁ!

 そしてケイオスのオッサン、ヴァンパイアの絶滅に寄与してんじゃねぇよ!

 心の中で盛大に突っ込んだところで、気を取り直して俺は続きを読む。


「そこからヴァンパイアの凋落が始まる、と。最強のキングだった5000歳の『ウルバーノ』が死んだことが最も大きいだろう。ウルバーノは歴史上、最強のヴァンパイアとして君臨し、他種族と協調すれば、ケイオスに勝てるのではないかと言われていたのだが、1人で突っ込んで1人で死んだ、と」


 ……ウルバーノ、お前いつの間に最強になってたの?


「ウルバーノは究極の回避スキル『ヴァンパイアミスト』を1日に10回以上使えたとされている」


「おお! さすが最強!」エレノアが嬉しそうに言う。「わたくしの父は1日に1回でした!」


 覚えたてはそんなもんだな。

 俺も1日1回だった。

 今は何回使えるのか分からないけど、感覚的に数百回は使える気がする。

 5000歳の時点で10回しか使えなかったなら、ウルバーノって魔力量は全然伸びなかったんだなぁ、と俺は思った。

 あるいは、ウルバーノが普通で、俺の健康的な食生活が俺の魔力量を平均以上に増やしたとか。

 なんてな、そんな夢みたいな話はねぇか。


「それでもウルバーノは勝てなかった。しかしケイオスにも大きなダメージを与え、それがケイオス封印のキッカケになったと、へぇ」

「アルト様は最強キングのウルバーノを知っていますか? わたくしのご先祖様です!」

「ん? ああ。普通に幼馴染みだぞ?」

「!?」

「あいつでも、子供の頃は俺と同じぐらい弱くてさぁ」

「……いや、アルト様と同じぐらいなら、絶対強いし……」


 エレノアがボソッと言ったが、よく聞こえなかった。

 まぁ気にせずウルバーノの話を続けよう。


「よく一緒に遊んだっけなぁ。あのウルバーノが、後世で最強扱いされるとはねぇ」


 俺なんて1万年も生きてるのに、最強とは程遠いしなぁ。

 ま、俺は平和主義者だから、別に最強である必要はねぇんだけどな。


「アルト様と遊んでいたから、ウルバーノは最強になれたのですね……」

「いや、そんなことはねぇだろ。俺らは……」


 そこで俺は言葉を切った。

 いや、ウルバーノってダメなキング、通称ダメキンって呼ばれてたんだよな。

 主に俺たちを雑魚だのダメだの言っていたのは、自称邪神のあのクソ……いや止めよう。

 あの人のことは思い出したくない。

 とまぁ、俺たちは平均以下同士で仲良かったってだけなんだよな、実は。

 それも400歳ぐらいまでの話で、それ以降は徐々に疎遠になった。


「俺らは?」とエレノア。


「いや、別に俺らは特別な遊びはしてねぇな。みんなと同じだ」


 ダメキンという通称は黙っておこう。

 エレノアの夢を壊すのもアレだしな。


「ちなみに当時の子供たちはどんな遊びを?」

「誰が太陽光を長く我慢できるかの我慢比べとか」


 当時は俺もウルバーノも他の子らも、まだちゃんと太陽を克服していなかったから、何度か死にかけた。

 てゆーか、灰になった奴もいたな、確か。


「……そ、そんな命がけの遊びを?」エレノアが引きつった表情で言う。「現代っ子で良かった……」


「太陽は克服しろよ?」


 俺が言うと、エレノアは床に視線を送った。


「いや頑張れよ?」


 エレノアを鍛えないと、俺が四天王を引退できねぇんだよ。

 

――あとがき――

次回も水曜日の18時に更新します!

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