EX02 アルト、犬を飼う


 あ、これアカンやつや。

 黒髪の男は一瞬で悟ってしまった。

 Aランク冒険者である黒髪の男の斬撃を、いとも容易く指で挟むような奴は、絶対にまともじゃない。

 アルトにはゆっくりに見えた斬撃だが、黒髪の男はそれなりの速度で打ち込んだのだ。

 躱すならまだしも、指で止めるなど、最低でもSSランク冒険者以上の能力を有している、と黒髪の男は思った。


 アルトが指に力を入れると、黒髪の男の剣が粉々に砕け散った。

 あ、これもしかして俺、死んだ?

 黒髪の男は恐怖で意識が飛びかけた。

 しかしAランク冒険者のプライドで、なんとか気絶だけは免れた。

 青髪の女はいつでも土下座できるように身構えた。

 黒髪の男の剣はバスターソードと呼ばれる重厚な剣で、しかも大金をはたいて名工に作って貰った特別な品なのだ。


 それを、指だけで、砕くとか。

 金髪の男はその場に尻餅を突いた。

 もしやこの顔の怖い男(アルト)は、最近人類と敵対している魔王なのでは?

 あるいは、魔王軍四天王だか大聖者だかに敗北し、姿を消したケイオスの人間状態か?

 どちらにしても、いやそうじゃないにしても、自分たちの敵う相手じゃない。


「軽く、軽く……」


 アルトは呟きながら右手を振り上げた。


「待ってくれぇぇぇ!!」


 黒髪の男が凄まじい速度でその場に土下座した。

 釣られて青髪の女も土下座。

 自分もやらなくちゃ、と金髪の男も土下座。


「悪かった! 俺たちが間違っていた! 絶滅危惧種を捕まえようなんて! 俺たちが本当に心から! 間違っていた! 二度としない! 人生で一番、後悔している! 命だけは助けてくれ!」


 黒髪の男は半泣きで叫ぶように言った。


「あ、ああ……そうか?」


 アルトはビックリした風な表情で、振り上げた右手をゆっくり下ろした。

 あの右手が振るわれていたら、一体、黒髪の男はどうなってしまったのか。

 考えただけでも恐ろしい。


「まぁ、その、なんだ」アルトが言う。「駆け出しの時は、欲に目が眩むこともあるだろうぜ」


 俺たちは駆け出しじゃなくてAランクなのだが、と突っ込む勇気のある者はいなかった。


「はいそうです! 私たち駆け出しですぅ!」青髪の女が媚びるように言う。「だからつい! 本当につい! 調子に乗ってしまいましたぁぁ!」


「ああ、うん、分かってくれたなら、いいんだ。絶滅危惧種には優しくしろよな?」


「もちろんでございます!」金髪の男が全力で肯定する。「ギルドに戻ったら、誰1人として絶滅危惧種に手を出さないよう、上層部とも話を詰めますです!」


「根は悪い奴らじゃねぇんだな。顔上げろよ」


 そう言いながら、アルトは桃をちぎって冒険者たちの方に投げた。

 その桃を、青髪の女がキャッチ。

 アルトは更に桃を2つ毟って、金髪と黒髪に投げ渡す。


「こ、これは……」と黒髪。


「やるよ。まぁ俺のじゃねぇけど、美味いぞ」


「「あ、ありがとうございます!」」


 3人は心から感謝した。

 正直、エーテルピーチだけでも収穫としては十分なのだ。


「あ、そうだ。あんまり誰彼構わず喧嘩売るなよ? だいたい酷い目に遭うぞ……エレノアとかいつも悲惨だぞ」


「「もちろんでございます!!」」


 3人は心から頷いて、猛ダッシュで下山した。


「さすが領主様!」リクが嬉しそうに言う。「悪徳冒険者を改心させましたね!」



「悪徳って言うか、駆け出しだから功績を焦っただけだろ」

「え?」


 リクがキョトンとした。

 なんでキョトンとしたんだ?

 あいつらどう見ても駆け出しだったよな?

 安っぽい装備に、あのゆっくりとした斬撃。

 さすがに本気の斬撃ではないだろうけど、それを加味しても、彼らの実力はうちの村の普通の大人たちと大差ないように思う。

 なんなら弱い方かも。


「くぅーん」


 ケルベロスが地面に寝転がってお腹を見せた。

 弱点であるお腹を晒すってことは、俺たちを信頼しているってことだな。

 助けたことがちゃんと伝わったのだ。

 やっぱ賢いなぁ。

 俺はケルベロスの隣で屈み、お腹をワシャワシャと撫で回した。

 超、気持ちいい!


 それを見て、リクも同じようにケルベロスを撫で回す。

 俺たちに撫でられ、ケルベロスは嬉しそうに目を細めた。

 うーん。

 こいつまだ子犬だし、保護してやるか。

 そもそも大人のケルベロスなら、駆け出しの冒険者3人ぐらいなら倒せるはず。

 つまり、こいつの近くに大人はいないってこと。


「なぁおい、お前、俺の家で番犬やるか?」


 俺が聞くと、ケルベロスは姿勢を正してから、俺の足にスリスリと頬を寄せた。

 3つの首が順番に。

 オッケーってことだな。


「おぉ! さすが領主様! 助けたあとはちゃんと保護するんですね! 僕も領主様の道理を見習わないと!」


 リクがうんうんと頷いているが、俺は単に同じ絶滅危惧種として、手を差し伸べただけだ。

 数の多い種族だったら俺はこのまま帰ったぞ。

 あと、実はちょっとペット飼いたかったんだよな。

 まぁでも、言う必要はないか。



(もしや全ては領主様の計算通りなのでは!)


 リクはその事実に気付き、驚愕した。

 そう、これから冒険者になるリクに、アルトは反面教師となる冒険者たちの姿を見せたのだ。

 その上で、弱者に優しくするという大切で基本的な道理を体現してくれた。


(さすが領主様ぁぁぁぁ! 僕は必ず! 歴史に残る冒険者になってみせますぅぅ!)


 100%完全に勘違いなのだが、リクは拳を握って天に誓ったのだった。



 天元の森は涼やかで空気がとっても心地よい。

 俺は深く深呼吸して、ゆっくりと歩み、森林浴を楽しんだ。


「……この場にいるだけで……どんどん力が湧いてくるんですけど……」

「ワンワン!」


 リクが驚愕したような表情で言って、ケルベロスは犬らしく周囲を駆け回った。

 俺たちは少し進んでから、良さそうな木の根の上に腰掛けた。


「ああそうだリク」

「はい、何でしょう?」

「もし1人でこの森に来ることがあれば、ここから先には進まない方がいいぞ?」

「なぜです?」

「うーん、ドライアドの女王が住んでるからな」

「ドライアドって、あの滅多に姿を見せない精霊的な奴ですよね!?」

「そう。連中の女王がいるんだ、この先に」


 俺は視線だけで森の奥を示した。

 リクがゴクリと唾を飲みながら、俺の視線の先を見た。


「な、なるほど。さすが聖地……棲息している奴も、ヤバそうですね……。この先は命がいくつあっても足りないと……」


 リクが真剣な表情で言った。

 いや、別に命に別状はねぇんだよ。

 ドライアド連中はそんな悪い奴らじゃねぇし。

 でも、連中は美形の男を見たら拉致るんだよ。

 だから顔の可愛いリクなんて秒で連れ去られるね。

 そして種馬のように扱われる。

 まぁ、長くても数年で帰してくれるし、その時には色々とお土産もくれる。


 俺は拉致されてないけど、少しお茶を一緒にしただけでお土産くれたしな。

 根は悪い奴らじゃねぇんだよ。

 ただ美形の男が好きすぎるってだけで。

 それをまだ若いリクに言うかどうか、ちょっと迷うな。

 まぁ、言わなくていいか。

 リクは素直だから、この先には行かないだろう。

 ニナだったら嬉しそうに特攻しそうだけども。

 と、ケルベロスが寄ってきたので、俺は3つの頭を順番に撫でてやった。


「名前、どうするんです?」とリク。

「うーん、どうすっかなぁ」


 俺がケルベロスを見詰めると、ケルベロスも俺を見詰める。

 これは……名前を期待している表情だな!

 よぉし、これから一緒に暮らす家族になるわけだし、いい名前を考えてやらねぇとな!


「確かケルベロスって性別なかったよな?」

「はい領主様。ケルベロスは単独で繁殖可能です。まぁ、200歳は超えないといけないですけど」


 そう、ケルベロスは自らの魔力を少しずつ腹に溜め、その魔力がやがて子供になるのだ。

 まぁ性別がないなら、男っぽいとか女っぽいとかは気にしなくていい。


「桃の木の下で出会った黒い犬ってことで、『ブラックピーチ』。略して『ブラピ』。どうだ? なんか格好良さそうだろ?」


 俺が言うと、ケルベロス改めブラピが嬉しそうに尻尾を振った。


――あとがき――

次回更新も水曜日(4月10日)予定です。

 

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