ExtraStory

EX01 アルト、散歩に出る


 俺は縁側に座ってお茶を飲んでいた。

 今日もいい天気だ。


「あぁ、平和だなぁ」


 素晴らしいことである。

 最近の俺は無駄に忙しかったからなぁ。

 そんなことを思考しつつ、お茶を飲み干す。


「よし、今日はのんびり散歩にでも出るかぁ!」


 俺は立ち上がり、背伸びをした。


「領主様ー、リクです!」


 玄関の方で、リクがドアノッカーをコンコンしている。

 リクの本名はリク・ライネン。

 勇者であるニナの弟だ。

 さて、リクの声の調子から、ただ遊びに来ただけのようだと判断。

 俺は返事をしつつ、庭から玄関の方へと回った。


「あ、領主様こんにちは」リクが笑顔で言う。「カードゲームでもどうです?」


「悪くねぇけど、今日は散歩に行こうと思ってんだ」


 俺が言うと、リクは「そっかー」と少し肩を落とした。


「ふむ。一緒に行くか?」

「いいんですか!?」


 リクの可愛い顔がキラキラと輝いた。

 俺が頷くと、リクは小躍りして喜んだ。


「よし、じゃあ行こうぜ」


 俺は魔法で空に浮かぶ。

 ちょっと遠出しようと思ってるんだよな。

 リクも同じように空に浮いた。

 リクはニナの弟だが、ニナと違って非常に器用で、色々なことをそつなくこなす。

 もちろん魔法も。


「どこまで行くんです?」

「んー、今日は『天元の森』で森林浴かな」

「……え?」

「景色を眺めながら、ゆっくり行こうぜ」


 俺はゆっくりと飛行を開始した。



(涙が止まらないっ!)


 リクはあまりの飛行速度に、目を開けていることさえ厳しい状態だった。


(景色を眺める余裕なんて、少しもありませんけど!?)


 リクにとって、この飛行速度は自身の限界であった。


(はっ! もしや領主様は僕を鍛えてくれているのでは!? うおぉぉお! 遅れないぞぉぉぉ!)


 リクは素直ないい子だが、アルトの本質を見誤っている。


(僕が冒険者になるために、違う大陸に行くと知っていて、最後の訓練をしてくれているに違いないっ! 姉貴の時も、旅立ちの前に剣の稽古をしていたはず!)


 リクは知らない。

 アルトは本当にただ、ゆっくりのんびり景色を見ながら飛んでいるだけだ、ということを。


(ああ、でも! 天元の森って伝説的な聖地で、冒険者たちはそこを発見するために冒険しているような……)


 万物の根源と呼ばれる森で、そこから生命が誕生したと神話に記されている。

 だがあくまで神話であって、人間たちはその森の実在を確認していない。


(はっ! もしや僕に場所を教え、冒険者になったら自分の力でそこに辿り着けという意味なのでは! そして冒険者として歴史に名を残せと!? 勇者となった姉貴や、かつての7大魔法使いたちのように!)


 そんなことを考えている間に、二人は大陸を飛び出した。

 文字通り飛び出し、今は海の上である。

 しばらく飛ぶと、人魚たちが歌っている岩場があった。


「よぉ、お前ら元気か?」


 アルトが飛行を中断し、人魚たちに挨拶した。


「アルトさんお久しぶりー」


 人魚たちが笑顔でアルトに手を振った。

 アルトはリクを紹介し、それからまた飛行を開始した。


(まさか僕が人魚と知り合いになるなんて……)


 更にしばらく飛行し、別の大陸へと入る。

 リクはそろそろ休まないと魔力が限界に近い。


「リク、この近くに美味い桃が食える場所があるから、寄って行こうぜ」


 リクに並んだアルトが言った。

 リクは全力で頷いた。

 早くっ、休まないと、墜落してしまう!


(でもさすが領主様、僕の限界をちゃんと見極めてくれている)



 俺は美味しい桃が自生している山に降りた。


「ひー、ひー」とリクが肩で息をしている。


 どうしたんだ?

 そう思って声をかけると、リクは「大丈夫です、まだまだ行けます」と笑った。

 まぁ大丈夫ならいいんだけども。


「とりあえず桃、食おうぜ」


 俺は近くの木から黄金色の桃を毟ってリクに渡した。

 それから自分の分も採る。


「あの、えっと、領主様?」

「美味いぞこれ」


 言いながら、俺は先に桃を囓った。

 皮ごといけるんだよ、この桃は。

 俺が食っているのを見て、リクはおっかなびっくり桃を食べる。

 そして。


「何これ!? めっちゃ美味しい上に、なんか魔力が回復したんですけど!?」

「魔力が回復したのか? 俺は変化ないから、人間だけかもな」

「……いや、領主様は魔力が多すぎて、消費したのかどうかも分かってないだけじゃ……」


 リクがボソボソと何かを言ったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 たぶん独り言なので、俺はスルーした。

 俺は桃を2つ食って、満足して笑みを浮かべた。


 と、犬が悲鳴を上げているような「キャイン、キャイン!」という声が聞こえた。

 リクがビクッと身を竦めた。

 山の低い方から黒い犬が走って来た。

 その犬はパッと見た感じ40キロぐらいありそうな大きさで、体毛は黒。

 そして首が3つあった。

 主人に忠実で、番犬として非常に優秀な犬種ケルベロス。

 まぁ正確には犬じゃなくて魔物だけども。

 そんなことよりも。


「絶滅危惧種じゃねぇか!」


 俺はケルベロスにシンパシーを感じた。

 同じ絶滅危惧種同士、助け合ってもいいはずだ!

 しかもこのケルベロス、まだ子犬だ。

 ケルベロスが俺たちを見て急制動。

 地面を少し滑ってから停止。

 そして俺たちを睨みながら唸った。


「すごい!」リクが嬉しそうに言う。「本物のケルベロス! こいつがケルベロスじゃなかったら、何がケルベロスなのかってぐらい、モロにケルベロス! すごい!」


 リクのテンションがかなり高い。

 こういうところは、ニナと同じだなぁ。


「おいお前ら、そいつは俺たちの獲物だぞ!」


 ケルベロスを追ってきた3人の人間の1人が言った。

 えっと、金髪の男と黒髪の男と青髪の女。


「って、ちょっと待って!」青髪の女が言う。「あの桃! エーテルピーチじゃない!?」


「マジか!?」黒髪の男が目を剥いて言う。「売ったらいくらになるか分からねぇぞ!」


「我々はラッキーですね」金髪の男が言う。「ケルベロスにエーテルピーチ。一攫千金じゃないですか」


「冒険者やってて本当良かった」


 青髪の女が飛び跳ねて喜びを表現した。

 この桃、エーテルピーチって名前なんだなぁ。

 ケルベロスは首の2つで冒険者らしき3人を見ていて、残りの首が俺とリクを見ていた。


「お前らケルベロスをどうするつもりなんだ?」


 俺は普通に聞いた。

 さすがの俺も、只の人間にビビったりはしない。

 なんせ俺はヴァンパイアだからな。

 しかも、ちゃんと大人のヴァンパイアの力が備わっているのだ。


「ああん?」黒髪の男が言う。「売り飛ばすに決まってんだろうが!」


「もちろん」青髪の女が言う。「安全を考えて爪も牙もへし折るけど、ね」


 女の言葉で、ケルベロスが怯えたようにブルブルっと震えた。

 ケルベロスは頭がいいので、人間の言葉を理解しているのだ。


「ともかく、立ち去って頂きたい」金髪の男が言う。「我々としても、人殺しはしたくないんですよ、なるべく、ね」


「ケルベロスは絶滅危惧種ですよ!?」リクが怒った風に言う。「そんな扱いをしていいわけない!」


 俺はうんうんと頷いた。

 お前らもっと絶滅危惧種に優しくしろ。


「うるせぇぞクソガキ! 邪魔すんならぶっ飛ばすぞ!?」


 黒髪の男が背中の大きな剣を抜いた。

 あまり良い剣ではなさそう。

 大きいだけって感じか。

 装備や態度を見るに、こいつら下っ端だな。

 全員20代の後半から30代前半ぐらいに見えるけど、きっと駆け出しなのだ。

 他の仕事を辞めて冒険者に転職したのかも。


「そりゃ困るな。うちの村の子だからなぁ」


 俺は一歩前に出た。


「そんな怖い顔したって無駄だぞテメェ!」


 うるせぇ!

 この顔は元々だっての!

 俺が心の中で突っ込みを入れていると、「痛い目に遭わせてやる!」と黒髪の男が俺に向かって来た。

 ケルベロスはその隙にリクの後ろに逃げた。

 どうやら、リクが味方したことを理解したようだ。


 さすが賢い!

 うんうんと俺が頷いていると、黒髪の男がゆっくり剣を振り上げ、ゆっくり振り下ろした。

 なんでそんなゆっくり?

 もしかして剣が重いからか?

 俺はとりあえず、左手の人差し指と中指で、黒髪の男の剣を挟んで止めた。


――あとがき――

次の更新は4月3日(水曜日)の18時を予定しています。


ざっくりキャラ表のエレノアの記述を修正しました。

美人→美少女(見た目12歳前後)

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