37話 終わった終わった


「なんだアレは……」


 エレノアは驚愕して後ずさってしまった。

 アルトが突如、異空間から呼び寄せた刀の存在感があまりにも大きすぎる。


「伝説級の剣……?」とロザンナ。


「いえ、あれは……」アスタロトが言う。「神話のレベルの代物ですよ……」


 そしてアルトが刀を鞘から抜いた。

 瞬間、世界が斬り裂かれるようなイメージがその場の全員の頭に浮かんだ。

 その刀に斬れぬモノなし。

 その刀は物質も精神も何もかもを斬り裂いてしまえるのだと、全員がそう思った。

 事実は別として、そのように感じたのだ。


「……ライトニングなんて……あれに比べたら」


 ニナが震える右手で、アルトの持つ刀を小さく指さした。


「アルト様……世界を刻むつもりですか!?」


 エレノアは半泣きで叫んだ。

 こうなったらもう、ケイオスよりアルトの方が脅威だ。

 世界にとって、という意味で。


「……わぁ、懐かしい……」


 ロロがアルトの刀――羽々斬を見て笑みを浮かべた。

 懐かしい? とみんなの視線がロロに集中。


「あれねぇ……昔、ロロのペットを殺した剣なの……」


「アルトが殺したの?」とロザンナ。


 ロロが首を横に振る。


「彼はまだ……産まれてないよ……」

「「え?」」


 アルトが万年を生きるヴァンパイアだと知っている面々が目を丸くした。


「オロッチャン……懐かしいな……」


「オロッチャンとは?」とエレノア。


「ロロの……ペットの名前……。種族は……忘れた。突然変異で一体だけの……ドラゴンだったから」

「ケイオスと同じ、ということですか」


 ふむ、とアスタロトが右手で自分の顎に触れた。

 ロロが首を傾げた。

 同じではない。

 オロッチャンには首が沢山あった。

 でもそれを説明するのは、面倒だとロロは感じた。


「ええっと、あなたは何者?」


 ポンティがロロをジッと見詰めた。


「魔王軍……四天王……だよ」


 ロロがそう言った時、アルトが刀を振った。

 そうすると、刀から半月状の衝撃波が発生して、大地を引き裂いた。

 みんなが口をポカーンと開ける。


「底が見えないんだけど……」


 ロザンナが引きつった笑みで言った。



 なんという威力!

 ケイオスは羽々斬の斬撃を躱したが、冷や汗が流れた。

 まともに当たったら、ケイオスであっても無事では済まない。

 アレは異常だ。

 武器として異常、存在として異常、物質として異常。

 この世に存在していい代物ではない。

 ケイオスは率直にそう思った。

 アルトがその気なら、いつでも世界を破滅に追い込める。


「とんでもねぇなおい」

「ふん! まだ小手調べよ」


 ケイオスの言葉に、羽々斬が直接応えた。

 アルトはうんうんと頷いていた。


「くははは! 今ので小手調べだと!? 最高だぜお前ら! 俺様も本気で行かせてもらうぞ!」


 ケイオスは変身を解いて、ドラゴンの姿に戻った。



「ぎゃぁぁぁ!! やっぱり世界は今日、終わるのですね!!」


 パニックになったエレノアは、ロザンナに抱き付いてしまった。


「漆黒のドラゴン……」


 ロザンナはなんだかんだでエレノアを受け止めてあげた。

 割と優しい部分もあるのだ。

 そして、実は自分もケイオスの真の姿が怖いので、エレノアを抱き枕だと思ってギュッとした。


「く、苦しい……死ぬ、わたくし死ぬ……」


 ガクッとエレノアが気を失いかけたので、ロザンナは慌ててエレノアを解放した。

 エレノアは将来有望なヴァンパイアクイーンだが、今はあまりにも脆弱すぎる、とロザンナは思った。


「立ってられん」


 武闘家が膝を突き、人間たちがそれに続いて膝を突いた。

 ニナだけはライトニングを地面に突き刺し、杖の代わりにして立っていた。

 羽々斬とケイオスの存在感が強烈すぎて、魔王軍の面々でさえも苦しそうだ。

 ただしロロは平気な顔で羽々斬を見ていたが。


(ふぅん……アルトも……ロロと同じぐらい平然としてる……)ロロは羽々斬からアルトに視線を移す。(将来は……ロロと同じ境地にまで、上がってこれるかも……ね?)



 俺は不覚にもカッコいいと思ってしまった。

 ケイオスの真の姿のこと。

 オッサンの姿しか見たことなかったので、新鮮である。

 黒光りしていて、大きくて、刺々しくて、強そうで、男子の憧れを体現したような姿なのだ。

 他のドラゴンたちとは一線を画している。

 なんせ、俺は他のドラゴンを見てもだいたいは「美味しそう」程度の感想しか浮かばないのだから。


「斬り甲斐がありそうね」と羽々斬。

「ああ、でも殺さないでくれよ?」と俺。


 これはただの比武である。

 俺だけ武器の武かな?

 そして、羽々斬が来た時点で、俺の役目は羽々斬を握っていることだけである。

 あとは羽々斬が勝手にやってくれる。


「渾身のブレスだ小僧。消し炭になっても恨むなよ?」


 ケイオスが口の中に莫大な魔力を溜める。

 それはケイオスに残った全ての魔力だった。


「!?」


 俺は酷く驚いた。

 さすがにそれは当たったら痛いぞ。

 ケガするかも!

 いや、まぁ、『アマルテイアのマント』と『ユグドラの燕尾服』があるから、ちょっと痛いぐらいで済むかも?

 とはいえ、それも嫌だから霧になって躱そうと思った。


「受けて立つわ!」


 羽々斬がその場でドンと構えた。

 やべぇ、これ俺だけ霧になったら羽々斬が怒って俺に斬りかかってくるパターンだ。

 正直、ケイオスより羽々斬の方が怖い。

 それにまぁ、羽々斬が本気なら大丈夫だろう。

 大丈夫だよな?



 ケイオスの放ったブレスは輝く白い炎のブレス。

 それは世界の半分を消滅させるだけの威力があった。

 あ、終わったわ、とその場にいた誰もが思った。

 ドラゴンたちですら、巻き込まれて死ぬことを察していた。


「死にたくないですぅぅぅ! わたくしまだ死にたくないですぅぅぅ!!」


 エレノアがギャン泣きしながら叫んだ。

 エレノアがあんまりにも叫ぶものだから、他の者たちは少しだけ冷静になれた。

 冷静に、自分の死を受け入れた。


「ああ、アルト、ごめんね……不甲斐ない魔王で」


 ロザンナは目を瞑らなかった。

 せめて最期まで見ていようと思ったから。


「これが我の定め、ということですかねぇ」


 やれやれ、とアストロ。


「妾も死にたくないけどぉ、アレは無様すぎるっ」


 ビビはエレノアを見て言った。


「ワシの人生に悔いはない。最期に素晴らしい戦闘を見られたしな」


 ジョージは満足気に腕を組んだ。


「これ、最初から人類にケイオス退治は無理だったわね」


 ポンティが言って、騎士と武闘家が頷く。

 カリーナと大聖女、司祭は神に祈りを捧げた。


「……大丈夫、だよ?」


 ロロだけはケロッとしていた。



 羽々斬はブレスを斬り裂いた。

 斬って刻んで、消滅させた。

 それはまさに神業で。

 やったことは、斬って斬って、斬りまくって、存在を抹消するレベルで斬っただけなのだが。

(ああん! 気持ちいいぃぃ! はぁちゃんのこの技に耐えられるのって、世界中探してもアルトぐらいなんだよね!)

 他の生命体は、羽々斬の動きに耐えられずにバラバラになってしまう。



「はぁちゃんに斬れないモノはなぁぁぁい!!」


 ドンッ! と羽々斬が胸を張って言った。

 まぁ胸なんかないけどな、と俺は思った。

 比喩ってやつさ。


「テンション上がってきたぁぁぁ!! 生物皆殺しにしようアルト!」

「今度な! ほら、お手入れとかしないとだし!」

「じゃあお手入れのあとで!」


 羽々斬は刀なので、とにかく斬るのが大好きなのだ。

 その上、当たり前だけど『人を斬り殺してはいけません』なんて常識はない。

 油断すると俺のことだって斬ろうとするんだぜ?


「いやいや、皆殺しにしたら、次から何を斬るんだ?」

「はっ! そうだったわ!」


 俺と羽々斬が生物の行く末について議論していると、ケイオスが大きな溜息を吐いた。


「俺様の負けだ。あんなの見せられちゃ、勝てる気がしねぇぜ。世界はお前の物だ小僧。斬るなり刻むなり、好きにしろ」


「わぁい!」羽々斬が喜ぶ。「世界貰っちゃった! 毎日10万ずつなら斬っていいでしょ!?」


 よくねぇよバカ。

 あと、貰ったの俺な?

 俺は羽々斬を握っていただけだが、ケイオスは俺の技でブレスを斬り裂いたと思っている。


「満足したか?」と俺。


 これ聞いておかないとな。

 俺は平和主義で、戦うのは苦手なんだ。


「ああ。俺様より強い存在がいるってだけで、満足だぜ」


 ケイオスはどこか嬉しそうに言った。

 よし、帰ろう。

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