36話 はぁちゃん登場!


 どうやら俺は盛大な勘違いをしていたようだ。

 あぁ、なんて恥ずかしい。

 穴があったら引きこもりたいぐらいだ。


「よし、場所を変えるぞ」


 俺はあえて淡々と言った。

 オッサンがケイオスだって最初から知ってたぞ、って雰囲気で。

 ああクソ、魔王ってマジで誰なんだよ。


「俺様はここでもいいが……」

「村を巻き込むな」


 あーあ、『世界の命運』とかロザンナが言うわけだ。

 俺は知らない間にドデカい荷物を背負わされてしまった、ってわけか。

 舌打ちしたくなったけど、我慢。

 そもそも俺が勘違いしたのも問題だ。

 はぁ、俺はオッサンを魔王だと認識して色々と納得していたのに。


「この村は」大聖女が言う。「これだけのドラゴンに囲まれているのに、なぜ誰も騒いでいないのでしょうか?」


「え? ドラゴンぐらい」ニナが言う。「アルトがなんとかするし」


 まぁ、俺は村を守る契約だからな。


「で?」ケイオスが言う。「場所はどこに移すんだ?」


「俺のお気に入りの荒野」


 俺は【ゲート】を使用し、ドラゴンたちを含む全員を転移させた。

 転移先は言った通りの荒野。

 赤味を帯びた固い地面には、かつて水があったと思われるヒビ割れた場所がある。

 空気は乾燥していて、日差しも強い。

 そんな場所だけど、サボテンは元気に育っているし、その他の植物も繁殖している。

 しっかり観察すると、数種類の爬虫類の姿が確認できる。


「し、死んでしまいますぅ……」


 エレノアが泣きそうな声でフードを被った。

 そう、ここはヴァンパイアには過酷な場所だ。

 でも俺は割と好きなんだよな。

 知的生命の目がないから、何でもできるのだ。

 ストレス発散に叫んだり、岩を砕いたり、新魔法を試したり、色々とお世話になっているのだ、俺は。


「なんて凄まじい【ゲート】……」


 ポンティが驚愕に満ちた声で言った。

 神殿の関係者と勇者パーティがコクコクと頷く。

 何気にドラゴンたちも頷いていた。

 ちなみに、ドラゴンたちはずっと浮いたままである。


「怪物、であるな……」


 金色のドラゴンが言った。

 俺がケイオスと勘違いした奴だ。


「お前は?」と俺。


 疑問がウッカリ口から出てしまっただけで、質問したわけじゃない。


「竜王、と言えば分かるか?」

「ああ。分かる」


 知らないけど、知ったか振りをしておいた。

 会話を広げるつもりはない。


「どうだ?」ケイオスが竜王を見上げて言う。「俺様と戦うに相応しい相手だろう?」


「で、ありますね」と竜王が頷く。


「始めようぜ」


 俺が言うと、ケイオスが「おう」と言って俺に向き直った。

 周囲のドラゴンたちが遠くの空に離れる。

 人間たちと魔王軍の面々も、俺とケイオスから距離を取った。

 決闘を安全な場所から眺めるってことだ。

 高みの見物ってやつ。

 クッソー、普段なら俺が見物する方なのにっ!


 ああ、もう!

 早く終わらせて帰ろう!

 俺はこの問題をとにかく解決したかった。

 まぁ俺は何も悪くねぇけど。

 ケイオスが俺と戦いたいって駄々をこねているだけだ。

 よって、戦ってやれば解決する。


「挨拶代わりだ!」


 ケイオスが右手に白炎のファイアーボールを創造し、俺に向けて投げた。

 俺は『アマルテイアのマント』を翻し、ガード。

 マントに当たった白炎が燃え盛るが、俺はノーダメージ。


「ほう! さすが小僧だ!」


 ケイオスが嬉しそうに笑った。

 俺が凄いんじゃなくて、このマントが凄いのだ。

 同じ素材で作った盾は『アイギスの盾』と呼ばれ、知らない者がいない究極の装備品として君臨している。

 欲しいけど所在が分からない。

 人間たちは実在を疑っているが、俺は実物を見たことがある。


「肉弾戦はどうかなっ!」


 ケイオスが突っ込んで来て、言葉通りに体術で俺を攻撃。

 俺はケイオスの攻撃を防ぎ、流し、躱した。

 しばらく体術での攻防が続く。

 俺も隙を見て反撃しているが、ケイオスも防ぎ、流し、躱してくる。

 あれ?

 思ったよりケイオスって弱くね?

 文献見た感じ、もっと圧倒的な強さだと思ったのだけど。

 なんか勝てそうな気がする。

 本気出したらすぐ終わるんじゃないのか?


「ああ! 楽しいな小僧! 俺様と互角に戦ってくれる奴がこの世界にいるなんてな!」


 まぁ、ケイオスは楽しそうだし、もう少し体術を続けよう。

 あんまり早く終わらせてしまうと、また戦ってくれとゴネられる可能性がある。



「これが……生命体の頂上決戦……」


 ロザンナは足がガクガクと震えた。

 アルトとケイオスが拳を突き合わせる度に、衝撃波が発生している。

 かなり離れているが、ここまで伝わってくる。


「す、凄まじいの一言……さすがアルト様……」


 エレノアは声が震えていた。

 初めて見るアルトの本気(だとみんな思っている)は、そのままの意味で空気を引き裂き、大地を割り、雲を散らせている。


「強いって知ってたけど……」ニナが言う。「ここまで強いの?」


「あのケイオスと、互角に戦っている……」とアスタロト。


「うっそー、これワンチャン、勝てるんじゃないのぉ?」


 ビビが嬉しそうな声音で言った。


「おお……神よ……」

「「神よ」」


 大聖女がその場に平伏して、聖女カリーナと司祭もそれに倣った。


「死んでも弟子にならなきゃ」


 ポンティがグッと拳を握った。


「オレも弟子になりてぇ」と武道家。


 アルトの体術レベルは、文字通り世界最高である。

 ケイオスも凄いが、技術的にはアルトの方が上だと武道家は見ている。


「この高みに、ワシは上れるだろうか」とジョージ。

「いや無理だろう貴様」とエレノア。


 数名が何度か頷いた。



 しばらく戦っていると、ケイオスが俺から離れた。

 お?

 満足してくれたのか?

 とか思ったけど、違ったようだ。


「小僧、体術だけじゃなく、武器を持っているなら使ってもいいぞ?」


 ニヤリ、とケイオスが笑った。


「じゃあ、遠慮なく使わせてもらうぞ」


 俺は右手を横に伸ばす。


「羽々斬」


 名を呼ぶと、異空間を引き裂いて一振りの刀が姿を現した。

 真っ白な鞘に、真っ白な柄に金色の鍔。

 シンプルだが非常に美しい造形。

 観賞用としても最高峰だ、と俺は思った。


「ほう」ケイオスが羽々斬を熱い眼差しで見詰める。「それは素晴らしい物だな小僧」


「ああ。俺のコレクションの中でも、自慢の品だ」


 俺は羽々斬の柄を握りながら、鼻を高くして言った。

 本当にいい品なんだよこれ。

 魔剣ライトニングなんか、羽々斬に比べたら子供の玩具さ。

 俺は鞘から羽々斬を抜こうとして、だけど抜けなかった。


「……あれ?」


 おかしいな。

 俺は力を込めたが、やはり抜けない。


「羽々斬さん?」


 俺は小声で問いかけた。


「あんたはさぁ」羽々斬が言う。「自慢の品を千年も放置するわけ?」


 そう、羽々斬は生きている。

 確固とした魂と意識を持っているのだ。

 ちなみに羽々斬の声は若い女の声だ。


「どうなの?」


 口調は厳しく、声音は刺々しい。

 普段は凜とした鈴のような声なのだが。


「……怒ってらっしゃる?」

「逆に聞きたいんだけど、あんたは千年も放置されて怒らないと?」


 どうだろうか。

 千年ぐらい会わなくても別に平気な気もするが。

 でも今それを言うと、羽々斬は異空間に帰ってしまいそうだ。

 ちなみに羽々斬の異空間は和室と呼ばれる作りになっている。

 和室というのは、かつて存在した戦闘民族の国の部屋のこと。

 その戦闘国家で羽々斬は昔、八岐大蛇と呼ばれるドラゴンを退治したらしい。

 聞くところによると、ケイオスより遙かにヤバいドラゴンだった可能性が高い。


「どうなの?」

「……すみませんでした」


 俺は素直に謝った。

 余計な言い訳はしない方がいい。

 羽々斬は怒ると斬りかかってくるのだ。


「じっくりと一日かけて、はぁちゃんのお手入れをすること」

「はい」


 俺は神妙な雰囲気で頷いた。

 ちなみに『はぁちゃん』というのは羽々斬の一人称だ。


「良質な油と、良質な紙を使うこと」

「はい」


 俺は再び神妙に頷いた。


「許すかどうかは、その時のお手入れで決める。いいわね?」

「はい」


 俺は全自動頷き人形みたいになっていた。


「小僧、武器との対話は終わったか?」


 お待たせしました、と。

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