38話 終幕は喧噪と共に


「はぁ……疲れたなぁ」


 俺は自宅の安楽椅子に揺られながら、ぼんやりしていた。

 割られたガラス戸はすでに修理済み。

 ケイオスとの戦闘から、2日が経過している。

 羽々斬のお手入れは昨日済ませたし、日常が戻って来たのだ。


「まぁ、2年ぐらいダラダラするかぁ」


 もちろん、野菜はちゃんと育てるけれど。

 少なくとも、散歩と用事以外で家の敷地から出たくない。

 あれから、魔王軍と人類は色々と話し合いをすることになったらしい。

 俺は何の興味もない。

 ないのだが、実は少し前まで世界は俺のモノだったのだ。


 別にいらないのだが、魔王軍も人間もケイオスたちドラゴンも、そう認識している。

 していた、ってのが正しいか。

 俺は面倒だったので、人間と魔王軍とドラゴンで世界を三等分しろよってテキトー言っておいた。

 つまり、連中に世界をプレゼントしたのだ。


「村がありゃ十分だぜ、俺は」


 人口とかが違うので、単純に領土を分けたらまた戦争になるとかで、魔王軍と人類とドラゴンたちは色々と話し合っているらしい。

 ケイオスは俺と同じく、そういうのに興味がないようで、修行しに行くと言って消えた。

 そのままどっかで野垂れ死んでくれねぇかなぁ。

 だって修行して強くなったら、また俺と戦いたいとか言いそうじゃね?

 千年後ぐらいに。

 俺はワインに手を伸ばし、一口飲む。


「はぁ……戻ってきたなぁ、俺の日常……」


 いい気分だ。

 世界の命運なんて二度と背負いたくない。

 あと、ケイオスとも戦いたくないし、とにかく面倒なことはしたくない。

 ワイングラスをサイドテーブルに置いて、俺は目を瞑った。

 その瞬間。

 ガラス戸が砕ける音がした。

 俺は慌てて目を開く。

 そうすると、黒い大きな鳥が室内に侵入していた。

 郵便配達が趣味の暗黒鳥だ。


「お前!!」俺はガバッと立ち上がる。「また割りやがったな!?」


 今度こそ弁償して貰わねばなるまい。


「何度見ても邪悪な顔付き」暗黒鳥が言う。「怒るとますます怖いな」


「う、うるせぇ! つーか、何の用だ!? また手紙か!?」


 俺が言うと、暗黒鳥は2通の手紙を俺に渡した。

 差出人を確認すると、1通は大聖女で、もう1通はロザンナだった。

 そして、俺が封を切っている間に、暗黒鳥が飛び立ってしまう。


「あ……クソ……弁償……」


 後の祭りである。

 俺は溜息を吐いてから安楽椅子に戻った。

 そしてまず大聖女からの手紙を確認する。

 宛名が『教皇聖下候補の大聖者様へ』となっていた。

 誰だよそれ。

 俺は教皇候補じゃないし、聖者でもない。

 長生きだけが取り柄の普通のヴァンパイアだ。

 あ、平和主義だから普通ではないか。


「って、交渉決裂してんじゃん!!」


 手紙の内容は単純で、『魔王軍ともドラゴンとも折り合いが付かず、戦争になりました。助けてください』ということだった。

 俺は手紙をサイドテーブルに置いた。

 うん、スルーでいいな。

 助ける義理がそもそもない。


 俺は次にロザンナの手紙を確認する。

 宛名は『魔王軍四天王・ヴァンパイアの新たなる始祖アルト様へ』となっていた。

 まぁ、間違ってはいないか。

 俺はいつの間にか四天王になっていたし、新たなる始祖なのは事実だ。

 始祖の器じゃないのは分かっているが、俺以外に男性体がいないのだから仕方ない。

 さて肝心の内容は。


「お前もかよっ!!」


 俺は手紙をサイドテーブルにソッと置いた。

 ロザンナからの手紙も『人類、そしてドラゴンと戦争になったから、対策会議に参加して欲しい。でも参戦しろとは言わないよ、アルトはもう世界を手放してるし』という内容だった。

 どいつもこいつも気が短すぎる。

 なんでそんなに戦いたがるのやら。


「俺は家から出ないぞ」


 誓いを立てるように、俺は呟いた。

 どちらの手紙にも、従わない場合のペナルティは記されていなかった。

 つまり、スルーでいいってこと。

 と、【ゲート】の反応があって、エレノアが現れた。

 エレノアは相変わらずの格好だったが、俺がプレゼントした『霜降り包丁』を腰に装備していた。

 エレノアが前下がりのボブカットを揺らし、ルビーみたいな赤い瞳で俺を見詰める。


「お迎えに上がりましたアルト様」


 いや、迎えに来て欲しいって俺言ったか?


「我が旅団はいつでも戦える状態で待機しております」


 えっと、『絶滅の旅団』とかなんとか、かなり不穏な名前の旅団だったっけ。

 スッとエレノアが片膝を突く。


「ひとまず四天王会議に参加して頂きたく存じます」

「……エレノア」

「はい」


 キリッとした表情でエレノアが俺を見た。


「お前、俺の代わりに会議に出ていいぞ」

「!?」

「俺は今回、参戦しない。俺が参戦するなら、世界を手放した意味がない」


 そう、それなら最初から魔王軍に世界を渡せば良かったじゃん、って話。

 その辺りをちゃんと理解しているロザンナはさすが情報部。

 エレノアはバッと立ち上がった。


「ほ、本当にわたくしが四天王会議に出てよろしいのですか!?」

「ああ。俺はお前を四天王にしたいと思っている」


 事実だ。

 俺は引退したい。

 まぁ、引退もクソも、最初から四天王じゃないのだが。

 とはいえ、実質四天王みたいになっているので、正式に引退はしておきたい。


「つまり……」ゴクリ、とエレノアが唾を飲む。「ついにアルト様が魔王として君臨する、と?」


「いや違ぇよ! なんでそうなるんだよ!?」

「わたくしを四天王にするということは、アルト様はそれ以上の地位に就くつもりがある、ということでしょう?」


 ねぇよ!

 全然ねぇよ!

 でもたぶん、エレノアは話しても理解しないだろう。

 俺は長く息を吐いて天井を見詰めた。


「では、いつ謀反を起こしますか? アルト様なら大丈夫でしょうが、わたくしはちょっと……その……魔王が怖……いえ、全然、アルト様なら余裕でしょう。魔王如き、アルト様の足下にも及びますまい! しかしながら、わたくしはちょっと……」


「お前がもっと自信を付けたら、だ」

「!?」


 俺の返答に、エレノアが驚愕の表情を浮かべた。


「す、すぐに一人前になりますので、500年……いえ、400年お待ちください!」


 お前、真面目だな。


「千年待とう」

「は、はい! その頃には必ずやアルト様の右腕と呼ばれるようになっております故!」


 これで千年、俺は謀反を起こさなくて済むな。


「とりあえず、今回の会議は俺の代理で出てくれ。俺は少しやることがある」

「やること、ですか?」


 エレノアの問いに、俺は仰々しく頷いた。


「なるほど……アルト様ほどになると、時間の調整も難しいということですね」

「ああ」


 やったぜ、こいつ信じたぜ?

 俺が内心でほくそ笑んでいると、新たな【ゲート】の反応があった。

 ポンティだな、これは。


「食堂のようですね」とエレノア。


 俺は仕方なく立ち上がり、エレノアと食堂へと向かった。

 そうすると、そこには勇者パーティが勢揃いしていた。


「すでに大聖女様から手紙が届いていると思いますが、我々は大聖者様のお力をお借りしたく思います!」


 カリーナがその場に平伏して言った。

 ポンティ、騎士、武闘家もその場に片膝を突いた。

 ニナだけは立ったまま微笑んでいる。


「お前たちは試練を自分たちで乗り越えなくてはいけない」


 俺はちょっとそれらしいことを言った。


「だからあえて、大聖者様は世界を分けろと……?」ポンティが言う。「交渉という名の試練を……わたしたち人類の力で成功させるため?」


 俺はコクンと頷いた。


「し、しかし、交渉は決裂し、敵は魔王軍だけでなく、ドラゴンたちもなのです……」


 カリーナが頭を上げた。

 お前ら、俺も魔王軍だぞ?

 って、そうか、こいつらの中では俺は『魔王軍に潜入している教皇候補の大聖者』なのか。

 面倒臭い設定だな。


「それも試練だ。あと、俺は他にやるべきことがある……」俺はテキトーに考える。「そう、ケイオスの監視だ。奴は俺に負け、世界から手を引くと言ったが、それを守る保証はない。分かるだろう?」


「なるほど!」ニナが納得して手を叩いた。「それは確かにアルトにしかできないこと、だね!」


「そうでしたか!」エレノアも納得の様子で言う。「それは実に大切な役割! 是非ともバッチリ監視してください!」


 ケイオスの名前を出したことで、勇者パーティも「それなら仕方ないか」という雰囲気になった。

 はっはー、嘘だけどな!

 俺はケイオスがどこにいるかも知らないぜ!

 あとな、お前らみんな、なぜか俺を頼るけど、マジで勘弁してくれ。


 確かに俺の持ってるコレクションはいいものだ。

 でもな?

 俺自身は、

 長生きだけが取り柄の、

 平均的なヴァンパイアなんだぞ?


――あとがき――


これで一章は終わりです!

ここまで読んでくれてありがとうございました!


今後は2章を考えつつ、

日常的なEXストーリーを週に1回程度のペースで更新していきたいと思っています。

次回更新は28日の木曜日を予定しています。


さて、本作ですが、書籍化が決まりました!

まだ詳細は話せないので、刊行予定などはまた追々、報告します。

楽しみにしていてください!

 

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