33話 オッサン、正体を現す


「ぼくはアルトに質問と確認があったから」


 ロザンナが微笑みを浮かべたままで言った。


「そうか、じゃあ聞こう」


 俺はエレノアを押しのけて、魔王のオッサンの隣に座った。

 俺の逆隣に座ろうとしたエレノアを軽く押すニナ。

 どっちが座るかで睨み合いが始まる。


「よぉ、俺はゲイルってんだ。嬢ちゃんは?」


 見かねたゲイルがニナに話しかけた。

 オッサン、名前ゲイルっていうんだな。

 長い付き合いだけど、初めて知った。

 魔王ゲイルか。

 まぁ普通だな、と俺は思った。

 特に刺々しい名前でもないし、勇敢な雰囲気もないし、恐怖を感じるわけでもない。

 実に普遍的である。

 いや、まぁ、魔王だからって尖った名前である必要はないけれど。


「あたしはニナ。一応、勇者」

「ほう」


 ゲイルが感心した風に頷いた。

 俺の隣にはエレノアがサッと座った。

 ニナは「あ」と言ったあと、エレノアの隣に腰を下ろす。

 エレノアがグッと親指を立ててゲイルを見た。

 ゲイルがニカッと笑う。

 仲良しだなお前ら。


「一段落付いたみたいだから」ロザンナが言う。「話を進めるね」


「ああ。頼む」と俺。

「まずその服装は何」とロザンナ。


「これなぁ……。次期教皇候補の正装らしい……」


 俺は少し戸惑いつつ言った。

 俺の服装は神殿で着替えた時のままだ。

 あー、作業着、忘れて帰っちまった。

 まぁいいか、特別な服ってわけでもないし、作業着ならまだある。


 昔ドライアドが綿を沢山くれたので、その時に村の服飾職人に頼んで全部作業着にしてもらったんだよなぁ。

 ちなみにドライアドというのは、古木が意志を持った者だ。

 魔物よりは精霊とかに近い。

 美男子を見かけると拉致しようとする困った奴だが、根は悪い奴じゃない。



 その頃の神殿。


「こ、これは大聖者様が忘れて帰った作業着!?」

「この手触りっ! まるでこの世のものではないかのような、夢のような質感っ!」

「表現のしようがないほど、肌に馴染むっ!」

「よく見たら、神々しい輝きが溢れているっ(ような気がする)!」


 司祭、助祭などの神殿関係者たちがアルトの作業着を手に持ってはしゃいでいた。


「ま、まるで聖遺物……」


 聖女カリーナが、その場に両膝を突いた。

 カリーナは「大聖者様の忘れ物をどうしましょう?」と関係者に聞かれて、ここまでやってきたのだ。


「きっと伝説級の作業着に違いありません!」聖女が叫ぶ。「触るのを止めなさい! 汚れの1つでも付いたら、どう責任を取るつもりですか!?」


 伝説の作業着って何だよ、と突っ込む者はその場にいなかった。

 シンと静まったそこに、大聖女まで現れた。

 大聖女はカッと目を見開き言う。


「それは……まさかドライアドの綿を使った着物では……」

「「!?」」


 その場が凍り付いた。

 ドライアドの綿は、正真正銘、伝説級の代物。

 大聖女ですら、過去に一度しか見たことがない。

 今は分裂してしまった巨大帝国の皇帝のマントがそれだった。

 アルトの作業着を手に持っていた司祭の顔が真っ青になる。


「せ、聖遺物と同じ扱いをしなさい!」


 大聖女が叫んだ。



 俺は流れで今までの経緯を全部説明した。

 説明の途中で、エレノアが自分の姿に気付いてそそくさと服を着た。

 白炎で空を燃やした場面の詳説では、右手の人差し指に白炎を出して軽くロマンを説いておいた。

 ロザンナはキラキラした瞳で俺の白炎を見た。

 もちろん、思ったより燃えちゃったことは伏せておく。

 そして神聖騎士団を率いてケイオスと戦うことになった、ってところまで話し終え、俺は息を吐いた。


「がははははは!」ゲイルが笑う。「小僧! まさかお前もやる気だとは思わなかったぞ!!」


 いや、全然やる気なんかねぇよ。

 全部成り行きだっつーの!

 よし、ハッキリさせよう。


「俺は正直、そんな面倒なことをするつもりはない」


「ああ、だろうな」ゲイルがククッと笑う。「今ここに、俺様とお前がいるんだ。まどろっこしいことはナシでいいよなぁ?」


 どういう意味だ?

 神聖騎士団は放っておいて、俺とゲイルだけでケイオスを倒そうって話か?

 それも嫌だ。

 俺はそもそも戦いたくない。


「ゲイル、貴様は何を言っているんだ?」


 エレノアが首を傾げた。

 おう、言ってやれエレノア!

 俺はしばらく家から出たくないっ!


「何って、世界の命運を、ここで決めちまおうって話さ!」


 ゲイルが自らの魔力を解放。

 全部ではないだろうが、かなりの魔力量だ。

 その上、寒気がするほど凶悪な雰囲気。

 さすが魔王だぜ。

 俺が感心していると、みんなが激しく震え始めた。



 ケイオスじゃないか!

 エレノアはガタガタと震えている。

 ゲイルの魔力はケイオスの咆哮に含まれていた魔力とソックリである。

 いや、そのものだ。

 わたくしは、ケイオスとゲームをしていたのかっ!

 わーい、末代まで自慢しようっと!

 エレノアは怖すぎて頭がバカになってしまった。

 そしてジョボジョボと粗相をしたのだが、震えが酷すぎて自分では気付かなかった。



 普段は脳天気なニナですら、今この部屋にいるのがヤバい奴だと気付いた。

 勇者である自分ですら、太刀打ちできないほどの脅威。

 そんなの、魔王ロザンナと魔神アルトを除けば、混沌竜ケイオスしかいない。

 嘘でしょ!?

 あたしここで死ぬの!?

 まだアルトと、ちゅーもしたことないのにっ!?

 子供の頃、アルトの頬にキスしたことはあるが、ニナの望むキスはそれじゃない。

 隣でエレノアが粗相をしたが、ニナは何も言わなかった。

 気持ちはよく分かる。

 この中で一番弱いエレノアがそうなるのは、まぁ仕方ないこと。



「せ、説明して!」


 ロザンナは声が少し裏返ってしまった。

 しかし魔王の威厳を保つため、震えるのは足だけに留めた。


「だからよぉ、俺様と小僧で比武をしようや、って話さ」


 ゲイル改めケイオスが邪悪に笑った。

 その邪悪さは魔王であるロザンナですら恐怖を感じるほどだった。


「え?」とアルト。


 比武という言い方に驚いたのだろう、とロザンナは思った。

 伝えられているケイオスの性格なら、殺し合いをしよう、と言っても不思議ではない。

 アルトが少し考え込むような仕草を見せた。



 意味が分からないのだが?

 なんで俺がオッサンと戦う必要があるんだ?

 四天王としての資質でも確認するのか?

 いや、俺は野菜担当だろ?

 神聖騎士団を率いる魔族代表に相応しいか試すとか?

 俺の頭の中は混乱している。


「どうだ小僧? お前が勝ったら世界の半分をお前にやるぞ」


 い、いらねー!!

 まったく嬉しくねぇ!


「もちろん綺麗なままだ。分かるか小僧? お前が勝ったら、少なくとも世界の半分は今の姿を保てるんだ」


 ええっと、もう半分は魔王たるゲイルが支配して、今とは違った姿になるってことか。


「いや、全部……」


 全部オッサンが支配しろよ、と言おうとしたのだが。


「全部だと!?」オッサンが俺の発言を遮った。「くははははは! さすがは万年を生きるヴァンパイア! いいだろう! お前が勝ったら世界はお前の物だ!」


 いらねぇぇぇぇぇ!!

 世界とか俺にどうしろと?

 つーか、俺が世界を寄越せって魔王に啖呵切ったみたいに、なってんじゃねぇか。


「逆に俺様が勝てば、世界は俺様の好きにさせてもらう」

「ご自由に」


 俺は心からそう思った。

 それより、そもそもどうして俺とオッサンが戦うんだ?

 ケイオスと戦うって話じゃなかったのか?


「アルト様……がんばれぇぇ」


 震えが少しマシになったエレノアが俺を応援した。

 お前、椅子も床もビッチョじゃねぇか。

 自分で掃除しろよ?

 と思ったけれど、魔王の魔力を間近で感じたのだから粗相も仕方ないか。

 エレノア弱いしな。

 あとで俺が片付けてやるか。


「世界の命運が……アルトに……託されたんだね……」


 ロザンナがウルウルした瞳で俺を見た。

 どういうこと?

 本当にマジで心から、どういうこと?


「夜が明けたら、始めようや」


 オッサンが魔力を仕舞った。


「そんなに俺と戦いたいのか?」


 とりあえず質問してみた。

 俺はまだ何がなんだか理解できていないんだ。

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