32話 ゲームルーザー


 おうちに帰りたい。

 俺は激しくそう思った。

 あれよあれよと言う間に、俺と聖女――カリーナが神聖騎士団を率いることに決定してしまった。

 誰か1人ぐらい異を唱えたらどうだ?


 いや、むしろ俺、なぜ異を唱えなかった?

 今もそうなのだが、雰囲気的に突っ込みを入れられないのだ。

 パッパッと話題は移り変わるし、なんだろう、付いていけない。

 こいつら今、決戦の日取りを決めてんだぜ?

 俺はその日、絶対に家から出ないと決めた。

 神聖騎士団なんて率いてたまるか。


 俺はヴァンパイアだぞ。

 闇に生きる者で、神聖とは真逆の存在なのだ。

 仮にそうでなかったとしても、危険な最前線なんて行きたくない。

 そんな俺の決意など関係ないという風に、色々な事柄がトントンと決定していく。

 もっと検討しろよ。



「うがぁぁぁぁ!! 貴様!! もう少し手加減したらどうだ!!」


 エレノアがぶち切れて叫んだ。


「いや、弱すぎんだろ……」


 ゲイルと名乗ったケイオスが苦笑いを浮かべる。

 ここはアルトの家の食堂。

 2人は夕食とリバーシを楽しんでいる最中である。

 エレノアはドラゴンシチューを啜り、ゲイルは野菜を生で囓っている。


 2人は食堂のテーブルに向かい合わせで座っていて、テーブルには白く染まったリバーシの盤面が置いてあった。

 白がゲイルで、黒がエレノアだ。

 エレノアは「闇を統べる夜の覇者であるわたくしは当然、黒を選択するぅ!」と格好付けて言ったのだが、結果は見ての通りである。

 黒は白に駆逐されてしまった。


「ち、違うゲームだ! 違うゲームをするぞ!!」


 エレノアは沢山のゲームを食堂に持って来て、テーブルの上に載せていた。


「おう、なんでもいいぞ」


 ゲイルは余裕の表情で言った。


「ぐぬぬ、ぐぬぬ……」


 その表情が気に入らないエレノアは、次のゲームを真剣に選択する。


「これだっ! やはり王道、定番のチェスで勝負だ貴様!」


 そして5分が経過し。


「チェックメイトだ嬢ちゃん」

「うがぁぁぁぁ!! 貴様!! さてはチェスの名手だな!! 卑怯だぞ!! プロならプロと最初に言え!!」


 エレノアが涙目で叫んだ。


「いや、俺様は別にプロじゃねぇし」


 事実、ゲイルのチェス歴は大したことない。

 昔、何度かアルトの相手をしたことがある、という程度だ。

 しかもアルトには手も足も出なかった。

 と、【ゲート】の反応があってエレノアがビクッと身を竦めた。


「まずいっ! クソ魔王だ!」

「クソ魔王?」


 エレノアの発言に、ゲイルが首を傾げた。

 次の瞬間、魔法陣が上下に浮かび、ロザンナが現れた。


「エレノア、ぼくの悪口言った?」

「いいいい、言ってませんが?」


 エレノアの視線が天井の隅の方を見る。


(相変わらず勘のいい魔王め……)


「よぉ」ゲイルが右手を挙げる。「俺様はゲイル。小僧……アルトの友人だ。嬢ちゃんは誰だ?」


「うん?」とロザンナがゲイルを見る。


(大した魔力もなさそうだし、人間かな?)


 ロザンナはゲイルを雑魚だと認識した。

 実際、ゲイルは自分の魔力を欠片も外に漏らしていなかった。


「ぼくはアルトのお嫁さんだよ」

「「!?」」


 エレノアとゲイルが同時に目を丸くした。


(おのれクソ魔王め! わたくしのアルト様に惚れたというのか!? 許さん! 許さんぞロザンナ! 必ずや亡き者にしてくれるわ!)


「何?」

「なんでもありません! ロザンナ様とアルト様が結婚すれば、向かうところ敵なしですなぁ! はっはっは!」


 エレノアは大袈裟に笑った。

 ゲイルは色々と察したようで、「嬢ちゃん……」と哀れみの視線をエレノアに送っていた。


「ところでアルトは?」とロザンナ。

「アルト様はまだ戻っていません」とエレノア。


「そう。じゃあ待たせて貰おうかな」


 ロザンナがエレノアの隣に座った。


(わたくしの隣に座るなぁぁぁ!! あっち行け!!)


 心の中でエレノアは悪態を吐いていた。


「ロザンナ様はアルト様に何用で?」とエレノア。


「それをわざわざエレノアに説明しないといけないの? ぼくが?」


 ロザンナがニッコリと笑ったので、エレノアはビクッと大きく身を竦めた。


「ままっま、まさか! 説明など不要でございます! わたくしのような木っ端ヴァンパイアが、出過ぎたことを言いました! 申し訳ございません!」


「ふぅん。まぁいいけど」ロザンナが肩を竦める。「いくつか質問と確認があるだけだよ」


「そ、そうでございますか。えへへ、えへへへ」


 愛想笑いを浮かべるエレノア。

 しかし心の中では。


(そんなくだらない用事だとは! おのれアルト様の貴重な時間を何だと思っているのだ! ついでに怖いからそんな程度のことで来るな!)


「おーいエレノア嬢ちゃん」

「なんだゲイル」


 エレノアがキッとゲイルを睨む。

 自分より弱い(と信じている)相手には強気なエレノアである。


「次は何のゲームするんだ?」

「ふむ。そうだな……次は……」

「ぼくもできるやつね?」


 ニコニコとロザンナが言った。

 ぐぬぬ、とエレノア。


「何? ぼくは交ぜたくないと?」

「まさか! ロザンナ様と遊べるなんて、魔族冥利に尽きますね!」


「そう。なら良かった」ロザンナが言う。「それで? 何をするの?」


「で、では無難にポーカーなどいかがでしょうか?」

「俺様はいいぜ」

「ぼくもいいよ」

「そ、それでは、最初はわたくしめが親を……」


 エレノアがトランプを出して、シャッフル。


「そうだ! 罰ゲーム有りにしませんか?」


 閃いた、とばかりにエレノアが言った。


「俺様は別にいいぜ」

「ぼくもいいよ。その方が勝負に熱が入るだろうしね」


(ぐふふふふ。愚かなるロザンナめ! 貴様を裸に剥いてやるわ! わたくしはポーカーの申し子! 自称だけれど、わたくしの実力は確かなもの!)


 エレノアは意気揚々と「負けた者は1枚ずつ服を脱いでいきましょう!」と言った。

 20分後。


「うぇぇぇん……ぐすっ……わたくしの純潔がぁぁ」


 エレノアが半泣きで言った。

 エレノアは白いフリフリの肌着に、同じく白いフリフリのドロワーズ姿だった。

 ちなみにドロワーズにはリボンが付いている。


「さぁ、また負けたのだから早く脱いで?」ロザンナが淡々と言う。「上にする? 下にする?」


「お前、容赦ねぇな……」ゲイルが引いた様子で言う。「さすがに可哀想だろ……」


「うぅ……ゲイル、お前いい奴だな……」


 ぐすん、とエレノアが涙を拭う。


「ダメダメ」ロザンナが淡々と言う。「ルールなんだから、ちゃんと脱いで貰わなきゃ。それにこの子は甘やかすと付け上がるタイプだから」


「うぅ……この極悪非道な魔王めが……」とエレノア。


「魔王とはそういうもの、だよ?」


 ニッコリと笑うロザンナ。


「この借りは……いつか必ずぅ……」


 エレノアは泣きながら肌着に手をかけた。

 その時、【ゲート】の反応があって魔法陣が上下に出現。

 次の瞬間にはアルトとニナがそこに立っていた。


「あ、アルト様ぁぁぁぁ!!」


 エレノアが涙を零しながらダッシュし、アルトに抱き付いた。

 アルトはエレノアを受け止め、「なんだ?」と呟いた。


「アルト様、あの魔王が」エレノアがロザンナを指さす。「わたくしを虐めるのですぅぅ!」


「魔王?」


 アルトはゲイルの方を見た。


「俺様じゃねぇよ。こっちだこっち」


 ゲイルがロザンナを指さし、アルトはロザンナに視線を移した。


「違うよアルト」


 ロザンナが可愛らしい笑顔で経緯を説明した。


「要するに」ニナが呆れた風に言う。「あんたがゲームで負けただけじゃない」


「う、うるさいこの鬼ババア!」

「だ、誰がババアですって!?」


 ニナが拳を振り上げたので、エレノアは更にギュッとアルトに抱き付いた。


「落ち着けニナ。ここにババアはいない。だろ?」

「……まぁ、それはそう」


 ニナが頷いて拳を下ろした。


「ところで、お前らなんで俺の家にいるんだ?」


 アルトはゲイルとロザンナを順番に見た。

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