31話 俺は神殿とは対照的な存在だぞ?


 エレノアはいつもの服に着替えて、アルトの安楽椅子でユラユラしていた。


「あぁ、さすがアルト様の椅子。実に心地良い」


 エレノアは半分夢うつつで、目を瞑っている。


「屋敷も広く綺麗だし、家具も何もかもが高級品。新たなる始祖様に相応しい家である」


 満足気な笑みを浮かべているエレノア。


「まぁ欲を言うならば、家ではなく城に住んで欲しいが……」


 外壁を全部黄金で塗り固め、窓は全て透明度の高い水晶にしよう、とか妄想するエレノア。

 と、ベランダに何者かが着地した音が聞こえた。


「む?」


 エレノアが目を開いて、割れたままのガラス戸の方に視線をやった。

 そうすると、オッサンがズカズカと部屋の中に入って来たところだった。


「貴様、泥棒か? ここがどこか分かっているのか?」


 エレノアはまだ安楽椅子で揺れている。

 人間の泥棒など、エレノアの敵ではない。


「俺様が泥棒だと?」


 オッサンが立ち止まり、顔をしかめる。

 オッサンはボサボサの黒髪で、筋肉質。

 顔面偏差値は悪くないが、どこぞの犯罪組織に所属していそうな雰囲気がある。


「泥棒でないなら、この家に何の用だ?」


 エレノアはまだユラユラしている。

 あまりにも安楽椅子が気持ちいいから、なるべく離れたくないのだ。


「俺様は小僧の友人だ」

「小僧?」

「ヴァンパイアのアルトだ。嬢ちゃんもヴァンパイアのようだが、小僧の娘か?」

「貴様! アルト様を小僧呼ばわりだと! あのお方はただのヴァンパイアではないぞ! 愚か者めっ! 不敬罪で処刑されたいのか!?」

「いや、眠そうな顔で強い言葉を使われても怖くないぞ嬢ちゃん」


 オッサンは呆れた風に言った。


「う、うるさい!」


 エレノアは嫌々ながら、安楽椅子から降りて立った。


「んで? 嬢ちゃんは娘か?」

「勇者パーティの前ではそういう設定だが、わたくしは未来の妻だ」

「……妻?」


 オッサンの呟きに、エレノアは大きく頷いた。

 自信満々の頷きだった。


「……未来の、ってんなら、まぁ……な」


 オッサンは複雑な表情で言った。


「今のわたくしがアルト様に釣り合っていないのは、わたくし自身がよく理解している! 貴様に哀れみの目を向けられる筋合いなどない!」


「おお、そりゃ済まねぇな」オッサンが肩を竦める。「それより、小僧はいつ帰るんだ?」


「知らぬ。だがそう遅くはなるまい」


 エレノアは再び安楽椅子に座る。


「待たせてもらうぜ」


 オッサンが近くのソファに腰を下ろした。


「勝手にしろ」

(アルト様の友人なら、勝手に殺すわけにも、追い返すわけにも、いかないな)


 そんなことを考えながら、エレノアはしばらくユラユラしていた。


「嬢ちゃん、そういや名前は? 俺様はケイ……いや、ゲイルだ」

「ゲイル? 普通の名前だな。わたくしはエレノアだ。気軽にエレノア様と呼んでも良いし。女王陛下と呼んでも良い」


 エレノアは目を瞑ったままテキトーに言った。


「エレノアか。いい名前だ。ところで、ゲームでもしないか?」


「ゲームか」エレノアがカッと目を見開く。「いいだろう!」エレノアがピョンと安楽椅子から降りる。「アルト様の家には数々のゲームが揃っている!」


 面白そうな物をたくさん確認しているエレノアであった。

 それらで遊んでみたいとヒッソリ思っていたのだ。


「ほう。どんなゲームがある?」

「わたくしの一押しはリバーシ! 待っていろ! すぐに盤面と石を持ってくる!」


 エレノアはウキウキで部屋を出た。



 どうして、こうなったんだろうなぁ?

 俺は聖者が着る白くてゆったりした服に着替え、神殿の会議室にいる。

 会議室には大きな円卓があって、俺たちはそこに座っていた。

 俺たちというのは、俺、ニナ、ポンティ、騎士、武闘家に加えて聖女、大司祭、大聖女、その他、事務員的な人である。


「噂の大聖者様にお会いできて、心から感激しております」


 大聖女の婆さんがウルウルした瞳で言った。

 この人は聖女の上司であり、まぁ聖女の未来の立場だな。


「あ、ああ。よろしく」


 俺は笑みを浮かべたが、少し引きつったかもしれない。

 おかしいなぁ。

 俺たちは聖女を助けるために神殿を訪れたのだけど、なぜか聖女は監禁も拷問もされていなかった。

 それどころか、神殿に到着した勇者パーティに【グループ念話】を送って来たのだ。


 神殿は魔王軍との共闘を承認する、という内容だった。

 で、まぁ、ニナが「あたしたち、今、神殿の前だよ」なんて言ったもんだから、あれよあれよと言う間にこの状況だ。

 ちなみに俺は【グループ念話】外なので、あとで内容を聞いたわけだが。


「もちろん、勇者様にお会いできたことも、嬉しく思っています」


 大聖女はニコニコと笑いながら言った。

 ニナは笑顔で小さく手を振った。


「ところで」俺が言う。「なんでまた急に魔王軍との共闘を承認したんだ?」


「はい。そのことですが」司祭が言う。「我々がケイオスの脅威を確認したからです」


「ケイオスがすでに動いたの!?」とポンティ。


 コクンと神妙に頷く聖女。


「大陸南部の国が消滅しました」


 震える声で大聖女が言った。

 大司祭と事務員的な人が暗い表情で首を振った。

 実に悲壮感に溢れている。


「そ、そんな……」と騎士。

「国が消滅だと……」と武闘家。

「へぇ」と間延びした声でニナ。


 ニナだけはマイペースである。

 しかし、国が1つ消えたぐらいで、こんなに落ち込まなくても、と俺は思う。

 国なんていつか滅ぶ。

 以前、チェスが盛んな国があった。

 公園とかにフリーのチェステーブルがいくつもあって、国民みんなチェスを知ってるから対戦相手に困らないという国だった。


 俺は当時、チェスにハマっていたから、何度かその国のチェス大会にも参加した。

 んで、チェスに飽きて200年ぐらい行かなかったんだけど、ある日ふとチェスがしたくなったわけ。

 で、久しぶりにその国に行ったら、見事に滅びていた。

 チェス文化が、ではなくてその国そのものが。

 隣国に吸収されていたのだ。


 そんなわけで、国ってのは少し目を離すと滅び去るものなのだ。

 いちいち悲しんだり喜んだりするのはエネルギーの無駄である。

 ただし俺の村は除く。

 俺の村が滅びたら、俺は悲しいし、300年は洞窟とかに引きこもるだろう。

 まぁ今でも基本的には引きこもりなのだが。

 頻繁に外出しているここ最近が特異なのだ。


「ケイオスは人類の、いえ、全ての生命体にとって脅威です」


 大聖女がキリッとした顔で言った。


「よって、神殿勢力は」司祭が言う。「魔王軍との共闘を推し進めるつもりです」


 いい流れだ。

 魔王軍、勇者パーティ、そして人間たち。

 これだけ揃えば、まぁ100年もあればケイオスを倒せるだろう。

 以前も確か、みんなで協力して100年ぐらいで封印できたと本で見た。

 うんうん、頑張れ頑張れ。

 俺は目を瞑ってうんうんと頷いた。


「現在、各国と調整中です」と大聖女。


 まぁ神殿は世界中にあるし、今回のケイオス戦を主導するってことか。


「神殿勢力の神聖騎士団を率いるのは」大聖女が言う。「未来の大聖女であるカリーナ・ヨンソンと大聖者様の予定です」


 うん?


「つまり、あなたは勇者パーティから離脱するということ?」


 ポンティが真剣な様子で言った。

 ポンティの視線の先には聖女がいるので、聖女の本名がカリーナ・ヨンソンなのだと俺は理解した。


「はい。本来あたくしは神殿の所属。本分に戻る、というだけのことです。でもケイオスを倒して世界が平和になれば……あるいは魔王軍と再び戦うなら、その時はまたご一緒しましょう」


「……ええ、分かったわ」とポンティ。


「ところで、なんでアルト……大聖者様も一緒に神聖騎士団を率いるの? 魔王軍四天王だよ?」


 キョトンとした感じでニナが言った。

 それは俺も気になっていたところ。


「はて?」大聖女が首を傾げる。「大聖者様は当然、神殿の所属でしょうし、実力を聞いたところ、教皇聖下候補とお見受けしました」


 お前の目は節穴かよ。

 なんにも見えてねぇよ。

 魔王軍四天王だって言ってんじゃん、ニナが。


「魔王軍には潜入しているだけ、でしょう? ああ、答えなくて大丈夫です。機密事項でしょうから」


 分かってますよー、という風に大聖女が言った。

 お前は何も分かってない。


「よって、立場的に大聖者様がここで立つのは当然かと」


 立たねぇよ!

 そもそも、俺は神殿の所属じゃねぇよ!!

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