30話 断れないことだってあるさ


「なんということだ……」


 ニナと戦っていた騎士団長が動きを止め、空を仰いだ。

 他の騎士たちも、同じように空を見ている。

 数名が武器を取り落とした。


「アルト……ただの合図に……やりすぎ……」


 脳天気なニナですら、頬をヒクヒクさせている。

 なんなら、ケイオスよりアルトの方が強いんじゃないの? とニナは思った。

 白い炎の存在を、ニナは知らない。

 だけれど、目の前で空を焼いているそれが、魔法の極致であることは理解できる。

 もし地上でアレを使っていたら、この王都ぐらいなら余裕で消し飛ぶ。


「まぁ、アルトがそんなことするわけ、ないけどさ」


 ニナにはアルトが白炎を完璧にコントロールしているように見えた。


「って、合図だから逃げなきゃ」


 ニナはフッと我に返り、猛烈なダッシュで騎士たちの間を抜ける。

 騎士たちの多くはまだ空を見ていた。


「賊が逃げたぞ!」と誰かが叫んだ。


 でも、ほとんどの騎士がその声に反応できなかった。

 そう、だって、ニナより遙かに恐ろしい何かが空で燃えているのだから。


「あ、そっか。あたしが簡単に逃げられるように配慮してくれたのねっ! さすがあたしの未来の旦那!」


 ニナは嬉しい気持ちで、王城を出てポンティたちと待ち合わせている山へと向かう。

 山は少し遠いが、ニナが全力で走ればそれほど時間はかからない。

 王都は城塞都市になっているので、高い壁に囲われている。

 しかしニナは壁を何度か蹴って、アッサリと壁の上へと移動。

 そこから外へとジャンプして、お腹がヒュンとなりつつ、地面に着地。

 そして再び走り出す。



「アルト……これほどの力を持っていたの?」


 魔王城の上空で、ロザンナが呟いた。

 ロザンナは凄まじい魔力の炸裂を感じ、急いで外に出たのだ。

 そして、すぐにこの魔力がアルトのものであると理解。


「てゆーか、何してるのかな?」


 普通に生きていたら、こんな大魔力の魔法を使うことはない。

 であるなら、戦闘だろうか?

 相手は誰?


「まさかケイオスと戦ってる……?」

「それはないでしょう」


 いつの間にかロザンナの隣に浮いていたアスタロトが言った。


「言い切れる?」

「はい魔王様。ケイオスは現在、あっちで国を滅ぼし……」


 アスタロトが指を指した方向で、激しい魔力の炸裂があった。


「「!?」」


 ロザンナとアスタロトがビクッと身を竦めた。


「アルトの使った魔法と似たような系統だけど……これはドラゴンブレス?」

「そうですね……。ケイオスでしょう……」


 沈黙。

 アルトの放った魔法は強力で、凄まじい魔力が込められていたが、ケイオスのブレスはそれ以上だった。


「こんなのと……戦わなきゃ……いけないの?」


 ロザンナの声が震えた。

 少なくとも、ロザンナは一対一でケイオスと戦って勝てる気はしない。


「これほどとは……」アスタロトが苦笑い。「アルト殿の実力も大概、規格外ですが……ケイオスは更に……」


「絶望的な戦いになりそうだけど、それでも、アルトの今の実力が知れて良かった」

「はい。アルト殿がいれば、なんとか戦えそうです」

「逆にアルトがいなければ、ぼくたちは無残に殺されていたね」


 アルトにはケイオスと戦う気がサラサラないのだが、ロザンナもアスタロトもそれを知らない。



 俺は塔を降りて外に出て、空を見上げた。

 うん、白炎消えてねぇぇぇぇ!!

 俺は小さく首を振った。

 やっちまったなぁ。

 俺に付いて来ていたポンティ、騎士、武闘家も空を見上げた。


「さすが大聖者様!」突然ポンティが言った。「ずっと空を燃やしていれば、誰もがそっちに注目する!」


「なるほど!」騎士がポンと手を打つ。「我々が安全に逃げるための布石でもあったのですね!」


「ああ。そういうことだ」


 俺は話に乗っかった。

 今のところ、被害はなさそうだし。


「おい、さっさと逃げようぜ」


 武闘家が言って、俺たちは色々な魔法を駆使してコッソリと城を出た。

 その後、ニナと待ち合わせている山へと向かう。

 なんでニナと待ち合わせているかと言うと、単純にニナが【ゲート】を使えないので、俺かポンティが連れて帰ってあげる必要があるから。

 まぁ、家も近所だし俺が連れて帰るのがいいだろう。


 特に問題もなく待ち合わせの山に到着し、ニナと合流。

 山の中腹の泉の前だ。

 ニナは暇だったのか、泉でバシャバシャして遊んでいた。

 全裸で。

 実にマイペースな奴だな、と俺は思った。

 いや、知ってたけどさ。


「あ」と俺たちを確認したニナが固まった。


 騎士と武闘家が頬を染めてニナをガン見。

 ポンティが2人をぶん殴って、それで2人は正気に戻って後ろを向いた。


「アルト、乾かして!」


 ニナが泉から上がって両手を広げた。


「やれやれ。お前、いつまでガキのつもりなんだよ」


 俺は風の魔法と炎の魔法を混ぜた【温風】を使用。

 一瞬でニナの身体に付いていた水滴が消える。

 俺の村の近くに川があって、そこで遊ぶ子供たちの身体をこの【温風】でよく乾かしてやった。

 もちろんニナや弟のリクも。


「でも身体は成長したと思わない!?」


 ニナが自分の胸を揉みながら言った。

 ふむ。

 俺的にはまだまだ若いように見えるが、そもそも俺からしたら自分以外の全ての生命体が若い。

 では女性として魅力的な肉体であるか、という観点でニナの身体を見てみよう。

 ふむ。


「微妙だな」

「がーん!!」


 ニナがショックを受けたようにフラッとした。

 俺はもっとこう、大人というか、やや豊満な女性が好みなんだよ。

 デブという意味ではなく、出るところが出ているというか。


「コホン」ポンティがわざとらしい咳払いをして言う。「勇者、とにかく服を着なさい」


「はぁい」


 ニナは脱ぎ散らかしていた服を集めて、ゆっくりと着た。

 まぁ服と言ってもパジャマだが。

 ニナが服を着たところで、騎士と武闘家が寄ってくる。


「ありがとう勇者、助けに来てくれて」と騎士。


「ああ、マジで助かったぜ。オレは処刑されるところだったからな」


 武闘家がカラカラと笑った。

 それ、笑い事じゃなくね?

 そう思ったけれど、俺は何も言わない。


「2人が無事で良かった」ニナが笑顔を浮かべる。「次は聖女を助けなきゃね!」


 そうだった!

 聖女の存在を忘れていた!

 俺はもう家に帰る気満々だった。

 てゆーか、勇者パーティほぼ揃ってるわけだし、俺はもういらないよな?


「よし、じゃあ……」


「大聖者様! またお力を貸してくれるのですね!」とポンティ。

「大聖者様がいれば、聖女を救うのも容易いでしょう」と騎士。

「アルトはあたしの仲間を見捨てたりしないもんね?」とニナ。

「さすが大聖者様! その役職に偽りなしだぜ!」と武闘家。


 偽りしかねぇよバカ野郎。

 俺はヴァンパイアだぞ?

 あとお前ら、俺が魔王軍四天王だって忘れてないか?

 しかしみんなの瞳がキラキラと輝きを放って俺を見ている。

 断りにくい。

 むしろ断れない。

 これを断れる奴は魔王ぐらいのものだ。

 いや、魔王ですらそんな精神力は持っていないかも。

 ケイオスなら可能だろうか?

 っと、くだらないことを考えてしまった。


「……聖女は神殿だっけか?」


「はい大聖者様!」ポンティが両手を胸の前で組んで言う。「この国の主神殿に囚われているかと!」


「……そっか、じゃあ行くか」


 こうなったら、さっさと救出して早く家に帰ることを目標にしよう。

 作業着もそろそろ着替えたい。

 俺は溜息を吐いてから、天を仰ぐ。

 あ、白炎がほとんど消えてる。

 スッカリ忘れていたけど、消えて良かった。


「あの白い炎、すごかったね!」


 俺に釣られて空を見たニナが笑顔で言った。


「ああ。古代魔法ってやつさ」俺は少し自慢気に言った。「ロマンの塊みたいな魔法だ」


 ふふっ、白炎を自慢できたのは素直に嬉しい。


「絶対に弟子にして貰うわ……」


 ポンティが小さい声で言った。

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