30話 断れないことだってあるさ
「なんということだ……」
ニナと戦っていた騎士団長が動きを止め、空を仰いだ。
他の騎士たちも、同じように空を見ている。
数名が武器を取り落とした。
「アルト……ただの合図に……やりすぎ……」
脳天気なニナですら、頬をヒクヒクさせている。
なんなら、ケイオスよりアルトの方が強いんじゃないの? とニナは思った。
白い炎の存在を、ニナは知らない。
だけれど、目の前で空を焼いているそれが、魔法の極致であることは理解できる。
もし地上でアレを使っていたら、この王都ぐらいなら余裕で消し飛ぶ。
「まぁ、アルトがそんなことするわけ、ないけどさ」
ニナにはアルトが白炎を完璧にコントロールしているように見えた。
「って、合図だから逃げなきゃ」
ニナはフッと我に返り、猛烈なダッシュで騎士たちの間を抜ける。
騎士たちの多くはまだ空を見ていた。
「賊が逃げたぞ!」と誰かが叫んだ。
でも、ほとんどの騎士がその声に反応できなかった。
そう、だって、ニナより遙かに恐ろしい何かが空で燃えているのだから。
「あ、そっか。あたしが簡単に逃げられるように配慮してくれたのねっ! さすがあたしの未来の旦那!」
ニナは嬉しい気持ちで、王城を出てポンティたちと待ち合わせている山へと向かう。
山は少し遠いが、ニナが全力で走ればそれほど時間はかからない。
王都は城塞都市になっているので、高い壁に囲われている。
しかしニナは壁を何度か蹴って、アッサリと壁の上へと移動。
そこから外へとジャンプして、お腹がヒュンとなりつつ、地面に着地。
そして再び走り出す。
◇
「アルト……これほどの力を持っていたの?」
魔王城の上空で、ロザンナが呟いた。
ロザンナは凄まじい魔力の炸裂を感じ、急いで外に出たのだ。
そして、すぐにこの魔力がアルトのものであると理解。
「てゆーか、何してるのかな?」
普通に生きていたら、こんな大魔力の魔法を使うことはない。
であるなら、戦闘だろうか?
相手は誰?
「まさかケイオスと戦ってる……?」
「それはないでしょう」
いつの間にかロザンナの隣に浮いていたアスタロトが言った。
「言い切れる?」
「はい魔王様。ケイオスは現在、あっちで国を滅ぼし……」
アスタロトが指を指した方向で、激しい魔力の炸裂があった。
「「!?」」
ロザンナとアスタロトがビクッと身を竦めた。
「アルトの使った魔法と似たような系統だけど……これはドラゴンブレス?」
「そうですね……。ケイオスでしょう……」
沈黙。
アルトの放った魔法は強力で、凄まじい魔力が込められていたが、ケイオスのブレスはそれ以上だった。
「こんなのと……戦わなきゃ……いけないの?」
ロザンナの声が震えた。
少なくとも、ロザンナは一対一でケイオスと戦って勝てる気はしない。
「これほどとは……」アスタロトが苦笑い。「アルト殿の実力も大概、規格外ですが……ケイオスは更に……」
「絶望的な戦いになりそうだけど、それでも、アルトの今の実力が知れて良かった」
「はい。アルト殿がいれば、なんとか戦えそうです」
「逆にアルトがいなければ、ぼくたちは無残に殺されていたね」
アルトにはケイオスと戦う気がサラサラないのだが、ロザンナもアスタロトもそれを知らない。
◇
俺は塔を降りて外に出て、空を見上げた。
うん、白炎消えてねぇぇぇぇ!!
俺は小さく首を振った。
やっちまったなぁ。
俺に付いて来ていたポンティ、騎士、武闘家も空を見上げた。
「さすが大聖者様!」突然ポンティが言った。「ずっと空を燃やしていれば、誰もがそっちに注目する!」
「なるほど!」騎士がポンと手を打つ。「我々が安全に逃げるための布石でもあったのですね!」
「ああ。そういうことだ」
俺は話に乗っかった。
今のところ、被害はなさそうだし。
「おい、さっさと逃げようぜ」
武闘家が言って、俺たちは色々な魔法を駆使してコッソリと城を出た。
その後、ニナと待ち合わせている山へと向かう。
なんでニナと待ち合わせているかと言うと、単純にニナが【ゲート】を使えないので、俺かポンティが連れて帰ってあげる必要があるから。
まぁ、家も近所だし俺が連れて帰るのがいいだろう。
特に問題もなく待ち合わせの山に到着し、ニナと合流。
山の中腹の泉の前だ。
ニナは暇だったのか、泉でバシャバシャして遊んでいた。
全裸で。
実にマイペースな奴だな、と俺は思った。
いや、知ってたけどさ。
「あ」と俺たちを確認したニナが固まった。
騎士と武闘家が頬を染めてニナをガン見。
ポンティが2人をぶん殴って、それで2人は正気に戻って後ろを向いた。
「アルト、乾かして!」
ニナが泉から上がって両手を広げた。
「やれやれ。お前、いつまでガキのつもりなんだよ」
俺は風の魔法と炎の魔法を混ぜた【温風】を使用。
一瞬でニナの身体に付いていた水滴が消える。
俺の村の近くに川があって、そこで遊ぶ子供たちの身体をこの【温風】でよく乾かしてやった。
もちろんニナや弟のリクも。
「でも身体は成長したと思わない!?」
ニナが自分の胸を揉みながら言った。
ふむ。
俺的にはまだまだ若いように見えるが、そもそも俺からしたら自分以外の全ての生命体が若い。
では女性として魅力的な肉体であるか、という観点でニナの身体を見てみよう。
ふむ。
「微妙だな」
「がーん!!」
ニナがショックを受けたようにフラッとした。
俺はもっとこう、大人というか、やや豊満な女性が好みなんだよ。
デブという意味ではなく、出るところが出ているというか。
「コホン」ポンティがわざとらしい咳払いをして言う。「勇者、とにかく服を着なさい」
「はぁい」
ニナは脱ぎ散らかしていた服を集めて、ゆっくりと着た。
まぁ服と言ってもパジャマだが。
ニナが服を着たところで、騎士と武闘家が寄ってくる。
「ありがとう勇者、助けに来てくれて」と騎士。
「ああ、マジで助かったぜ。オレは処刑されるところだったからな」
武闘家がカラカラと笑った。
それ、笑い事じゃなくね?
そう思ったけれど、俺は何も言わない。
「2人が無事で良かった」ニナが笑顔を浮かべる。「次は聖女を助けなきゃね!」
そうだった!
聖女の存在を忘れていた!
俺はもう家に帰る気満々だった。
てゆーか、勇者パーティほぼ揃ってるわけだし、俺はもういらないよな?
「よし、じゃあ……」
「大聖者様! またお力を貸してくれるのですね!」とポンティ。
「大聖者様がいれば、聖女を救うのも容易いでしょう」と騎士。
「アルトはあたしの仲間を見捨てたりしないもんね?」とニナ。
「さすが大聖者様! その役職に偽りなしだぜ!」と武闘家。
偽りしかねぇよバカ野郎。
俺はヴァンパイアだぞ?
あとお前ら、俺が魔王軍四天王だって忘れてないか?
しかしみんなの瞳がキラキラと輝きを放って俺を見ている。
断りにくい。
むしろ断れない。
これを断れる奴は魔王ぐらいのものだ。
いや、魔王ですらそんな精神力は持っていないかも。
ケイオスなら可能だろうか?
っと、くだらないことを考えてしまった。
「……聖女は神殿だっけか?」
「はい大聖者様!」ポンティが両手を胸の前で組んで言う。「この国の主神殿に囚われているかと!」
「……そっか、じゃあ行くか」
こうなったら、さっさと救出して早く家に帰ることを目標にしよう。
作業着もそろそろ着替えたい。
俺は溜息を吐いてから、天を仰ぐ。
あ、白炎がほとんど消えてる。
スッカリ忘れていたけど、消えて良かった。
「あの白い炎、すごかったね!」
俺に釣られて空を見たニナが笑顔で言った。
「ああ。古代魔法ってやつさ」俺は少し自慢気に言った。「ロマンの塊みたいな魔法だ」
ふふっ、白炎を自慢できたのは素直に嬉しい。
「絶対に弟子にして貰うわ……」
ポンティが小さい声で言った。
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