34話 決戦前
「戦いたいか、だと?」
オッサンが邪悪に笑った。
「当たり前だ小僧。考えてもみろ。今やこの俺様とまともに戦えるのは、お前ぐらいのものだろう?」
いや、ケイオス……は強すぎてまともに戦えないって話か?
「だが俺様はお前を殺したくない」
「そりゃどうも」
その心を大切にしてくれ、と俺は思った。
「だから比武をしようや、ってことだ。心配すんな。俺様は約束を守るし、見届ける連中も用意してやる」
「ぼくたちも……見届けるよアルト」
ロザンナが複雑な表情で言った。
一番複雑なのは俺の心境だがな。
「神殿の人たちも」ニナが言う。「呼んだ方がいいと思う」
「好きにしろや」とオッサン。
「神聖騎士団の話とか」ニナがやや震える声で言う。「全部、無意味になっちゃったね。あはは、でも、こっちの方が早くていいね。うん、いいね!」
ニナがこんなに怯えているのは珍しい。
オッサンのことがよっぽど怖いのだろう。
お前、勇者だろうに。
魔王にビビってどうするんだよ。
そして、なんで無意味になったんだ?
俺は未だに事態を飲み込めていない。
「どうした小僧。まだ何かあるのか?」とオッサン。
「1つずつ、疑問を解消していこう」俺が言う。「その1、そもそも、なんで俺らが戦う必要があるんだ?」
「俺様が戦いたいからだ。小僧が嫌だって言っても、俺様は戦うぞ」
つまり、一方的に攻撃を仕掛ける、ってことか。
戦闘を回避するのは不可能に近い。
なら、さっさと戦ってさっさと終わらせるのがいい。
「まぁ小僧も俺様と戦うつもりだったようだし、嫌とは言わないだろうがな」
オッサンが笑った。
俺は戦うつもりなんてないが、それを言ってもあまり意味はない。
オッサンはもう俺と戦うことを決めている。
俺はケガをしないように装備を固めようと誓った。
「よし分かった」俺が言う。「戦うのは了承しよう。明日の……そうだな、昼飯の前ぐらいにしよう。夜明けとともにってのは、ちょっとしんどい」
「俺様はそれでもいいぞ」とオッサン。
俺はコクンと頷く。
そして、なんか一気に疲労感に襲われた。
あぁ、今日は忙しかったし、少し寝たいなぁ。
まだ疑問は残っているが、今はもうどうでもいい。
「じゃあ、俺は朝まで寝るから、みんなも好きにしてくれ」
俺は立ち上がった。
「ぼくは魔王軍に知らせておくよ、明日の対決のことを」
そう言って、ロザンナが【ゲート】で消えた。
「俺様も、ドラゴンどもに話しておく」
オッサンが席を立つ。
そのドラゴンの中にケイオスも含まれてたりするのか?
むしろオッサンの種族って、ドラゴンか?
魔王がドラゴンってのは、まぁ不思議ではない。
ドラゴンは種族的にも強力だから。
「じゃあな」
オッサンは普通に部屋を出たので、ちゃんと玄関から帰ってくれるようだ。
「あたし、神殿に戻るね?」ニナが言う。「ノアちゃん、昼間行った国に【ゲート】してくれる?」
「わわ、わたくしをパシリにするな」
「……お漏らししたこと、言いふらされたいの?」
「誰がお漏らしなど! など……?」
言われて初めて、エレノアは自分の下半身の状態に気付いた。
そして顔を真っ赤にして、瞳いっぱいに涙を溜めた。
「俺が送ってやるよ。ほら」
俺は【ゲート】を使用して、ニナだけを飛ばした。
「アルト様ぁぁ、これは違うんですぅぅぅ」
グスン、とエレノア。
「いいから風呂入ってこい」
俺が言うと、エレノアは右手で涙を拭ってから席を立ち、風呂場へと向かった。
俺は休みたかったが、とりあえずエレノアの粗相を綺麗に掃除。
「アルト様ぁぁぁ!!」
エレノアの呼ぶ声が聞こえたので、俺は風呂場へと向かった。
「汚れたドロワーズを、どうしたら……」
風呂から出たエレノアは、子供用のパジャマを着ていた。
稀に村の子供が泊まったりするから、いくつかパジャマを置いているのだ。
で、汚れたドロワーズは脱衣所に置かれていた。
「洗ってやるから、そっちの籠に入れとけ」
俺は洗濯籠を指さした。
「うぅ……すみません……」
エレノアはかなり申し訳なさそうに、ドロワーズを籠に入れた。
洗濯って言っても、魔法ですぐできる。
よって、パンツが1つ増えたぐらい問題じゃない。
「よし、じゃあ俺は寝るから、お前も好きにしろ」
言って、寝室へと向かう俺。
そして俺の服を掴んで付いてくるエレノア。
よっぽど怖かったんだなぁ、と思った。
俺はとりあえず神殿で貰った服を脱いで綺麗に畳む。
そしてパジャマに着替え、ベッドにイン。
エレノアは俺と同じベッドに入ってきた。
1人で寝られない的なあれか。
仕方ないなぁ、と俺は特に何も言わなかった。
「アルト様……今日のことは……」
「心配すんな。誰にも言わないし、ニナにも口止めしておく。ロザンナとオッサンにも」
「はい……」
エレノアは消え入りそうな声で返事をした。
◇
朝、俺はいつもの時間に目を醒ました。
エレノアはまだ寝ているようなので、放置。
俺は衣装室に移動して、普段エレノアが着ている系統の服とローブを用意してやる。
この衣装室には老若男女、村人から王様が着るような服まで、色々と揃っていた。
まぁ俺が揃えたんだけども。
自分用というよりは、こういう時のためだ。
それから、俺は簡単な朝食を摂って、安楽椅子でユラユラと揺れる。
あー、ガラス戸を直さないとなぁ。
忙しすぎてまだ大工のサイモンに頼みに行ってない。
今日の比武が終わったら、処理しよう。
「はぁ~、そろそろ着替えておくか」
俺は宝物庫に移動し、『ユグドラの燕尾服』を着用。
その上から『アマルテイアのマント』を装備。
この2つは危険地帯に行く時の鉄板装備だ。
どちらも防御力がアホみたいに高い。
衣装室ではなく宝物庫に置いているのは、貴重な物だから。
と、食堂に【ゲート】の反応があったので、俺は食堂へと向かう。
途中でもう一度【ゲート】の反応。
俺が食堂に入ると、多くの目が俺に注目した。
ロザンナ、アスタロト、四天王の面々、ニナ、勇者パーティの面々、大聖女と大司祭。
「あっれー? 服が綺麗じゃーん」
妖精女王のビビが明るい声で言った。
「なるほど、それが勝負服ということですね」
アスタロトが感心した風に言った。
どうやら、この装備の素晴らしさに気付いたようだ。
ロロが俺の方にタタッと走り寄ってきて、自分の尻尾を差し出す。
「……囓って……いいよ……」
「いや……別に……」
「囓って……血、吸っていいから……」
ロロは真剣な表情で俺を見ていた。
激励のつもりなのか。
俺はロロの頭を撫でた。
「また今度な」
「……そう……じゃあ、ロロの尻尾は……勝利の美酒の代わりね……」
ロロは俺から2歩ほど離れた。
勝負のあとで囓る、という意味に受け取られた。
「今日の決闘は」ジョージが言う。「一生に一度、見れるかどうかのもの。実に楽しみである!」
さすが脳筋。
「大聖者様」大聖女が言う。「本当にお1人で戦うのですか?」
「ああ」
その方が色々と早いに違いない。
俺とオッサンの問題ってことにした方がいい。
他の誰かが介入すると、事態が拗れる可能性がある。
まぁ、俺は事態をよく理解してないんだけどな。
でもオッサンがとにかく俺と戦いたいってことは確かだ。
故に、さっさと戦って終わらせたい。
「じ、自信のほどは……?」と騎士。
ない。
だって相手、魔王だぜ?
俺は平均的より少し弱いヴァンパイアなんだ。
あ、今は平均的なヴァンパイアの力があると分かったけども。
しかしみんな俺を応援しているようなので、「五分五分だ」と言っておいた。
てゆーか、なぜ魔王軍の連中も俺を応援しているのだろう?
まさかオッサン、嫌われてるのか?
まぁ、かなり自己中心的な性格みたいだし、な。
「本当に五分五分なの!?」
ロザンナが驚いた風に言った。
ごめん、言い過ぎた。
俺が勝つ可能性なんてゼロだ。
訂正しようと思ったのだが。
「さすがアルト様!!」
食堂に入ってきたエレノアが大きな声で言ったので、みんなの注目がそっちに移った。
「アルト様ならば、必ずや勝てましょう!!」エレノアが言う。「そしてアルト様が新たなる覇者となるのです!」
ならねーよバカ。
って、そうか、俺が勝ったら世界が俺の物になるんだった。
まぁ勝たないだろうけど、装備のおかげで万が一勝ってしまったら、どう断ろう?
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