27話 霜降り包丁の本領


 どうやら、魔法使いの愛称はポンちゃんらしい。

 俺はニナをお姫様抱っこして、空を飛んで自宅に戻っている最中だ。

 なぜ俺がニナを抱いているかと言うと、ニナは空を飛べないから、である。

 ニナは戦闘に関しては覚えが良かったのだが、魔法はサッパリだった。

 まったく使えないわけではないが、少し難しい魔法になると全然ダメ。

 空を飛べないどころか、物を浮かせることもできなかった。

 まぁ、人には得手不得手があるから、特に問題ではないけれど。


「ああ、幸せ……」


 ニナが俺の作業着に頬を寄せ、目を瞑って言った。


「おい寝るんじゃねぇ」

「お、起きてるよ?」

「本当か? 頼むぞ? ポンちゃんピンチだからな?」


 俺は助ける気ないんだから、お前がちゃんと助けろよ、という意味を込めた発言である。


「ポンちゃんが何かポンしたのかなぁ?」

「そういうわけじゃ、なさそうだったぞ。ところでポンちゃんの本名ってポン子とかか?」


 俺が言うと、ニナが大爆笑。


「ちが……ちがうよぉ!!」肩を震わせながらニナが言う。「インノチェンツァ・ポンティだったかな!」


「なんだって?」

「インノチェンツァ・ポンティ」

「……ポンちゃんでいいな!」

「でしょ!」


 舌を噛みそうな名前である。

 むしろ、ニナはよく覚えたな、と俺は感心した。

 そして。

 俺たちが自宅の庭に着地すると、エレノアとポンティが仲良さそうに話していた。


「あ、アルト様! お帰りなさいませ! 今、わたくしはこの魔法使いポンティと義姉妹の契りを交わしたところです!」


 え?

 何してんのお前。


「どっちが姉?」と俺。


「もちろん、わたくしエレノアが姉であります!」

「そ、そうか……。どうしてそうなったんだ?」


 言いながら、俺はニナを下ろす。

 ニナは少し名残惜しそうな雰囲気だったが、ゆっくり俺から離れた。


「ええ、実はアルト様、ポンティは我らの千年王国の住民になりたいようです!」

「マジで!?」


 俺が驚いてポンティを見ると、ポンティが生温かい微笑みを浮かべた。


「もちろんよー。それに、みんなで世界征服もしなくっちゃね。かつてわたしも目指した頂だし……ね?」


 ポンティがグッと親指を立てた。

 それを見て、ニナも「いいね!」と親指を立てる。

 こいつらイカレてんのか?

 勇者パーティってむしろ、世界征服を企む奴を倒す側なんじゃ?


「うむ。ポンティは我らが世界を支配することを望んでいるのですアルト様!」


 キラキラとした瞳でエレノアが言った。

 ああ、ポンちゃんってイカレてんだなぁ、と俺は微笑みを浮かべた。


「ところで、勇者……」ポンティが言う。「寝間着なの?」


「あ、うん。急いで来たから。何かピンチなんでしょ? 他のメンバーが世界征服に反対してるの?」

「そうじゃなくて」


 ポンティは一度、大きく息を吐いた。

 それで空気が変わり、ポンティはみんなが捕まった経緯などをニナに説明した。


「みんな大変だねぇ」


 うんうんと頷くニナ。


「なんとか助けたいけど、わたし1人じゃとても……」


「心配するな我が義妹よ!」エレノアが縁側から立ち上がって、グッとカッツポーズ。「このわたくしが手伝ってやろう!」


「エレノアちゃん……!」


 ポンティがウルル、と瞳に涙を溜めてエレノアを見た。


「そうか、よし、じゃあ頑張れエレノア。ちょっと待ってろ」


 言ってから、俺は自室へと向かった。

 そこで普段の服……正確には異次元ポケットから『霜降り包丁』を取り出す。

 そういや、鞘もあったよな、ともう一度ポケットを漁る。

 キラキラとした宝石が散りばめられた派手な鞘が出て来た。

 俺は霜降り包丁を鞘に仕舞って、再びエレノアたちの元に戻る。

 ポンティがすでに【ゲート】を準備していて、俺待ちの状態だったようだ。


「エレノア。これをお前にやろう」


 俺は霜降り包丁をエレノアに投げ渡した。


「こ、これは! 星降りの剣!? わたくしが頂いてよろしいのですか!?」

「ああ。切れ味は悪くないぞ。魔力を込めたら星が降ってくる。当たらないように注意しろ」

「はい、はいアルト様! ありがとうございます! 必ずや我が義妹の仲間を救い出しましょう!」

「おう、頑張……」


 俺は笑顔で右手を振ろうと、右手を持ち上げた。

 その瞬間、ポンティが【ゲート】を起動させた。

 俺たちの上下に魔法陣が現れ、そのまま視界が変わる。

 ちょ!?

 俺は行くって言ってねぇぇぇぇぇ!!



 ケイオスは綺麗な泉を見つけて水浴びして、それからゆっくり味わってアルトのトマトを食した。

 すでに9割の力が回復している。


「さすがだぜ小僧。今回もまた、お前の野菜に力を貰ったぜ」


 ケイオスは宙に浮き、そしてドラゴンの姿へと戻る。

 大きく一度咆哮し、雲の上まで舞い上がる。


「よぉし、調子を整えるついでに、国の1つぐらいは滅ぼすか」


 クックック、とケイオスが邪悪に笑った。



 同じ頃、邪悪に笑うヴァンパイアクイーンの姿があった。


「ふはははは! 愚かなる人間どもよ!! わたくしの星に打たれて死ねぇぇぇ!!」


 エレノアはポンティの仲間が捕まっている国の上空で言った。

 もっと言うなら、王都の王城近辺の空だ。

 エレノアは声に魔力を乗せたので、その声は王都中に響き渡った。

 エレノアが『星降りの剣』を天にかざし、魔力を通す。

 そうすると、いくつかの星が遙か彼方、惑星の外側から飛来。


 ちなみに、魔力を込めた量に応じて星の数や大きさが変わるのだが、エレノアはそのことを感覚で理解していた。

 これでも最強(に近い)種族(絶滅寸前)の女王(未来の)なのだ。

 星が降って王都を破壊するが、決定的な破滅というわけではない。

 ちゃんと手加減しているのだ。

 これはあくまで作戦行動なのである。


「おお! あれっぽっちの魔力でも凄まじい威力! さすがアルト様の持ち物!」


 まぁ、今はわたくしのだけど、とエレノアはご満悦。

 アルトは「お前にやろう」と言ったので、もう所有権はエレノアにある。


「ああ、本当、素敵な剣だ……。えへ……えへへへ」


 気色悪い笑みを浮かべたエレノアが再び星を降らせる。

 そして再び高笑いを開始。


「はははははは! 死ね死ね人間ども!!」


 この機会にニナも始末してしまおうと思ったエレノアは、星の1つを魔力で誘導し、ニナの上へと降らせる。

 ちなみに、ニナとポンティ、アルトは別行動中。

 ニナは王城で暴れ、エレノアは空で暴れ、その隙にポンティとアルトが地下牢に侵入して騎士と武道家を助けるという雑な作戦である。

 しかしその作戦は功を奏した。


 憲兵も軍も王宮魔法使いたちも、全員がエレノアに注目し、降り注ぐ星への対処に追われている。

 今は魔法使いたちが大きなシールド魔法を展開し、王都全体を守っている。

 そして王城を守る騎士団員たちはニナと戦闘中。

 エレノアの星が次々にシールド魔法に当たって砕ける。

 7つの星を防いだ時点で、シールド魔法が消え去った。


「その程度でわたくしの星を防げると思ったのか愚か者どもめ!!」


 エレノアが誘導中の星が、ちょうどニナの真上に落ちるところだった。


「やったか!?」


 そう言った瞬間、スパパパパンと星が斬り刻まれた。

 正確には、騎士から奪った剣でニナが星を細かく分けてしまったのだ。


「ぐぬ……さすがは当代の勇者……」


 ウッカリを装って始末したかった。

 しかし、とエレノアは思い直す。

 まぁケイオスを倒すまでは生かしておいた方がいいのではないか、と。

 そんなことを考えていると、魔法使いのオバさんが1人、エレノアの前まで舞い上がって来た。


「農作業でもする感覚で、星を降らせないでくれる? お嬢ちゃん」

「農作業だと!? ふざけ……ああ、わたくし、作業着のまま……」


 やっと自分の格好を認識したエレノアは、パクパクと声にならない声を上げた。


「覚えていろ貴様!」


 エレノアはさっさと退散しようと空を移動したが、オバさんがすごい速さで回り込んだ。


「ぐぬっ、人間にしてはやるではないか……」

「逃がすわけないでしょ?」


 オバさんが不敵な笑みを浮かべた。

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