26話 聖なる連中を痛めつけたいっ!
「落ち着いて話せ、な?」
俺は魔法使いを引き離し、冷静に言った。
グスン、と魔法使いが涙ぐむ。
「ケイオスを倒すために魔王軍と共闘することを」魔法使いが暗い声で言う。「私たちが……まぁ主には騎士が、国に報告したのよ……。国家の支援も必要でしょう?」
「そうだな」と俺は頷いた。
「でも頭の固い老害どもは……」
魔法使いが両方の拳をギュッと握った。
あまりにも強く握っていたので、爪が皮膚に食い込んでいる。
このままでは血が出てしまう。
俺は平気だけど、エレノアがペロペロし始める可能性が高い。
だから俺はスッと魔法使いの肩に手を置いた。
魔法使いが俺を見詰める。
「力を抜け。悔しいのは分かるが、冷静さを失っちゃダメだ」
「大聖者様……」
ウルウルした瞳で、頬を染めながら魔法使いが言った。
怒りすぎて顔が赤くなってやがる。
「頭の固い老害というのは?」
エレノアが足をパタパタしながら言った。
「国王を含む国の上層部と、大陸連合の駐在員たちのことよ」
「なるほど」エレノアが言う。「そのゴミどもが、アルト様が整えた人と魔族の共闘に異を唱えたと?」
コクン、と魔法使いが頷く。
「許せん!!」エレノアが地面を踏みつける。「アルト様の顔に泥を塗るとは!!」
ん?
俺の顔に誰が泥を塗ったんだ?
そもそも、共闘関係を整えたのって俺じゃなくね?
俺、シチュー作ってただけだぞ?
解せないが、エレノアの中では俺が共闘関係を取り仕切った感じになっているようだ。
「それで騎士が逮捕されて」魔法使いが言う。「怒った武闘家が暴れて、国家反逆罪で捕まって……」
「クソッ、そんな連中、ぶち殺せばいいだろう!?」とエレノア。
魔法使いが首を振る。
「勇者であるニナがいなかったから、わたしたちの戦力は落ちていたし、一国を相手に戦えるほど強くないわよ、わたしたち」
まぁそうだよなぁ、と俺は思った。
国には軍や騎士団や憲兵がある。
王宮魔法使いの部隊もあるだろうし、暗部みたいなのも存在している。
個人で太刀打ちするのは無理だろうし、数名程度のパーティで立ち向かうには強大過ぎる。
まさにラスボスって感じである。
「それで聖女は?」と俺。
「聖女も逮捕されたけど、神殿に引き渡されちゃったの。神殿は国より魔物との共闘には賛成しないでしょうから、聖女は乱心したとか惑わされたとかで、拷問を受ける可能性が高いのよ」
「ほう! 拷問か! 面白そうであるな! わたくしもいつか、無辜の民を理不尽な理由で拷問して遊んでみたいぞ! いや、むしろ神殿に所属している聖なる連中が泣きながら命乞いを……いや、殺してくださいと懇願するまで痛めつけてみたい!!」
「な、何か神殿に恨みでもあるの……?」
魔法使いが引きつった表情で俺を見た。
なぜ俺を見る?
って、そうか、俺はエレノアの父親という設定だった。
「聖なるもの、神に属するというだけで罪だ!」
エレノアが実にヴァンパイアらしいことを言った。
まぁ、俺たちは聖とか神とかと真逆の存在だからなぁ。
根が邪悪で、夜が大好きで、闇に所属しているのだ。
俺みたいに人畜無害のヴァンパイアは本当に珍しい。
「そんな魔族みたいな……って、魔族なの!?」
「今更か貴様! アルト様は魔王軍四天王だぞ! しかも最強の!」
「そ、そうだったわね……」
「わたくしたちのこの高貴な姿を見ろ! どう見ても魔に属する者であろう!」
お前、今、作業着だぞ……。
麦わら帽子被ってんだぞ?
「……あるわよね、魔族に憧れる時期」
魔法使いが遠い目で言った。
どうやら経験があるようだ。
「貴様、信じてないな! わたくしたちは……」
「はいはい、そうね。魔族よね」魔法使いは生温かい目でエレノアを見た。「でも魔族は聖なる魔法を使えないのよ? 大聖者様が四天王だとしても、魔族ではない。でしょ?」
「アルト様は特別なのだ!」
いや、練習したらお前も使えるようになるって。
しかし魔法使いの中では、聖なる魔法を使った俺は魔族じゃない=その娘のエレノアも魔族じゃない、という理論が成り立っているようだ。
間違いだらけで訂正するのが面倒なので、俺は話の軌道を修正。
「話を戻そう。みんな捕まったのに、お前はどうして無事なんだ?」
「わたしはこれでも七大魔法使いの末席にして、次席の弟子なのよ?」
「へぇ。そりゃすげぇ」
確か『七大魔法使い』という称号だか制度だかよく分からないそれは、割と昔から存在していたはず。
単純に、魔法使いの中の上位7名のことで、絶大な影響力を持っている。
始まりはうちの村で魔法の覚えが良かった7人だったはずだ。
魔法を教えた俺も鼻が高かったのを覚えている。
「それがどうしたのだ?」
エレノアがキョトンとして言った。
コホン、と魔法使いが咳払い。
「隙を突いて逃げるぐらいは、できるって意味よ」
まぁできるだろうな、と思った。
しかし魔法使いは20歳前後に見えるのだが、もしかして魔法で若返っているのだろうか?
もし本当に20歳前後で七大魔法使いに入れたのなら、才能の塊ってやつだ。
「よし、事情は分かったから、俺はニナを呼んで来てやる。縁側で休んでろ」
言って、俺は空を飛んでニナの家へと向かった。
◇
「ところでエレノアちゃん」魔法使いが言う。「どうして父親のことをアルト様って呼ぶのかしら?」
エレノアは縁側に座って、畑を見ていた。
魔法使いはエレノアの右隣に座って、空を見ている。
(しまったっ! わたくしとしたことが! 父娘設定を忘れていたっ!)
内心、アルトに怒られるかもと少し焦るエレノアであった。
「……お父様、と呼ぶのと大差あるまい……」
「そうよねぇ、あるわよねぇ、親を名前で呼びたい時期」
うんうんと魔法使いが頷いた。
「なんなら、実は今の親は偽物で、本物の親は魔王だと思いたい時期とかあるわよねぇ」
「!?」
ロザンナが自分の親だった場合を想像して、エレノアは吐きそうになった。
怖い。
あまりにも怖すぎるっ!
ニナは頭がおかしくて怖いが、ロザンナは純粋に怖い。
ちょっとでも刃向かったら半殺しにされそうな気さえする。
たとえ、実の子供だとしても。
「わたくしは、そんなこと、思ったこともない!」
「そう?」
「わたくしはリアルの魔王を知っているんだぞ!? 貴様だって会ったじゃないか!」
「そっか、そうよね。リアル知り合いはちょっとねぇ……。じゃあ親の設定はどうしてるの?」
「設定? わたくしの親は普通にヴァンパイアだぞ? アルト様も当然そうだし」
もちろん実の両親もヴァンパイアである。
しかも父はキングだ。
「なるほど!」魔法使いが手を叩いた。「すでに滅亡した種族! ロマンよね! そっかそっか」
「……滅亡してないが……いや、まぁ、ほとんど絶滅寸前ではあるが……」
繁栄はしていないし、あまり強く主張できないエレノアである。
「……大聖者様もその設定に合わせてあげてるのね……」
「ん?」
魔法使いの声が小さくて、よく聞こえなかった。
「いいお父様よね、大聖者様」
「ああ。そうだな……」
エレノアは少し複雑な気分に陥った。
アルトは父ではなく、未来の結婚相手で新たなる始祖なのだ。
◇
ニナの家を訪ねると、ニナの弟が出て来た。
「領主様! どうしたんです? 献血しましょうか?」
ニコニコと微笑みながら、ニナの弟――リク・ライネンが言った。
リクは15歳の少年で、顔が可愛い。
髪の毛も女の子のショートカットぐらいの長さなので、パッと見ると女子と間違うこともある。
髪の色はニナと同じ赤。
「ニナいるか?」
「姉貴なら普通に寝てますよ。起こしましょうか?」
「頼む。割と急用だ」
俺が言うと、リクが急いでニナの部屋へと向かった。
俺は玄関でボーっと待った。
「ほら姉貴、早くしろって!」
リクに背中を押されながら、ニナが歩いてくる。
ニナは何度か目を擦ってから、「どうしたの?」と聞いた。
「魔法使いが、ニナの仲間の魔法使いが、ちょっと面倒なことに巻き込まれてるみたいなんだ」
「ポンちゃんが?」
誰だよポンちゃんって。
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