25話 俺はエレノアを育てる


「そういえば魔王がさ」


 俺が言うと、みんな食事の手を止めて俺に視線を移した。

 そんな真剣な話じゃなくて、雑談なんだが。

 できれば食いながら聞いて欲しいが、まぁいい。


「な、何?」


 ロザンナが戸惑った様子で言った。

 まぁ俺が突然、魔王の話を振ったら驚きもするか。


「俺のトマトを勝手に食ったんだぜ?」

「ダメだった!?」


 ロザンナが自分のトマトに視線を送る。

 すでにロザンナはトマトにフォークを刺しており、あとは口に運ぶだけという状況。


「いや食っていいぞ。美味いから」

「あ、ありがとうアルト。今度からトマトを食べる時は声をかけるね?」

「いや、なんでだよ? 好きに食えよ」


 ロザンナは何を勘違いしているのだろうか。

 今もずっとロザンナは戸惑った様子である。


「……なるほど。今のはアルト様流のジョークですね!」エレノアが言う。「場を和ませようと!」


 ただの雑談のつもりだったのだが、俺は頷いた。

 会話って難しいなぁ、なんて思いながら。

 畑に出たら魔王がいて、俺の育てたトマトを勝手に毟って食べてたから驚いた、と全部説明すれば良かったのか?

 それからは特に問題もなく朝食会が進み、思った通りドラゴンシチューは絶品だった。

 みんな1回はおかわりしたので、大量に作った甲斐がある。


「それじゃあ、ぼくたちはそろそろ魔王城に帰るけど」


 食後のコーヒータイムも終わり、のんびりしていた時にロザンナが言った。

 その言葉で、アスタロトが立ち上がる。

 ビビは座ったままだったが、ロザンナが視線を送ると立ち上がった。


「アルトはどうする?」

「ん? 俺が選んでいいのか?」


「もちろん!」とロザンナ。


「じゃあ、俺は家にいる」


 ケイオスと戦う気もないし、四天王だって辞めるつもりなのだから、自ら進んで魔王城に行く理由が特にない。

 行かなくていいなら、俺は行かない。


「そっか、分かった。またその時(ケイオスとの決戦の日)がきたら連絡するね?」

「おう。楽しみにしてるぞ」


 ケイオスを倒したらまた遊びに来い。

 俺はそれまでの間、エレノアに野菜作りを仕込む。

 あと戦闘能力も上げてやらないと、野菜係とはいえ、一応は四天王候補だしな。


「楽しみって……」ビビが苦笑い。「さっすがは新たなる始祖にして万年を生きるヴァンパイア」


「それじゃあ、またねアルト」


 ロザンナが【ゲート】を使用し、ビビとアスタロトを連れて魔王城へと帰還した。


「あたしも家に帰ろうっと!」


 コーヒーを飲んでいたニナが、スッと立ち上がった。


「おう。しばらく家族と過ごしたら、ちゃんと仲間のところにも戻ってやれよ?」


 ニナは家に帰ったらそのままグータラしそうな気がしたので、一応。

 ケイオスとの決戦に勇者がいないとか、笑い話にもならない。


「はーい!」


 バイバイ、と手を振ってニナがダイニングルームを出た。

 そのまま歩いて自宅に戻るのだろう。

 近いしな。


「さて、わたくしも旅団の様子を見に……」

「待てエレノア」


 立ち上がったエレノアの肩をグッと掴む俺。


「な、なんでしょうアルト様」

「お前はちょっと俺と畑に出るぞ」

「特訓ですか!? 嬉しいですが、手加減してください! わたくしはアルト様と違ってひ弱なのです!」


 エレノアが怯えた様子で言った。

 農作業するだけだっつーの!



 俺は村に出て、子供用の作業着が余ってないか村人に聞いて回った。

 そうすると、三軒目で一着譲ってもらえた。

 俺は畑で取れた野菜を代わりに渡した。

 住民の女性は笑顔で「ついでに献血しましょうか?」と言ってくれたので、少し吸わせて貰う。

 うめぇぇぇぇ!!

 食後の血液はやっぱ最高だなぁぁぁ!

 テンション上がってきたぁぁぁ!!


「アルト様、気持ちいいですぅ……」


 住民がトロン顔になってきたので、俺は吸うのを止めて礼を言った。

 これ以上、血を吸うと眷属になってしまう。

 屋敷に戻ると、エレノアが安楽椅子で寝ていた。

 まぁ安楽椅子って気持ちいいしな。

 俺はエレノアをそのまま寝かせておいて、さっき譲ってもらった子供用の作業着を補修することに。

 趣味で裁縫をしていた時期があるので、割と得意なのだ。

 ソファに座ってチクチクと針を刺し、修繕していく。

 俺がチクチクと針を刺し、時計の針はチクタクと進む。


「よし、完璧!」


 俺は作業服を広げて言った。

 その声で、エレノアが目を覚ます。


「ふぁ……アルトしゃま……わた、わたくしは寝ていません!」

「涎」


 俺は作業着を持ったままエレノアの口元の涎を指摘。

 エレノアが慌ててローブの袖で口を拭った。


「よし、起きたならこれに着替えろ」


 俺は立ち上がり、エレノアに作業着を渡す。

 エレノアは作業着を見て、少し嫌そうな表情を浮かべた。


「着ろ」

「はいアルト様!」


 エレノアはローブを脱いで、その下の服も脱いで、下着姿に。


「お前、子供っつっても、そろそろ着替えは人のいないところで、した方がいいんじゃねぇか?」


 エレノアは子供だが、小さい子供ってわけじゃない。


「はっ! ウッカリしていました!」


 エレノアは急に照れて、自分の身体を抱いてウネウネとミミズみたいな動きをした。


「着替えたら畑に来い。俺も着替えて行く」


 大人の俺が部屋を出てやる。

 俺は気配りのできるヴァンパイア。

 とりあえず自分の部屋で作業着に着替えて、畑に出る。

 そうすると、すでにエレノアが待っていた。

 エレノアは作業着の上からローブを着て、フードを被っている。

 ああ、日差しがな。


「ローブは脱いで、これかぶれ」


 俺は麦わら帽子をエレノアに渡した。

 ちなみに俺も麦わら帽子を被っている。

 頭と帽子の間にタオルを挟んでいて、タオルが俺の顔の左右から垂れて日除けの代わりをこなしている。


「ローブを脱いだら……ヤケドしそうですが……」

「……修行だ、脱げ」

「ひぃぃ!」


 俺は神業のような速度でエレノアのフードを取り、広げたタオルをエレノアの頭に乗せ、そして麦わら帽子を被せた。

 それからローブを脱がせ、空中で浮かせる。

 浮かせたローブを魔力で畳み、そのままフワフワと縁側まで移動させた。

 まぁ普通の浮遊魔法だ。


「よし、じゃあここから――」俺は移動しながら言う。「――ここまでがエレノアの畑な?」


「はい? わたくしの畑、ですか?」


 エレノアがキョトンとして、俺は強く頷いた。


「耕して、種を植えて、野菜を作る。それを何度か繰り返し、更に戦闘能力もある程度上がったら、お前に四天王の座を譲ろうと思う」


「なんですと!?」エレノアが驚愕して言う。「ということは、ついにアルト様が魔王になると!? うぉぉぉぉ! ヴァンパイアの万年王国が見えてきたぞ!!」


「うむ。だから頑張って野菜を育てるのだエレノアよ」


 魔王になる気はないけど、エレノアのモチベが上がっているのでスルー。


「はいアルト様! って、なぜ野菜!? 一体、何の特訓なのですか!?」

「お前がそれを知るには、まだ少し早い」


 俺はテキトーぶっこいで誤魔化した。

 急に冷静な質問するなよ。


「なるほど、わたくし程度には理解できない、深淵の智謀があると……」


 ねぇよ。

 と、いきなり家の中で【ゲート】の魔力を感じた。

 誰かが俺の家に飛んで来たってことだ。

 マジかよ、また面倒ごとなのでは……。


「アルト様、何者かが現れたようですが……」


 エレノアが家の方を見ながら言った。


「大聖者様ぁぁぁぁ!! お助けをぉぉぉぉ!!」


 半泣きの声が家の中から響き渡る。


「魔法使いの声だな」と俺。

「そのようですね」とエレノア。


「俺は外だ! 裏庭の方な!」


 俺が叫ぶと、凄い勢いで魔法使いが出て来た。


「うわぁぁぁん! 助けてください大聖者様ぁぁぁぁ!!」

「あ、ニナなら自宅だぞ?」


 なんで俺がお前を助けなきゃ、いけねぇんだよ。

 魔法使いが俺に飛び付く。


「貴様! アルト様に抱き付くとはどういう了見だ! ぶち殺すぞ!?」


 エレノアが怒って言った。

 しかし魔法使いはエレノアをスルーし、潤んだ瞳で真っ直ぐ俺を見詰めている。


「魔王軍に媚を売った裏切り者として、騎士が捕まったのぉぉぉ! 武闘家は抵抗して国家反逆罪だし、聖女は神殿に監禁されて、たぶん拷問されるぅぅぅ!!」


 想像以上に大変なことになっているようだ。

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