24話 尾を引くほどの咆哮


「お、お前、小僧……ドラゴンを食うのか?」


 オッサンは怪物でも見るように俺を見た。


「ああ。意外と美味いんだぜ?」


 俺が言うと、オッサンは何度か深呼吸し、キッと俺を睨み付ける。


「お前、悪魔か何かか?」

「いや、俺はヴァンパイアだ。前にも言っただろ?」

「そうだが、いや、ヴァンパイアってドラゴンも食うのか? 血を飲むだけじゃないのか?」

「血だけでも生きていけるけど、まぁ食事は娯楽だな」

「娯楽!?」


 オッサンは驚いた風にビクッとした。

 なぜオッサンはこんなにも驚愕しているのだろうか、と俺は考えた。

 そしてすぐに答えに辿り着く。

 そうか、このオッサン、ベジタリアンだった!

 こいつは俺の失敗だな、と反省。


「いや、悪かったオッサン。オッサンは肉は食わないんだよな?」

「ああ、そうだが、そうでなくても、ドラゴンを食うのはちょっと……どうかと思うぞ」

「まぁ珍しい食材だけど、別に問題なくね?」

「!?」


 俺が言うと、オッサンは天を仰いで何か小声で呟いた。


「……俺様が封印されている間に……ドラゴンの地位は食材にまで……堕ちたというのか……」

「なんだって?」


 小声すぎて全然聞こえなかったので、俺は聞き返した。


「おい小僧、この世界は間違っていると思わないか?」

「え?」


 いきなり何を言い出すのだ、このオッサンは。

 世界のことなんて、俺にはどうでもいいのだが。


「我が軍(ドラゴンの)はやはりこの世界を破滅させようと思う。まぁ俺様は元々破壊と混沌が大好きだが、今、決意を新たにした」

「おいおい、急に何を……って、待て、我が軍?」

「うむ。小僧、貴様は野菜を作っている限り、生かしておいてやろう」


 オッサンが突如、威厳たっぷりに言った。

 俺はちょっとヤバいかもしれないと思った。

 軍を持っている奴なんて限られている。

 魔王軍四天王か、あるいはエレノアみたいな立ち位置の奴か、そうでなければ……。

 このオッサン、もしかして魔王なんじゃ?

 オッサンは種族不明だけど、長年生きているのは間違いない。

 我が軍ってつまり、魔王軍だよな?

 だがまだ確信はない。


「オッサン、ちょっと質問なんだが、オッサンって最近まで眠ってたんだよな?」

「おう。まだ本調子ではないが、小僧のトマトのおかげで8割程度まで回復した」


 ぎゃぁぁぁぁぁ!!

 やっぱりこのオッサン、魔王だぁぁ!

 アスタロトが魔王は寝てるけどそろそろ目覚める的なこと、言ってたもんな!

 俺の知らない俺の武勇伝の1つが、俺の中で繋がった。

 俺がかつて瀕死の魔王を助けたというのは、つまり魔王のオッサンを空腹から救ったという意味だったのだ!

 そうか、あの時のオッサンは空腹で死にかけていたのか!

 いや待て俺、落ち着け。

 200年前って言ってなかったか?

 オッサンと会ったのはもっとずっと前の話だ。

 あと一緒に戦ったとかも言ってたが、オッサンと一緒に戦った覚えはない。

 噂に尾ひれが付いた、ということか?


「どうした小僧、何を悩んでいる? まさか俺様と敵対しよう、ってんじゃないだろうな?」

「いやいやまさか」


 俺はヘラヘラと笑う。

 オッサンが魔王なら、逆らうのは得策じゃない。


「ところでオッサン……これからもオッサンって呼んでも大丈夫か?」

「ああ? もちろんだ小僧。今更、名前で呼ばれても気色悪い」


 そうか、良かった、と思った時、俺は気付いてしまった。

 俺は、オッサンの名前を知らない。

 俺の方は名乗った覚えがあるので、オッサンは俺の名前を知っているはずだ。

 まぁ、いいか。

 それよりもっと大事なことがある。


「オッサンさぁ、俺と一緒に戦ったことあるか?」

「おう。あるだろう」


 あるのかぁぁぁぁ!

 俺が忘れているだけで、一緒に戦ったことがあったぁぁぁ!!


「かつて、小僧の野菜が俺様に力を与えた。であれば、それはもはや共に戦ったと言っても過言ではなかろう?」


 戦ってねぇじゃぁぁん!!

 どう考えても過言だろうがよぉぉ!

 過言の見本かよってレベルで過言だろうがよぉぉ!

 俺は激しく突っ込みを入れたかったが、相手はほぼ魔王確定なので、我慢した。


 俺の野菜を食っただけなのに、このオッサンがテキトーに部下に「ん? ヴァンパイアのアルト? おう一緒に戦ったぞぉ!」とか言ったわけか。

 そして気付いたら四天王ってか。

 俺は溜息を吐きたくなったが、それも我慢。


「それって200年前だっけ?」

「あん? おい小僧、もうボケたのか? もっと前の話だろうが!」

「だよなぁ。うん、スッキリした」


 200年前ってのは、単なる事実誤認だな。


「よし、では小僧に『四天王・野菜小僧』の異名を与える。これからも励め!」


 ガッハッハ、と豪快に笑ってから、オッサンはトマトを一個毟って飛び去った。

 嵐のようなオッサンだな。


「つーか、なんだよ四天王・野菜小僧って……」


 俺の表情はきっと引きつっている。

 だがそこで、俺は1つの結論に辿り着いた。


「要するに魔王のオッサン、元から俺の戦力とか気にせず、ただ野菜係として四天王にしたってことか?」


 つまりエレノアに四天王を引き継ぐためには、野菜作りを教える必要があると!?

 クソッ、面倒なことが増えた。



 我が家のダイニングルームに集まった面々はどこか陰鬱な感じだった。

 特にビビは俯いて溜息を吐いたりしている。

 全員が席に着き、俺はドラゴンシチューを配膳し、トマトだって切り分けて配った。


「どうしたビビ?」


 俺は自分の席に座りながら言った。


「明け方のほら……咆哮がさぁ……怖くって」


 えへへ、とビビが引きつった笑みを浮かべた。

 咆哮?

 狼でも吠えたのか?

 妖精女王にして四天王のくせに、狼が怖いのか?

 だったら人狼のジョージどうすんだよ、って話だから違うか。


「まさか、あれほどとは」


 アスタロトが首を左右に小さく振った。

 みんな何の話をしているのだろう?

 この辺りじゃ、狼やら何やらの遠吠えなんて珍しくもない。

 そもそも、魔物でもない普通の狼程度なら、村の子供たちで叩き殺せるだろう。

 村人にとって脅威となるフェンリルたちは追い払ったし、魔王軍がビビるような存在は近くにいないはずだが。

 もっと詳しく聞いてみるか。

 俺がそう思った時、先にニナが質問した。


「咆哮って?」


 その言葉に、他の面々が驚愕の表情でニナを見詰めた。

 ちなみに他の面々というのは、エレノア、ロザンナ、ビビ、アスタロトの4人。


「えっと……?」とニナが首を傾げる。


「き、貴様もしかして」エレノアが震える手でニナを指さす。「あの咆哮で目覚めなかったのか?」


 え?

 そんなに大きな咆哮があったのか?

 俺はグッスリ眠ってたんだが。

 言わない方が良さそうなので、俺は流れを見守ることに。


「当代の勇者は……」ロザンナが言う。「鈍いの?」


「あたしはいつでも、どこでも熟睡するタイプ!」


 ニナが胸を張って言った。


「そうだとしても」アスタロトが苦笑い。「アレで起きないとは、神経が図太いのか、それだけ自分の実力に自信があるのか……」


「あのさぁ」ニナが言う。「たかが狼の遠吠えぐらいでビビるなんて、魔王軍って大したことないんだね」


「狼の遠吠え!? 貴様は一体、何を言っているんだ!?」


 エレノアが勢い余って席を立つ。

 隣に座っている俺が、ソッとエレノアの裾を引っ張る。

 そうすると、エレノアが少し照れた風に座り直した。


「それにしても、さすがはアルト様。冷静ですね!」


 エレノアがキラキラした眼差しで俺を見ている。

 どうしよう、俺もガッツリ寝てたから咆哮とか知らないのだが。


「ふ、あの程度の咆哮なら経験済みだからな」


 俺は話を合わせた。

 狼の咆哮ではなさそうだが、この村に住んでいたら色々な魔物や動物の咆哮を聞く機会がある。

 だから俺も聞いたことあるだろう、と思ってテキトーに言った。

 まぁ、もしも本当に脅威が迫っているなら、村人の誰かが報告に来るだろう。


「さすがアルト!」とロザンナが手を叩いた。


「よっ! 長生きヴァンパイア! 我が軍の希望の星! いや、暗黒の闇! 絶望の夜!」


 ビビも手を叩いて言った。


「ふむ。さすがはアルト殿でありますねぇ」


 ウンウン、とアスタロトが頷く。


「ま、まぁとにかく朝食にしようぜ? な?」


 俺はテキトーぶっこいた罪悪感で、話題を強引に変更した。

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