23話 ケイオッサン
とある大陸、世界最大の火山の麓。
そこにドラゴンたちが集まっていた。
「レッドドラゴンのビールズがやられたようです竜王様」
グリーンドラゴンが神妙な雰囲気で言った。
「ビールズ? 知らんな。誰にやられた?」
心の芯まで震えるような、悍ましい声で竜王が言った。
竜王は金色のドラゴンで、五千年以上の長きに渡って生きている。
現在、竜王は他の竜たちより少し高い位置で寝そべっている。
他の竜たちを見下ろせる位置。
グリーンドラゴンは竜王の秘書を自称しているので、すぐ近くにいる。
「当代の勇者です竜王様」
「で、あるならば、当代の勇者は強いのか?」
「いいえ!」話に割って入ったのはレッドドラゴンだ。「奴は赤竜族の面汚し! なんでも、千年ほど前にヴァンパイアに蹴られて、最近まで巣で療養していたようなカスでございます竜王様!」
「ふむ……」竜王が言う。「で、あるならば勇者は問題ではない……か」
「もちろんです竜王様!」レッドドラゴンが言う。「そもそも、ケイオス様が本調子に戻りさえすれば、何者も我らドラゴンに逆らうことは、できないでしょう!」
ケイオスはドラゴンたちから、神のように崇められている。
ケイオスは破壊と混沌を好む凶悪なドラゴンだが、同種には少し優しい。
あくまで少しだ。
問答無用で片っ端から引き裂くか、ムカつく奴だけ引き裂くかの違いである。
要するに、ドラゴンに限れば、ケイオスの機嫌さえ損ねなければ生き残れるのだ。
「で、あるな」
くっくっく、と竜王が笑う。
次の瞬間、溶岩に浸かって身体を温めていたケイオスが火口から飛び立った。
突然変異で生まれた闇色のドラゴン。
ケイオスが火口の上で咆哮。
その咆哮は千里に響く。
大地が揺れ、ヒビ割れる。
木々がしなり、弱い枝が折れ、木の葉が舞った。
動物は失禁し気絶。
同種のドラゴンたちですら、その凄まじい声量に震えた。
ケイオスがゆっくりと竜王の近くへと降下。
そして集まったドラゴンたちを一瞥したが、あまり興味は湧かなかった。
「俺様は野菜を食いに行ってくる」
ケイオスは厳かな声で竜王に告げた。
「や、野菜でありますか?」と竜王。
竜王は現在、唯一、ケイオスの戦闘を間近で見たことがある。
魔人竜戦争の時、竜王はまだ幼竜だったが、ケイオスの恐ろしさは目に焼き付いている。
「身体も温まったし、次は美味い野菜を食って、力を戻す」
言って、ケイオスは人間に変身した。
長い黒髪の、マッチョなアラフォー男性といった見た目。
見るからに好戦的という顔立ちで、見る者によっては恐ろしさを感じる。
ちなみに半裸である。
上半身が裸で、下半身には一応、ボロボロの道着のようなズボンを穿いている。
「人里に行く、と?」
「いい野菜を作ってる小僧がいるんだ。まだ生きてるといいんだが……」
ケイオスは恐ろしい見た目をしているが、ベジタリアンである。
ムキムキだが、野菜しか食べない。
ちなみに、ドラゴンは食べた物を分解して魔力にするので、人間のように特定の栄養素が必要なわけではない。
魔力さえあれば身体を維持できるのだ。
よって、何を食べてもいいので、ドラゴンたちの食には個性が出る。
「分かりましたケイオス様。余は第二次魔人竜戦争に備えておきましょう」
竜王が言うと、ケイオスがニヤッと笑った。
◇
エレノアは部屋の隅っこで、毛布を被ったままガタガタと震えていた。
「今の咆哮……怖すぎる……」
心の中に眠っている恐怖を呼び起こすような、そんな咆哮が聞こえ、エレノアは飛び起きた。
そして今に至る。
ここはアルトの屋敷の客間。
話し合いが終わったあと、エレノアはアルトの家に泊まることにした。
勇者パーティはニナを除いて、元いた街にアルトが【ゲート】で戻した。
ニナは残ったが、今どこにいるのかエレノアは知らない。
そして、アスタロトとビビもアルトの屋敷のどこかに泊まっているはず。
なぜなら、アルトのドラゴンシチューが食べたいから。
「エレノア、こっちに来なさい」
長いソファで眠っていたロザンナが身体を起こし、エレノアを呼ぶ。
エレノアはおっかなビックリ、ロザンナの方に歩いた。
ロザンナがグッとエレノアは引っ張り、エレノアはロザンナごとソファに倒れ込む。
何がなんだか分からないエレノアは、一瞬だが死を覚悟した。
無様な姿を見せたから殺されるのだろうか?
「あの声はたぶんケイオスだよ」
ロザンナは優しくエレノアを抱き、背中を撫でてくれた。
その状況が、エレノアには理解できなかった。
(魔王ロザンナが、わたくしを慰めている? なぜ?)
アルトがエレノアとロザンナを同じ部屋にした時、エレノアは泣きそうになった。
なぜわたくしが恐ろしい魔王と同室で寝なければいけないのか。
まだクソビッチ妖精女王の方がマシである。
「さすがのぼくも、ちょっと怖い……」
「!?」
ロザンナが苦笑いして、エレノアは心から驚いた。
魔王ロザンナですら怖がるなんて、ケイオスって本当にとんでもないな、とエレノアは少し冷静になった。
(魔王ですら怖いのだから、わたくしが怖がるのは当然! 何も問題ない! 朝ご飯まだかな!)
恐怖が鳴りを潜めたわけではないが、もう震えるほどではなかった。
すでに夜は明けていて、窓から朝日が差し込んでいる。
(それにしてもロザンナ、胸がないな。ふん。これはもう絶望的と言ってもいいだろう。であるならば将来、わたくしが勝つのでは?)
「エレノア今、何考えたぁ?」
「!?」
◇
いやぁ、いい朝だなぁ。
俺は背伸びしてから、顔を洗って歯を磨く。
一度も目覚めることなく、グッスリと眠れたので気分がいい。
軽く身体を捻ったりしたのち、パジャマから普段着に着替える。
「よし、朝食に出すトマトでも収穫してくるかぁ」
俺は藤で編んだ籠を持って、裏庭に出た。
そこは畑になっていて、色々な野菜を栽培している。
奥には小さな果樹園もある。
「あー、やっぱ自宅だよなぁ」
俺は上機嫌で、ウッカリ鼻歌まで歌った。
そしてトマトが植えてある辺りに視線を向け、俺は絶句した。
不審者が俺のトマトを食っているのだ。
長いボサボサの黒髪で、マッチョな後ろ姿。
「てめぇ! 勝手に俺のトマト食ってんじゃねぇぞ!!」
さすがの俺も怒ったね。
平和主義だからって、勝手に野菜畑を荒らされたらキレる。
俺は一歩で不審者の真後ろまで移動。
不審者が振り返る。
どっかで見たことある顔だな、と俺は思った。
「おぉ! 小僧! 久しぶりだな!」
不審者が言った。
見た目の年齢は30代後半って感じか。
村の人間ではない。
村人の顔は全員覚えている。
「……お前、野菜好きのオッサンか?」
「おうよ! 久々に小僧の野菜が食いたくなってな!」
「そうかそうか、久しぶりだなオッサン……って! 違う! そうじゃない!」
俺はオッサンの頭をチョップした。
オッサンが大袈裟に痛がって、しゃがみ込んだ。
「普通に訪問しろオッサン! いきなりトマト毟ってんじゃねぇ! 玄関から入れ玄関から!」
まったく常識のないオッサンだな。
そういえば前からそうだった気がする。
昔のことだから、若干曖昧だけど。
「クソ、小僧、もっと加減しろや……」オッサンが涙目で俺を睨みながら立ち上がった。「この世界で俺様に手刀を落とせるのは、小僧だけだろうぜ」
「そうかよ。それでトマト何個食ったんだ?」
「まだ一個だ小僧。俺様は来たばかりだからな」
「そりゃ良かった。朝食にトマト出すから、オッサンも食って行くか?」
普通に訪問してくれたら、最初から朝食に誘ったぞ俺は。
本当にオッサンと会うのは久しぶりなのだ。
「お? 主食の野菜は何だ?」
オッサンが目を輝かせて言った。
「主食は野菜じゃなくて、ドラゴンのシチューだぞ」
「ドラゴンの!?」
オッサンが目をひん剥いて大袈裟に驚き、リアルに飛び上がった。
まぁドラゴンって珍しいからな。
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