22話 勇者も魔王も死んで欲しいエレノア
「ところでお前たち」ロザンナが椅子を引きながら言う。「なぜアルトを大聖者と呼ぶのか説明して」
椅子に腰を下ろしたロザンナは、勇者パーティの面々を順番に見た。
なんかこじれそうだな、と俺は思った。
「彼がそう呼ぶに相応しい人物だからです」聖女が淡々と言った。「【全体完全ヒール】は見事でした」
「聖属性魔法?」
ロザンナが不思議そうに俺を見た。
「練習したんだよ、昔にな」
俺が肩を竦めると、近くにいたエレノアがビクッと身を竦めた。
なんでビビってんだよ、お前に使ったりしねぇよ。
「なるほど。まぁ確かにアルトは性格もいいし、優しいし」ロザンナが照れた風に言う。「ぼくのことも助けてくれたし、強いし、カッコいいし、大聖者と呼びたくなる気持ちもまぁ分かるかな」
褒め殺されそうな俺は、苦笑いしながらカーペットに視線を落とした。
「魔王軍の幹部が、なぜ大聖者様を慕っているのでしょう?」と聖女。
「はん。慕うも何も……もちろん慕ってるよぼくは。でも、アルトはそもそも魔王軍四天王だけど?」
ロザンナの言葉で、勇者パーティが驚愕の表情を浮かべた。
ニナに至っては「ええええぇぇ!?」と声を上げた。
「ちょっと、勇者と個人的に話したいんだが?」と俺。
この問題は後回しにできないようだ。
そうだよなぁ、ロザンナとアスタロトが来た時点で、俺の役職もバレるよなぁ。
「あたしも魔王軍に入る!」とニナ。
「な、なんてことを言うんだ勇者!」
騎士が怒ってニナの両肩を掴んで、ニナを前後に振った。
「勇者と個人的に……」
スルーされたので、俺はもう1回同じ台詞を言おうとしたのだが。
「いーやーだー! あたしも魔王軍がいーい!」
「勇者が魔王軍に入ったら、誰が魔王を倒すのよ!?」
魔法使いが杖でニナを殴ろうとして、ニナが騎士を盾にする。
騎士の頭に魔法使いの杖が命中。
「痛ぇよおい、なんで俺を殴った?」
「違う、勇者の目を醒まそうとしたのよ、わたし!」
なんだか騒がしくなってきたな、と俺が思った時、ロザンナが手を叩いた。
食堂でやったアレだ。
ロザンナの魔力が広間に広がり、全員が動きを止めた。
「アルトが勇者と話したいんだって」
おお、ロザンナ、お前本当に良い子だな。
俺は咳払いして、ニナを手招き。
ニナがフラフラと俺の方に寄ってくる。
「お前らは話し合いを始めててくれ」
俺はそう言い残し、ニナを連れて広間を出た。
◇
アルトが広間を出てすぐ、アスタロトがミニドラゴンを呼んで椅子にした。
アスタロトが座ったのはロザンナの右隣。
ビビがロザンナの左隣に腰を下ろす。
エレノアは「わたくしもアルト様に付いて行けば良かった」と思いつつ、ビビの横に座るかアスタロトの横に座るか悩んだ。
どっちも嫌だ。
エレノアが「うーん」と唸っていると、勇者パーティがロザンナたちの対面に座り始めた。
ロザンナの前に聖女、ビビの前に魔法使い、アスタロトの前に武闘家。
騎士は立ったままエレノアを見ている。
エレノアが座ったらその対面に座ろうと考えているのだ。
「エレノア」ロザンナが冷たい声で言う。「早く座りなさい」
「は、はい魔王様!」
エレノアは半泣きでビビの隣に座った。
その様子を見てから、騎士がエレノアの前に腰を下ろす。
「……魔王?」
聖女の表情が引きつった。
「あ、言ってなかったっけ?」ロザンナが聖女を見る。「ぼくが当代の魔王、ロザンナだよ」
勇者パーティに戦慄が走る。
「ヤベぇ女の子がいるって思ったんだよなぁ、オレは」
武闘家が冷や汗を流しつつ言った。
「俺だって気付いてたさ。大聖者殿の実力はよく分からないが、この女の子はとんでもなくヤバいって」
騎士の声が少し震えた。
「勇者……早く帰ってきて」
魔法使いが祈るように言った。
(アルト様の実力がよく分からないだと!?)エレノアは心の中で悪態を吐く。(おのれクソ雑魚騎士めが! 貴様の目が節穴だからアルト様の素晴らしい実力が理解できぬのだ! ファック! 死んでしまえ! できればロザンナと殺し合って両方死んでくれると、わたくしは嬉しい! あ、ついでに勇者も!)
「エレノア今、何考えてるぅ?」とロザンナ。
「アルト様のシチュー楽しみだなぁ! と考えておりました魔王様」
ヘラヘラとエレノアが言った。
強者には媚びる。
エレノアは弱者に強く、そして強者には弱いのだ。
「ふぅん? なんだか殺意を感じたような気がしたんだけど、気のせいだったみたいね」
(何こいつ怖い! 心読めるの!?)
ロザンナが肩を竦め、エレノアが仰天した。
「まぁとにかく」聖女が言う。「話をしましょう。今はケイオスのことが何より大切なことですから」
その言葉で、場の雰囲気が一気に引き締まった。
(アルト様のシチュー、本当に楽しみだ)
エレノアだけは違うことを考えていたけれど。
◇
「なんでガラス戸が割れてるの?」
ニナが不思議そうに言った。
ここは俺の屋敷のリビング。
「郵便配達が大好きな暗黒鳥が突っ込んできたんだ」
「そ、そうなんだ。サイモンさんに言って、直してもらわないとね」
「だな。明日の朝、シチュー食ってから行ってくる」
サイモンはこの村の大工で、家関連のことはだいたい彼に言えばオッケーだ。
まぁ、俺は暇つぶしに大工をしていた時期があるので、自分でも直せるけれど。
「あー、この安楽椅子、久しぶりだぁ!」
ニナが俺の安楽椅子に座って、ユラユラと揺れる。
俺は1人用のソファに腰を下ろした。
「なぁニナ」
「結婚する!?」
「いや、違う、そうじゃねぇよ。魔王軍四天王の話」
「なんでアルトが四天王なの?」
ニナは頬を膨らませて言った。
どうやら、少し怒っているようだ。
まぁ当然か。
ニナは勇者なので、俺が魔王軍だと敵になってしまうのだから。
今は共闘関係でも、いつか。
「アルトなら魔王にならないと!」
「そっち!?」
「当然でしょ!? なんなら魔王になって世界征服しちゃおう!」
「お前それでいいのか!?」
「あたしは全然オッケーだしぃ!」
「お、おう……そうか。エレノアと気が合うんじゃねぇか?」
「ノアちゃんも賛成なんだね?」
「そうだが、俺は魔王にはならないし、なんなら四天王も辞めるからな?」
俺は平和主義者なのだ。
覇道とか歩む奴の気が知れない。
「あ、そうなんだ?」
「ああ。だからニナが魔王軍と本格的に戦うのは、俺が辞めてからにして欲しいんだ」
「うん、全然いいよー!」
ニナがグッと親指を立てた。
うーん、相変わらず軽い。
まぁ今はその軽さに助かっているけれど。
「そもそも四天王になったのも、俺の意思じゃないって言うか、まぁいいか。どうせ辞めるしな」
後任さえ見つければ何の問題もあるまい。
ロザンナが良かったけど、すでに幹部らしいので、その線はスッパリ諦める。
エレノアを鍛えるかぁ。
エレノアはクイーンだし、素質だけなら十分、四天王に値する。
「ちなみに勇者になったのも、あたしの意思じゃなーい」
「そうなのか!?」
「うん。偶然、聖剣が抜けちゃってさぁ、流れで勇者になっちゃった感じ。しかもその聖剣、ライトニングより弱いし」
やれやれ、とニナが両手を小さく広げてから首を振った。
「だから騎士が使ってんのか」
「そう。抜くのは勇者にしか無理だったけど、使うのは誰でも使えるみたい」
「なるほどなぁ」
俺は深く息を吐いた。
「よし、じゃあ俺はシチューの準備をしに行くか」
「あたしも手伝う?」
「いや、広間に戻って話し合いに参加しとけ。一応、勇者だろ? 人間の代表みたいなもんだし、戻った方がいいだろ」
俺は立ち上がり、小さく伸びをした。
ああ、やっぱ我が家は落ち着くなぁ。
このまま残ってもいいだろうか?
どうせ俺、ケイオス戦では役に立たないだろうし。
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