21話 アルトの家には宝がいっぱい


 俺たちは食堂に戻って、残りの料理を平らげた。

 食後のコーヒーを優雅に啜っていると、エレノアが【ゲート】で戻って来た。

 ビビとアスタロトとロザンナも一緒だ。

 勇者パーティが飛び跳ねるように席を立って、それぞれ戦闘の構えをとる。

 ただしニナは座ったままコーヒーを啜っている。


「おい……なんだそのヤバいのは……」


 武闘家が言った。

 視線はロザンナ……いや、隣のアスタロトか。

 まぁアスタロトはかなりヤバい奴だからな。

 というか、ロザンナはなぜ一緒に来たのだろう?

 情報部の所属だから、最新情報を持って来たか、あるいは勇者たちとの話し合いの結果が知りたいのかも。


「ぼくはロザンナ。こっちはアスタロト。うちの参謀だから、詳細は彼が詰める」


 ロザンナは端的に自己紹介して、ついでにアスタロトのことも紹介した。

 アスタロトが一歩、前に出て恭しく礼をする。

 ゴクリ、と武闘家が唾を飲んだ。

 騎士は聖剣の柄に手を置いたまま、真っ直ぐにアスタロトを見ている。


「よ、妖精女王様……」


 半泣きでビビを見る聖女。


「大丈夫だよん」ビビがいつもの喋り方で言ってから、ハッとした表情を浮かべて言い直す。「大丈夫じゃ」


 威厳のあるフリをするのも大変だな、と俺は思った。


「ともかく、この2人は魔王軍の幹部であるぞ」ビビが言う。「失礼のないようにな?」


 その言葉に、ビックリしたのは俺だった。

 ロザンナが幹部?

 マジかよ。

 情報部の部長とかか?

 戦闘能力は低いけど、そっち方面で芽が出たんだなぁ、と俺は嬉しくなって何度か小さく頷いた。

 で、ロザンナは普通に俺の隣に座った。

 逆隣にはエレノアが座って、その隣にビビが座った。


 アスタロトは優雅な動作でロザンナの隣の椅子をどかし、指をパチンと弾いた。

 そうすると、アスタロトがいつも椅子にしている小さなドラゴンが出現。

 アスタロトはそのドラゴンに腰を下ろした。

 その様子を、勇者パーティが真剣な様子で見ている。

 ニナはエレノアに笑顔を向け、小さく手を振った。

 エレノアは「ふん」とそっぽを向く。


「座りなよ」ロザンナが勇者パーティを睨む。「取って食ったりしないからさ」


 勇者パーティがビクッと身を竦めた。


「そうそう。早く座ってよぉ」ニナが言う。「話が進まないじゃーん!」


 ニナの言葉で、やっと勇者パーティは息を吐いた。

 そしてそれぞれが席に座る。

 俺もういらなくね?


「なぁ参謀殿」

「気軽にアスタロトと呼んでくださいアルト殿」

「ああ、じゃあアスタロト殿。俺1回、自宅に帰りたいんだけど、いいか?」

「ほう? それはなぜ?」

「なぜって、いいドラゴンの肉が手に入ったから、シチューを作りたいんだ。今から煮込んでおけば、夕飯にはいい感じのシチューが完成してるはずだ」


「ほほう?」アスタロトがニヤッと笑った。「それは是非、我も食べたいですなぁ」


「ぼくも!」


 ロザンナが勢い余って手を挙げた。


「じゃあ妾も」とビビ。


「ああ、じゃあ、夕飯は俺の家に招待してやるよ」


 このまま流れで帰れそうだな、と思ったので俺は席を立った。


「あ、いいこと思い付いた」ロザンナが手を叩く。「この話し合いの続き、アルトの家でしようよ!」


 え!?

 なんでだよっ!

 俺は固まってしまった。


「いいね!」


 ニナがグッと親指を立てた。

 いいね、じゃねぇよ。

 とはいえ、ニナ的には久々に故郷に帰りたいのかもしれない。


「我らが話を詰めている間に、アルト殿はシチューを作ればいいでしょう」


 うんうんとアスタロトが言った。

 すでに決定事項のようだ。

 まぁ、いいか。

 見られて困る物もないしな。


「分かった。うちの広間で話し合いの続きをすればいいさ」


 俺は右手を小さく挙げ、【ゲート】を発動。

 この場にいる全員を俺の家の広間へと瞬間移動させた。



 とある大陸、とある田舎の村、アルトの屋敷の広間。

 非常に薄暗く、騎士は自分がどこにいるのか把握できなかった。

 天井を見上げると天窓があって、星が見えた。


「時差のこと忘れてたぜ……」


 アルトが言って、シャンデリアに火を灯した。

 魔法でパッと火を点けたのだ。

 どうやら、かなり遠くに来たようだ、と騎士は思った。

 シャンデリアのおかげで、広間が明るくなったので、騎士は周囲を確認した。

 大きな長いテーブルが置かれていて、全員が余裕を持って席に着ける。

 壁に飾ってある抜き身の剣を見て、騎士は感嘆の声を上げた。


「なんていい剣なんだ!」


 騎士は刀剣が大好きなので、その飾られた剣に見入っていた。

 そこにアルトが寄ってきて言う。


「照れるなぁ」

「大聖者殿! どこで購入した剣ですか!? これを打った鍛治師を紹介して欲しいのですが!」

「いやぁ、それは俺が打った剣なんだよなぁ」


 アルトは少し頬を染め、照れながら言った。


「だ、大聖者殿が!?」

「ああ。一時期、趣味で鍛冶をやってたんだ」


 鍛冶って趣味でやるもんだっけ? と騎士は思ったが言わなかった。


「その剣は見た目が綺麗にできたから、飾ったんだ」


 アルトが笑顔で言った。



 聖女は広間に飾られた風景画に見入ってた。

 見ているだけで体力、気力が回復する不思議な絵画だった。

 聖女は絵に関しては素人だが、それでもその絵がとんでもなく上手であることは分かった。


「この絵は……もしや聖物!? 千年後には神物になること間違いなしです!」


 神殿に持って帰ったら、その功績だけで一気に出世できそうな代物だ。

 ちなみに、聖剣も聖物の1つである。

 神物はそれより格上の品のこと。

 と、アルトが聖女に寄って行く。


「あんまり褒められると照れるぜ」

「まさか、この絵も大聖者様が!?」


 聖女はさっきの、騎士とアルトの会話を聞いてた。


「ああ。絵画が趣味だった時期があって、その時の作品なんだけど、デキが良かったから飾ったんだ」



 いきなり暖炉に火が灯ったので、魔法使いは少し焦った。

 そんなに寒くもないし、なんで火を入れたんだろう? と思って暖炉に近寄る。


「火の下級精霊!?」


 暖炉で精霊たちが踊っていた。

 こんなに沢山の精霊を見たのは、初めてのとこ。


「客が来て喜んでるんだ」とアルト。


「よっぽど居心地がいいのね。下級精霊がこんなに沢山……」

「上級精霊もいるだろ?」

「!?」


 アルトの言葉で、魔法使いはもう一度暖炉を凝視。

 正確には、その中で燃えている火に注視した。

 そうすると、一番大きく燃えている火そのものが上級精霊だった。

 魔法使いは生まれて初めて上級精霊を見た。



 武闘家はテーブルの上に置いてあるリンゴに手を伸ばした。

 あまりにも、あまりにも美味そうだったのだ。

 そのリンゴは瑞々しく、しかも僅かに輝いてさえいる。

 まるで禁断の果実のようで、武闘家は食べたいという欲求に抗えなかった。

 リンゴを一口、囓ってみる。

 そうすると、身体中からパワーが湧いてきた。

 違う、これは魔力が増えたのだ、と武闘家は悟った。

 そう、近接戦闘を主とする人間も、基本的には魔力で身体強化をして戦う。

 つまり、魔力量が多ければ多いほどいい。


「オレのレベルが、上がった……」


 リンゴを食べただけで、さっきまでの武闘家とはもう別人であった。

 数値で表すなら、レベル50だったのが一気に55まで上がったような感覚。

 リンゴを一口、囓っただけで、だ。


「しかもうめぇ!」


 武闘家はシャクシャクとリンゴを貪った。


「そのリンゴはうちの裏庭で育てたんだ」アルトが言う。「割と美味いだろ?」


「大聖者殿! オレはあんたに感謝するぞぉぉぉ!」

「お、おう。気に入ってくれて、良かった……」


 大袈裟だなぁ、という風にアルトは引きつった笑みを浮かべた。



 村ではすでに夜だったので、今からシチューを煮込んだら夕飯ではなく朝飯になるな、と俺は思った。

 まぁ別に朝飯でもいいか。

 てゆーか、こいつら物珍しそうに我が家の広間を見学してるけど、話し合いは始めないのか?

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