18話 ドラゴンとシチュー


「ぶはははは! 約千年ぶりだなぁ、貴様」


 ドラゴンが言うと、相変わらず空気が震えた。

 様子を見に外に出た人間たちが、その場にペタンと座り込んでいる。


「ド、ドラゴンだ……」

「終わった……」

「うちの街は神様に見捨てられたのか……」


 などなど、人間たちのネガティブな言葉が聞こえてくる。

 まぁ、普通の人間はドラゴンには敵わないので、そういう反応になるか。

 魔物や魔族でも、ドラゴンと対等に戦える者は多くない。

 ヴァンパイアならなんとか戦えるけど、ケガとかしそうだし、俺は戦いたくないな。


「このドラゴン……」魔法使いが恐れを含んだ声で言う。「相当、強いわよ……」


 だろうなぁ、と俺は思った。

 まぁでも、ニナなら倒せるだろう。

 なんせ、ニナは勇者なのだから。

 もう俺より強いだろ、ニナ。

 そう思って俺は余裕の表情で微笑みを浮かべた。


「おのれ貴様……何がおかしい?」

「ん? あ、いや、そもそも、お前誰だ?」


 俺はとりあえず疑問を投げかけた。

 ドラゴンは一瞬、ポカンと口を開いた。

 しかし次の瞬間には憤怒の表情を浮かべる。


「貴様ぁぁぁぁ!! 千年前!! すでに別の竜と戦って傷付いていた我を、突如現れた貴様が、蹴り殺そうとしたではないかぁぁ!! あの時の恨み、忘れておらんぞぉぉ!!」

「え? そんなことあったっけ? 人違いじゃね?」


 俺は首を傾げた。

 ドラゴン同士の喧嘩に、俺が割って入るわけねぇだろ。

 俺は長生き至上主義の平和的なヴァンパイアなんだから。


「ふざけるなぁぁぁあ!! 貴様が我に言った『おい赤トカゲ、うちの村から出て行け』という侮辱の言葉も忘れたと言うのか!?」

「ああ!!」


 俺は両手をポンと叩いた。

 思い出した。


「弱ってたくせに偉そうなドラゴン!! うちの村に着陸して、『人間ども、我が休んでいる間、我に尽くせ』とかいきなり王様気取りだったあいつか!!」


 かなり横暴な態度で村人を傷付けたから、追い出したんだよなぁ、確か。

 怖かったけど、弱ってるしたぶん大丈夫だろう、ってな感じで蹴り出した。


「我は貴様に蹴っ飛ばされたダメージが大きすぎて、数日前まで起き上がることもできなかった……」

「そ、それは悪かったな……」


 俺に蹴られたぐらいでそんな大ダメージを負うなんて、実は弱いのか?

 いや、元から傷を負っていて、偶然俺の蹴りが傷に重なったのだろう。

 ドラゴンがそんな弱いわけねぇし。


「さすがアル……父上!」


 エレノアが嬉しそうに手を叩いた。


「うんうん、さすがアルト!」


 ニナも嬉しそうに手を叩いた。


「……このレベルのドラゴンを、蹴り一発とかぁ……」


 ビビは引きつった表情で言った。

 勇者ご一行は俺たちの会話に入れていない。

 俺が万年を生きるヴァンパイアだと知らないから、何がなんだか分からないのだ。


「ほう、貴様、娘がいるのか!! ならばまずは娘から殺してくれる!!」

「面白い、かかってこい赤トカゲが!!」


 ドラゴンがエレノアに狙いを付けて高速で下降し、グルッと身体を横に回して尻尾で一撃。

 エレノアは尻尾をガードしたけれど、遠くに吹っ飛んでいった。

 ああ、エレノア、お前、弱いのにどうしてすぐ喧嘩を買ってしまうのか……。

 いや、ヴァンパイアってそういう奴の方が多かったけども。


「ふはははは! 娘を殺された気分はどうだ!?」


 ドラゴンは再び上昇してから言った。


「いくらエレノアが弱いからって、今の一撃では死なないと思うぞ」

「それはそう!」


 俺が言って、ニナが肯定した。


「次は貴様らまとめて消し炭にしてくれるわ!!」


 ドラゴンは俺の言葉を聞かず、身体を反らしてブレスを吐く準備に入った。


「妾、巻き込まれるの嫌だから帰るね?」


 ビビがゲートを使用してその場から消えた。

 なんて奴だ!!

 俺だって帰りたいのにっ!

 そう思ったところで、ドラゴンが灼熱のブレスを吐き散らかす。


「まずいです!!」


 言いながら、聖女がシールド魔法を展開。

 半透明のオレンジ色をした大きな盾が、空中に出現。

 その盾に魔法使いが魔力を足して、更に強固に。

 火炎系のブレスがシールドに衝突。

 シールドにヒビが入る。


「無理ですぅぅぅ!!」


 聖女が悲鳴のように言った。

 ニナがシールドに魔力を足して、なんとか持ちこたえた。

 ドラゴンのブレスが終わると同時に、盾も消えてしまう。

 おお、ギリギリだったんだなぁ。

 俺も逃げれば良かったのだけど、普通にタイミングを逃してしまった。

 ブレスのせいで気温が上昇し、少し暑い。


「ほう、貴様ら普通の人間ではないな?」とドラゴン。


「何を隠そう」俺がニナの隣に移動し、言う。「この少女は勇者だからな!」


「なるほど。先ほどの強い力のぶつかり合いは、勇者と貴様の戦いだったか」

「いやちげぇし」


 俺が言うと、ニナもウンウンと頷く。

 俺はな、村人だった頃のニナになら勝てるけど、勇者となったニナに勝てる気がしない。

 ドラゴンが首を傾げる。


「勇者と闇の者が出会って、戦わないはずがあるまい」

「いや、俺たちは仲良しだ。だろ?」


 俺はニナの肩に腕を回し、ニナを抱き寄せた。

 ニナが少し照れながら、コクコクと頷く。


「……ならば……まとめてこの我が地上から消してくれるわぁぁ!!」


 ドラゴンが再びブレスの体勢に。


「クソ、千年も前のことをいつまでもウジウジと! 粘着質野郎め!」


 俺は怒りのあまりそう叫んでしまった。

 平和主義者の俺は、普段はあまりキレて叫んだりしないのだけど、自分の命が脅かされている時はまぁ仕方ない。


「そうだそうだ粘着トカゲ!」


 ニナがノリノリで言った。

 俺はソッとニナの肩から腕を放す。

 ドラゴンがブレスを吐く。


「いやぁぁぁぁ!!」


 泣き叫びながら聖女が再びシールド魔法を展開。

 さっきと同じように魔法使いとニナが魔力を足して強固に。

 はっはっは!

 お前のブレスなど、何度でも防いでみせるぜ!

 勇者パーティが!


「魔力がもうありません!」

「同じく!」


 聖女と魔法使いが悲鳴みたいに言った。

 ブレスはさっきよりも強力だったらしく、盾に亀裂が入っていく。

 おおおおおい!

 頼むぞお前ら!

 微々たるものだけど、俺の魔力も足してやるから!

 俺は自分の魔力をシールド魔法に追加した。

 そうすると、なんだかよく分からない変化が加わり、盾がブレスを反射した。


「まさか、全ての攻撃を跳ね返すと言われている【リフレクトシールド】に進化したの!?」


 魔法使いが驚愕の声を上げた。

 ドラゴンは自分のブレスをモロに喰らってダメージを負った。


「今だニナ! やってしまえ!」


 俺が叫ぶと、ライトニングを抜いたニナが空へと飛ぶ。

 そしてドラゴンの首をバッサリと斬り落とした。

 すげぇなニナ。

 ドラゴンの皮膚ってかなり固いはずなんだが、さすが勇者。

 ドラゴンの身体が地面に落下し始める。

 ああ、これ、建物と人間を少し潰すなぁ、と俺は暢気に考えていた。


 そうすると、騎士がジャンプしてドラゴンの身体を4つに切り分ける。

 それから、武闘家もジャンプして分けられたドラゴンの身体を攻撃し、全部が通りに落ちるよう調整。

 おお、役立たずだった2人がついに役割を得たようだ。

 通りに落ちたドラゴンの頭が、恨めしそうに俺を睨んでいるように見えた。

 というか、睨んでいる。


「ぶははは……調子に乗るなよ貴様ら……」生首状態でドラゴンが言う。「どうせ世界は我らドラゴンの物になるのだ……。ケイオス様が、復活したのだから……」


 それだけ言い残し、ドラゴンは息を引き取った。

 まぁ自業自得だ。

 わざわざ力のぶつかり合いを見に来なければ、千年前のことを持ち出さなければ、死ぬこともなかったのに。


「今日の夕飯はドラゴンのシチューで決まりだな!」


 俺は気持ちを切り替えて、パンと両手を叩いた。

 何か忘れてる気がするけど、何だっけな?

 俺は少し考えて、そして思い出す。

 あ、エレノアだ。

 どこまで飛んで行ったんだ?

 まぁ、自力で帰ってくるだろう。

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