17話 ママ(偽物)には敵いません


 まさかアルトに娘がいるなんて!

 ニナの心中は穏やかではなかった。

 奥さんは誰だろう?

 人間なのかヴァンパイアなのか、それとも他種族なのか。

 アルトならきっと選り取り見取りだ。


「クソ、まさかわたくしが勇者を殺すことになるとは」


 アルトの娘、エレノアが吐き捨てるように言った。

 エレノアは店の外に出て、まずフードを被って顔を隠した。

 太陽の光を避けたのだと、ニナにはすぐ分かった。


「ぐぬぬぬ……」


 ニナはアルトと結婚したいのだ。

 アルトが大好きなのだ。

 すでにアルトに娘がいるなんて青天の霹靂である。

 まぁ、とはいえ、アルトは寿命が長い。

 だから一夫多妻でいけばオッケー、とニナは思った。


「戦う前に質問」ニナが言う。「アルトの妻……つまり君の本当の母親って今は何してんの?」


「ん? わたくしの母ならとっくの昔にくたばったが?」

「ほう!」


 ニナは思わずガッツポーズ。

 よぉし、エレノアの継母になるぞ、と心持ちを新たにしたニナである。

 さてまずは躾けから。

 エレノアの態度はよくない。


「嬉しそうにするなボケ。別に母のことなど何とも思っていないが、貴様が嬉しそうだと腹が立つ」

「貴様じゃなくてママでしょ!」

「だから誰がママだ! もう許さん! 殴り殺してやる!」



 俺と勇者ご一行が店の外に出た時、ちょうどエレノアがニナに飛びかかった。


「「!?」」


 エレノアの動きに、勇者ご一行が驚愕していた。

 エレノアの動きがあまりにも遅いからだな、と俺は思った。

 ニナは小さな動作でエレノアの攻撃をサッと躱した。

 さすがニナ。

 基本がちゃんとできている。

 まぁ俺が教えたんだけど。

 躱したあと、ニナは平手でエレノアの尻を叩いた。


「いったぁ! クソ勇者が!」


 エレノアが涙目で距離を取る。

 ニナはライトニングを背負っているが、抜く気はなさそうだ。

 まぁ、エレノアが相手なら武器など必要ない、ということだろう。


「これでも喰らえ! 【蒼炎柱】!」


 エレノアが右手をニナに向けると、ニナの足下から蒼い炎が立ち上った。

 ニアは飛び跳ねるように移動して、その炎を躱す。


「ちょっと待って!」魔法使いが言う。「青い炎って、超ハイレベルな攻撃魔法よ!? 子供に使えるような魔法じゃないわ!」


 ちなみに蒼炎というのは、普通の炎の上位互換。

 普通の赤だかオレンジだかの炎、青い炎、黒い炎、白い炎の順番で強力になる。


「実際、使ってるじゃねぇか」


 武闘家が冷静に突っ込みを入れた。


「こらぁ! そんな危ない魔法使っちゃダメでしょ!」


 怒ったニナが高速で移動し、エレノアの前へ。


「くっ、なんて早いっ!」


 エレノアは反応しきれていない。

 それでも後方に飛んで距離を取ろうとしたのだが、それより早くニナがビンタした。

 エレノアの身体がぶっ飛んだ。

 わぁ、すっげぇビンタ。

 エレノアは近くの民家に突っ込んで、壁が壊れた。

 おぉ……すまない民家の住民よ……。

 俺が苦笑いすると、聖女と騎士も俺と同じような表情をしていた。


「……あとで俺が弁償しておく……」と騎士。

「お前さぁ、勇者が壊した物、今までどれだけ弁償したんだ?」と武闘家。


「考えたくもないね」


 騎士が首を左右に振った。

 苦労しているようだ。

 しかし、ニナの破壊を弁償して回っているということは、やはりニナとは特別な関係なのかもしれない。


 つまりこうか?

 ニナは騎士と結婚して、エレノアを娘に迎えたい、と。

 うん、別に何の問題もないな。

 強いて問題を挙げるなら、

 いつかは俺とエレノアが結婚するから、ニナが俺の義母になってしまうってこと。

 まぁ、その頃までにはニナも騎士もこの世にいないだろうけど。


「勇者めぇぇ!!」


 エレノアが民家から飛び出してニナを殴ろうとしたが、ニナがヒラリと身を躱す。

 そしてエレノアの背後に回って、また尻を打った。

 うーん、育てた俺が言うのもアレだけど、ニナ強いなぁ。

 それからしばらく、似たような風景が流れた。

 エレノアが攻撃する、ニナが躱して尻か頬を打つ、という風景。

 やがてエレノアがべそをかいて「ごめんなさいママ……」と座り込んだ。


「分かればよろしい! もう生意気言っちゃダメだからね?」


 ニナが腰に手をやって、胸を張ってそう言った。

 エレノアの頬と尻が三倍ぐらいに腫れている。

 聖女がエレノアにヒールをかけようとしたので、俺は急いで制止した。

 エレノアにトドメを刺す気かっ!?


「大聖者様、娘には割とスパルタなのですね」と聖女。


 いや違う、お前のヒールはエレノアを殺す。

 殺さないまでも、ダメージを受けるんだ俺たち闇に生きる存在は。

 あと、あの程度の腫れなら明日には元に戻っている。

 俺たちの回復力を舐めてもらっちゃ困るぜ。


「あはははは! 面白い顔!!」


 甲高い笑い声が上から聞こえたので、俺たちは視線を店の屋根に向けた。

 そこには妖精女王のビビが座っていた。

 え?

 お前、帰ったんじゃねぇの?

 笑われたエレノアがビビを睨み付ける。


「きゃー! 勇者様! 娘が妾を睨むぅ!」

「こらノアちゃん! ダメでしょ!」

「……はいママ……」


 エレノアがシュンと下を向いた。

 どうやら、完全にニナの支配下に入ったようだ。

 エレノアってロザンナにもビビり散らかしてたよなぁ。

 弱いのに礼儀正しくしないから、ある意味、自業自得か。


「よ、妖精女王様!?」


 聖女がビックリした風に言った。


「じゃじゃーん! 妾、参上!」


 ビビが屋根から飛び降りて、よく分からないポーズを取った。

 そうすると、聖女、魔法使い、騎士、武闘家がそれぞれ地面に膝を突いた。

 なにこれ、どういうこと?

 ビビが俺の方に寄ってきて、耳打ちする。


「妾、勇者たちが勝った時のために、媚を売ってんのよねぇ」


 クズだなおい!

 前々から思ってたけど、こいつ性格やべぇよ!


「もちろん、魔王軍なのは内緒だよん♪」

「あ、ああ……」


 俺は引きつった笑みを浮かべた。


「妖精女王様」騎士が言う。「一体、今日はどのようなご用件で?」


「うむ。ケイオスについては妾の部下である大聖者から聞いたであろう?」


 俺がいつお前の部下になったんだよぉぉぉ!

 盛大に突っ込みを入れたかったが、俺は我慢した。

 てゆーか喋り方!!


「おぉ、大聖者様は妖精女王様の部下でしたか!」聖女が嬉しそうに言う。「だとしたら、色々と納得です!」


 納得すんなよ!


「ケイオス復活は事実、なのですね?」


 魔法使いが神妙な表情で言った。


「うむ。だから妾はお主らと魔王軍の諍いを即刻中止し、ケイオス討伐のために協力するように要請する」

「魔王軍と共闘しろってのか!?」


 武闘家が驚いたように言った。


「協力できぬなら、世界が滅ぶぞ? 良いのか?」ビビは威厳のある声音で言った。「ケイオスの強さは常軌を逸しておる。勇者と魔王軍が協力せねば、どうにもなるまい」


「あたしはいいけどさぁ」ニナが明るく言う。「魔王軍の方はどうなの?」


「すでに妾が話を付けておる」

「「おぉ!!」」


 ビビの言葉に、勇者ご一行が感嘆する。

 なんか、いいところ全部ビビに持って行かれた気がするんだけど?

 つーか、ビビの奴、いいところを持って行くつもりで身を潜めていたんだよな?

 勇者一行と知り合いってことは、もう最初からこうするつもりだった、ってことだよな?


「魔王軍の参謀と直接、会って話せる機会を設ける」ビビが言う。「ケイオスはまだ本調子じゃないようであるが、時間はあまりない。できれば今日、参謀と話して欲しい」


「オッケー」とニナ。


 相変わらず軽い奴だな。

 罠だったら、とか考えないのかな?

 と、空が暗くなったので俺たちは空を見上げた。

 そうすると、そこにドラゴンがいた。

 トマトみたいに赤いドラゴンだ。


「ぶはははは! 凄まじい力と力のぶつかり合いを感じたから来てみたが!」


 ドラゴンの声の振動で、建物がいくつか崩れ落ちた。

 てか、さっきのエレノアとニナの戦いって、そんな凄まじかったの?

 エレノアが一方的に叩かれていただけに見えたけど。

 ドラゴンが俺を睨み付けて言う。


「我が宿敵ではないか!」


 お前、俺の知り合いかっ!?

 

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