17話 ママ(偽物)には敵いません
まさかアルトに娘がいるなんて!
ニナの心中は穏やかではなかった。
奥さんは誰だろう?
人間なのかヴァンパイアなのか、それとも他種族なのか。
アルトならきっと選り取り見取りだ。
「クソ、まさかわたくしが勇者を殺すことになるとは」
アルトの娘、エレノアが吐き捨てるように言った。
エレノアは店の外に出て、まずフードを被って顔を隠した。
太陽の光を避けたのだと、ニナにはすぐ分かった。
「ぐぬぬぬ……」
ニナはアルトと結婚したいのだ。
アルトが大好きなのだ。
すでにアルトに娘がいるなんて青天の霹靂である。
まぁ、とはいえ、アルトは寿命が長い。
だから一夫多妻でいけばオッケー、とニナは思った。
「戦う前に質問」ニナが言う。「アルトの妻……つまり君の本当の母親って今は何してんの?」
「ん? わたくしの母ならとっくの昔にくたばったが?」
「ほう!」
ニナは思わずガッツポーズ。
よぉし、エレノアの継母になるぞ、と心持ちを新たにしたニナである。
さてまずは躾けから。
エレノアの態度はよくない。
「嬉しそうにするなボケ。別に母のことなど何とも思っていないが、貴様が嬉しそうだと腹が立つ」
「貴様じゃなくてママでしょ!」
「だから誰がママだ! もう許さん! 殴り殺してやる!」
◇
俺と勇者ご一行が店の外に出た時、ちょうどエレノアがニナに飛びかかった。
「「!?」」
エレノアの動きに、勇者ご一行が驚愕していた。
エレノアの動きがあまりにも遅いからだな、と俺は思った。
ニナは小さな動作でエレノアの攻撃をサッと躱した。
さすがニナ。
基本がちゃんとできている。
まぁ俺が教えたんだけど。
躱したあと、ニナは平手でエレノアの尻を叩いた。
「いったぁ! クソ勇者が!」
エレノアが涙目で距離を取る。
ニナはライトニングを背負っているが、抜く気はなさそうだ。
まぁ、エレノアが相手なら武器など必要ない、ということだろう。
「これでも喰らえ! 【蒼炎柱】!」
エレノアが右手をニナに向けると、ニナの足下から蒼い炎が立ち上った。
ニアは飛び跳ねるように移動して、その炎を躱す。
「ちょっと待って!」魔法使いが言う。「青い炎って、超ハイレベルな攻撃魔法よ!? 子供に使えるような魔法じゃないわ!」
ちなみに蒼炎というのは、普通の炎の上位互換。
普通の赤だかオレンジだかの炎、青い炎、黒い炎、白い炎の順番で強力になる。
「実際、使ってるじゃねぇか」
武闘家が冷静に突っ込みを入れた。
「こらぁ! そんな危ない魔法使っちゃダメでしょ!」
怒ったニナが高速で移動し、エレノアの前へ。
「くっ、なんて早いっ!」
エレノアは反応しきれていない。
それでも後方に飛んで距離を取ろうとしたのだが、それより早くニナがビンタした。
エレノアの身体がぶっ飛んだ。
わぁ、すっげぇビンタ。
エレノアは近くの民家に突っ込んで、壁が壊れた。
おぉ……すまない民家の住民よ……。
俺が苦笑いすると、聖女と騎士も俺と同じような表情をしていた。
「……あとで俺が弁償しておく……」と騎士。
「お前さぁ、勇者が壊した物、今までどれだけ弁償したんだ?」と武闘家。
「考えたくもないね」
騎士が首を左右に振った。
苦労しているようだ。
しかし、ニナの破壊を弁償して回っているということは、やはりニナとは特別な関係なのかもしれない。
つまりこうか?
ニナは騎士と結婚して、エレノアを娘に迎えたい、と。
うん、別に何の問題もないな。
強いて問題を挙げるなら、
いつかは俺とエレノアが結婚するから、ニナが俺の義母になってしまうってこと。
まぁ、その頃までにはニナも騎士もこの世にいないだろうけど。
「勇者めぇぇ!!」
エレノアが民家から飛び出してニナを殴ろうとしたが、ニナがヒラリと身を躱す。
そしてエレノアの背後に回って、また尻を打った。
うーん、育てた俺が言うのもアレだけど、ニナ強いなぁ。
それからしばらく、似たような風景が流れた。
エレノアが攻撃する、ニナが躱して尻か頬を打つ、という風景。
やがてエレノアがべそをかいて「ごめんなさいママ……」と座り込んだ。
「分かればよろしい! もう生意気言っちゃダメだからね?」
ニナが腰に手をやって、胸を張ってそう言った。
エレノアの頬と尻が三倍ぐらいに腫れている。
聖女がエレノアにヒールをかけようとしたので、俺は急いで制止した。
エレノアにトドメを刺す気かっ!?
「大聖者様、娘には割とスパルタなのですね」と聖女。
いや違う、お前のヒールはエレノアを殺す。
殺さないまでも、ダメージを受けるんだ俺たち闇に生きる存在は。
あと、あの程度の腫れなら明日には元に戻っている。
俺たちの回復力を舐めてもらっちゃ困るぜ。
「あはははは! 面白い顔!!」
甲高い笑い声が上から聞こえたので、俺たちは視線を店の屋根に向けた。
そこには妖精女王のビビが座っていた。
え?
お前、帰ったんじゃねぇの?
笑われたエレノアがビビを睨み付ける。
「きゃー! 勇者様! 娘が妾を睨むぅ!」
「こらノアちゃん! ダメでしょ!」
「……はいママ……」
エレノアがシュンと下を向いた。
どうやら、完全にニナの支配下に入ったようだ。
エレノアってロザンナにもビビり散らかしてたよなぁ。
弱いのに礼儀正しくしないから、ある意味、自業自得か。
「よ、妖精女王様!?」
聖女がビックリした風に言った。
「じゃじゃーん! 妾、参上!」
ビビが屋根から飛び降りて、よく分からないポーズを取った。
そうすると、聖女、魔法使い、騎士、武闘家がそれぞれ地面に膝を突いた。
なにこれ、どういうこと?
ビビが俺の方に寄ってきて、耳打ちする。
「妾、勇者たちが勝った時のために、媚を売ってんのよねぇ」
クズだなおい!
前々から思ってたけど、こいつ性格やべぇよ!
「もちろん、魔王軍なのは内緒だよん♪」
「あ、ああ……」
俺は引きつった笑みを浮かべた。
「妖精女王様」騎士が言う。「一体、今日はどのようなご用件で?」
「うむ。ケイオスについては妾の部下である大聖者から聞いたであろう?」
俺がいつお前の部下になったんだよぉぉぉ!
盛大に突っ込みを入れたかったが、俺は我慢した。
てゆーか喋り方!!
「おぉ、大聖者様は妖精女王様の部下でしたか!」聖女が嬉しそうに言う。「だとしたら、色々と納得です!」
納得すんなよ!
「ケイオス復活は事実、なのですね?」
魔法使いが神妙な表情で言った。
「うむ。だから妾はお主らと魔王軍の諍いを即刻中止し、ケイオス討伐のために協力するように要請する」
「魔王軍と共闘しろってのか!?」
武闘家が驚いたように言った。
「協力できぬなら、世界が滅ぶぞ? 良いのか?」ビビは威厳のある声音で言った。「ケイオスの強さは常軌を逸しておる。勇者と魔王軍が協力せねば、どうにもなるまい」
「あたしはいいけどさぁ」ニナが明るく言う。「魔王軍の方はどうなの?」
「すでに妾が話を付けておる」
「「おぉ!!」」
ビビの言葉に、勇者ご一行が感嘆する。
なんか、いいところ全部ビビに持って行かれた気がするんだけど?
つーか、ビビの奴、いいところを持って行くつもりで身を潜めていたんだよな?
勇者一行と知り合いってことは、もう最初からこうするつもりだった、ってことだよな?
「魔王軍の参謀と直接、会って話せる機会を設ける」ビビが言う。「ケイオスはまだ本調子じゃないようであるが、時間はあまりない。できれば今日、参謀と話して欲しい」
「オッケー」とニナ。
相変わらず軽い奴だな。
罠だったら、とか考えないのかな?
と、空が暗くなったので俺たちは空を見上げた。
そうすると、そこにドラゴンがいた。
トマトみたいに赤いドラゴンだ。
「ぶはははは! 凄まじい力と力のぶつかり合いを感じたから来てみたが!」
ドラゴンの声の振動で、建物がいくつか崩れ落ちた。
てか、さっきのエレノアとニナの戦いって、そんな凄まじかったの?
エレノアが一方的に叩かれていただけに見えたけど。
ドラゴンが俺を睨み付けて言う。
「我が宿敵ではないか!」
お前、俺の知り合いかっ!?
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