16話 母と娘(偽り)


「初めまして勇者様」俺は丁寧にお辞儀をした。「旅人のアルトと申します」


「へぇ、アルトって名前……」


 ここで初めて、ニナが真っ直ぐに俺を見た。

 そしてすぐに俺が誰だか理解したようだ。


「初めまして」


 俺は再度、初見であることを強調。


「あ、はい、初めまして……」


 ニナは頬を染めて、照れた風に視線を逸らした。

 それに気付いた魔法使いが、「へぇ、こんな凶悪な顔が好きなんだぁ」と小さく呟いた。

 聞こえないように言ってくれねぇか?


「なんてことを言うのですか!」聖女が怒鳴る。「見た目など、聖なる目的の前では些細なことです! 顔の怖さが何だと言うのですか! 大聖者様はこの恐ろしい顔で、すでに多くの人を陥れ……じゃない、治療してくださったのです! 実はあたくしも怖かったですけれど、そんな失礼なことを言っていいわけ、ないでしょう!?」


 おお、お前もか。

 分かっていたけれども。


「貴様ら! 我が父上のご尊顔をなんだと思っているんだ!」


 エレノアが怒って言ったけれど、お前も最初は俺の顔見てビビったよな?

 そして、ちゃんと父娘設定を守ってくれているようだ。


「そうだよみんな!」ニナが言う。「あ、お嬢ちゃん、あたしはあなたの母です。よろしくどうぞ」


「誰が母だ貴様! 貴様のような母を持った覚えはないっ!」

「反抗期なの!? お母さんに向かってなんて言い草!」

「貴様、頭がどうかしているのか!?」


 エレノアが一歩引いた。


「あー、座って良いか?」


 俺は苦笑いしながら言った。

 エレノアに対して、何か言おうとしていたニナが口をパクパクとさせる。


「どうぞ大聖者様」


 騎士の青年が貴族的なスマイルを浮かべて言った。

 俺とエレノアは勇者一行の対面に座った。

 聖女はなぜか俺の隣に腰を下ろす。

 お前こっち側じゃなくね? と思ったがまぁ仲介者だしどっちでもいいのか。

 ちなみに俺の右手側がエレノアで、左手側が聖女。

 俺の対面がニナで、エレノアの前に騎士、その隣に武闘家。

 聖女の前には魔法使いが座っている。

 ニナが右手を持ち上げ、パチンと指を弾いた。


「とりあえずお昼ご飯持って来てぇ!」


 ニナが言うと、厨房の方から「はい勇者様!」と声。

 それからすぐに、給仕の少女たちが俺たちのテーブルに食事を運んでくれた。

 うん、美味そうだ。

 俺とニナはさっさと欲しい物を取って食べ始めたが、他の者たちはやや遠慮気味だった。

 エレノアは「なぜ宿敵どもと食事など……」と俺にしか聞こえないように呟いていた。


「美味いから食ってみろ」


 俺が言うと、エレノアは「父上の命令なら」と一度頷く。

 それから、フードを外して料理を吟味。

 武道家と騎士がエレノアの素顔を見て「ほぉ」と感嘆。

 ニナはエレノアの素顔をまったく気にしていない。

 魔法使いは「へぇ、将来は絶対美人じゃん」とエレノアの顔をマジマジと観察。

 エレノアの顔は俺から見ても整っていると思う。

 まぁ、人間視点で見ると、ヴァンパイアって基本的にみんな顔が整っている。

 エレノアはクイーンなので、特に綺麗なのだ。

 俺?

 なんで俺の顔は怖いんだろうな?

 自分ではそれなりだと思ってるけど、不思議な認識のズレだな。


「そりゃパパのアルトが綺麗なんだから、当然でしょ」


 ニナだけは俺の顔を褒めてくれた。


「ふむ……。パッと見、怖いけど」魔法使いが言う。「確かにジックリ見たら整ってるわね。怖くてジックリ見るのに勇気が必要だけど」


「やっと父上の容姿が素晴らしいことに気付いたか」


 エレノアが自慢気に言った。


「おい、容姿の話はもういいだろ?」武闘家が言う。「大聖者殿が世界の行く末について話したいんだろ? やっぱ魔王軍のことか?」


「魔王軍じゃない」俺は淡々と言う。「ケイオスって知ってるか?」


「何それ?」とニナ。


 知らないのかよ。

 俺も知らなかったけど。


「もしかして滅亡の竜?」と魔法使い。


「それだ」俺が頷く。「かつて世界を滅ぼしかけた突然変異のドラゴンで、五千年ほど前に、人と魔族とが協力して封印した」


「ケイオスは未だに恐怖の対象ですね」騎士が首を振りながら言った。「うちの家門では、子供が我が儘を言ったら『言うことを聞かないとケイオスに食われるぞ』と脅したりしますし」


「神殿でも」聖女が頷く。「やはりケイオスは恐れられています。復活するようなことがあったら、今度こそ世界は終わりなのでは、と」


「すげぇ言いにくいんだけど」俺が言う。「復活したみたいだぜ?」


「へぇ、そうなんだぁ」


 ニナは肉を食べながら、どうでも良さそうに言った。

 だよなぁ、どうでもいいよなぁ。


「ちょ、ちょっと待って大聖者様!」魔法使いが焦った風に言う。「もう1回言ってもらえる? わたしの聞き間違いかもしれないし?」


「ケイオスが復活した」


 俺が言うと、場が静まった。

 いや、ニナが料理を食べる音だけが聞こえ続けている。


「おい勇者……」騎士が呆れた風に言う。「お前、事の重大さ分かってるか?」


 この騎士、俺には丁寧だけどニナにはかなり気軽な口調で話している。

 もしかして、特別な関係だったりするのか?

 うーん、気になるところだ。

 ニナは俺と仲がいいし、もし結婚とかするなら、ちゃんと祝ってやりたいしな。


「え? 全然分からないけど?」とニナ。

「事は重大だぞ。(結婚は)人生を左右するだろ?」と俺。


「人生どころか……」聖女が言う。「本当に世界の行く末を左右しますよ?」


 え?

 ニナの結婚が世界の行く末と何の関係が……って、そうか、ニナは勇者だから結婚して引退したら、ケイオスと戦う者がいなくなってしまう。

 ケイオスを倒したあとでも、魔王軍と戦う者がいなくなる。

 なるほど、確かに人間視点だと世界の行く末とニナの結婚には密接な関係性があると言えるだろう。


「その情報の信憑性ってどのぐらいなの?」


 魔法使いが俺を訝しむように言った。

 ニナと騎士が結婚する、という情報は俺の妄想である可能性も否定できない。

 仲が良さそうに見えただけで、実際には特別な関係ではない、ということも。

 あとでちゃんと確認した方がいいな。


「貴様! 我が父上の言葉を疑うというのか! 万死に値するぞ!」


 ガタンと席を立つエレノア。

 またかよ、と思いながら俺はエレノアのローブを引っ張る。

 エレノアが「ぐぬっ」と言いながら座り直した。


「パパ大好きっ子、可愛い!」ニナが言う。「ママのことも愛してね?」


「誰がママだ貴様! いい加減、戯れ言を垂れ流すのを止めねば、くびり殺すぞ!?」

「まぁ! ママに対してそんな強い言葉を使うなんて! いいわ! 教育してあげる!」


 ニナが立ち上がって、壁に立てかけていた魔剣ライトニングを手に取る。

 エレノアも立ち上がる。

 あれ?

 これどういう状況だ?

 勇者一行も俺と同じように困惑している。


「おい決闘なら表でやれよ」


 脳筋みたいな言葉を吐いたのは武闘家である。


「いいわ、行きましょう」

「望むところだ」


 ニナが先に歩き始め、エレノアがそれに続く。

 2人はそのまま店の外に出た。


「……待て。俺には意味が分からないのだが?」と騎士。


「娘さんの口が悪いのは分かったけど」魔法使いが言う。「ニナのあのママ設定? どういうこと? 本気で大聖者様と結婚したいって思ったの?」


「俺と結婚? それはないだろう……」


 俺は苦笑い。

 種族の壁はまだしも、寿命が違い過ぎる。


「おう、それで大聖者殿の娘は強いのか?」武闘家が言う。「うちの勇者に勝てると思うか?」


「あー、強さはそれなり、かな? 勝てるかは、やってみないとな」


 ヴァンパイア視点なら、エレノアは弱い。

 しかし人間視点なら強いのではないだろうか。

 でも相手のニナはかなり強い上に勇者である。


「お、そいつは期待できそうだぜ。見学しようぜ」


 武闘家が席を立ち、さっさと外へ。

 俺と残された勇者一行も、とりあえず外に出ることに。

 ニナのエレノアに対する言動が意味不明すぎる。

 本気でエレノアの母になりたいのだろうか?

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