15話 ヴァンパイアで大聖者


「実に辛気くさい街ですね」


 エレノアが吐き捨てるように言った。


「街の半分が廃墟になったしな」


 それにまだギリギリ早朝って感じの時間だ。

 俺とエレノアは、昨日の戦闘で無事だった通りを歩いている。

 人々はまだ活発に動いていない。

 空気だけが酷く重いように感じる。


「アルト様を迎えるため、住民総土下座ぐらいは、させるべきか……」


 エレノアが恐ろしいことをブツブツと呟いている。

 俺はどこの皇帝陛下だよ、と突っ込みたかったが、小さく息を吐くだけに留めた。

 しばらく歩いていると、小神殿があった。

 小神殿というのは、そのまんま小さな神殿という意味。

 もっと詳しく言うなら、神殿の出張所みたいな感じ。


 あなたの街の神殿です、ってなもんだ。

 俺は立ち止まって、通りから小神殿を観察する。

 建物の大きさは民家2つか3つ分ぐらいで、庭は割と広い。

 そこの庭で、多くの負傷者が治療を受けている。


「おお、美味しそうですねアルト様!」


 ケガ人を見て、エレノアが弾んだ声を上げた。

 確かに美味そうだ。

 だってこいつら血塗れなんだもん。

 種族的に美味しそうと感じても仕方ない。

 血液は俺たちの主食だしな。

 とはいえ、もちろん襲いかかったりは、しないけれど。

 俺は理性的で友好的なヴァンパイアだ。


「ちょっと一口だけ……」

「待て。勇者の捜索が先だ」


 フラフラとケガ人の方に行こうとしたエレノアの頭を、ガシッと掴んで制止。

 エレノアが涎を垂らしながら、その場から動こうとしない。

 お前、食堂でブレンド飲んだじゃん!?

 育ち盛りってやつか?

 まったく仕方ないな。

 俺はエレノアより先に小神殿の敷地に足を踏み入れた。


「おお、アルト様も摘まみ食いをする気になりましたか!」


「違う。お前が惑わされないように」俺は右手を高く上げた。「全員治す」


 俺は回復魔法をサッと使用し、負傷者を治療した。

 一番簡単で基礎的な【ヒール】だ。


「聖属性!?」


 エレノアがビクッと身を竦めた。

 ヴァンパイアは聖属性が苦手である。

 俺も回復魔法を覚えるのには苦労した。

 まぁ本気で打ち込んだわけじゃないけど、100年ぐらい訓練したかな。

 なんで俺が回復魔法を覚えようと思ったかって?

 うちの村人が大きなケガや病気をした時に治してやろうと思って。

 俺自身には、回復魔法など無用の長物である。

 てゆーか、回復魔法を自分に使ったらダメージを負う可能性もある。


「よし、これでお前を惑わすモノはなくなったな? 行くぞ」


 俺は踵を返した。


「いやいやいや、アルト様!? 聖属性ですよね!?」

「ああ。お前も訓練したらできるぞ。時間は必要だけどな」

「いやいやいや、わたくしたち、闇に生きる者ですよね!?」

「だから苦労した」

「苦労というか、凄まじい苦行だったでしょうに……」


 エレノアは引きつった笑みで言った。

 いや苦行ってほどじゃなかったぞ?

 空いた時間にちょっとずつ練習しただけだし。


「お待ちください聖者様!!」


 神殿の司祭らしき人物が寄ってきて言った。

 俺のことか?


「だ、誰が聖者様だ愚か者め! このお方をどなたと……いったぁい!」


 俺はエレノアの頭に拳骨を落とした。

 知らない人にいきなり喧嘩を売るな。

 お前はどこのチンピラだよ。


「大悪党……」


 司祭が俺の顔を直視して表情を引きつらせた。

 俺の顔はそんなに怖いか?

 司祭がコホン、と咳払い。


「失礼、人を見た目で判断するなど、司祭にあるまじき行為。謝罪します大聖者様!」


 司祭が真面目な顔で言った。

 司祭は50代の男性で、顔立ちは普通だ。

 可もなく不可もない。


「大聖者様!」


 駆け寄ってきた聖女が言った。

 勇者パーティの聖女だ。

 これはラッキーだな。

 こいつにニナの居場所を聞けばいい。

 コホン、と俺は咳払い。


「お前たち、俺に何か用か?」


「先ほどの回復魔法は」聖女が言う。「【全体完全ヒール】だとお見受けします!」


 ん?

 普通のヒールだが?

 まとめてみんなに使っただけで、普通のヒールだぞ?

 ヴァンパイアの俺がそんな高度な聖属性の魔法を覚えるには、軽く千年はかかる。

 とりあえず、俺はあえて話を合わせて「うむ」と頷いた。

 否定するのが面倒だから。

 それに聖者という立場は都合が良い。

 見ず知らずのヴァンパイアより、聖者の方が勇者を紹介して貰い易いだろう、ってこと。


「「おぉ!」」


 聖女、司祭、さっきまでケガをしていた人々、助祭たちが声を上げた。


「そ、それほど高度な聖属性魔法を……」エレノアが本気にして驚愕している。「闇に属する者を苦しめて殺すため……ですか……?」


 ちげーよ。

 そんな目的でヒール覚える奴いるのか?


「大聖者様! どちらの所属でございましょうか?」司祭が言う。「あなた様ほどの実力者を知らないとは、恥ずかしい限りでございますが……」


 名もなき村に住むヴァンパイアだ。

 今はなぜか魔王軍の四天王だけど。


「貴様ら! このお方を知らんと言うのか!」エレノアがブリブリ怒って言う。「いいかよく聞け! このお方こそが……いったぁい!」


 俺はまたエレノアの頭に拳骨を落とした。

 お前、何を言う気だ?

 魔王軍四天王って言ったら色々と拗れるだろうが。

 俺はコホン、と咳払い。


「娘は少々、口が悪い。すまない」


 俺が言うと、エレノアは口を半開きにして俺を見た。

 しかし特に否定はしなかった。

 空気を読んだのだろう。


「いえいえ、そんな、大丈夫でございます」


 司祭が笑顔を浮かべた。


「そうか。俺は旅をしているから、所属は特にない」


「なんと! 旅人でしたか!」司祭が大袈裟に驚く。「しかしあなた様が大聖者と呼ぶに相応しい人物であることに変わりはありません。よろしければ、我が国の神殿に籍を置いてはどうでしょうか? 数々の支援が可能……」


 話の途中で、俺は右手を突き出した。

 遠慮する、という意味のジェスチャだ。


「俺は勇者に会いたいんだが、知らないか?」


「勇者様ですか!」聖女が瞳を輝かせる。「実はあたくし、勇者様のパーティメンバーなのです!」


「ほう。それは運命的だな。勇者に会わせてくれるか?」


「もちろんですが、その、大聖者様」聖女が言う。「勇者様に会いたい目的を聞いても?」


「世界の行く末について話すことがある」


 俺が言うと、周囲の人間たちがビックリしたような表情を浮かべた。


「なるほど。分かりました。ランチタイムに会えるように計らいます」

「ああ。頼む」


 よし、これで俺はニナに会える。

 会えるんだけど、できれば二人きりで会いたい。

 ふむ。

 ランチの途中でニナと二人で抜ける感じにするか。

 俺とニナは仲良しだし、きっとニナは俺の思惑を察してくれるはず。


「あの、大聖者様、他にも負傷者がいるのですが……」と司祭。


「ああ、治してやるから案内しろ」


 どうせランチまで暇だしな。

 こうして、俺は小神殿内のケガ人を全て治療した。

 もちろん普通のヒールで。

 俺のヒールを見て、聖女が「素晴らしい! その若さでこの境地! 神殿のトップを狙えますね! 本当にすごい!」とはしゃいでいた。

 エレノアは俺がヒールを使う度に「ひぃ!」とか「こわいっ!」とか声を上げてブルブル震えていた。



 俺とエレノアは聖女の案内で、小綺麗な食堂に入った。

 そこは貸し切りにしているようで、俺たちと勇者一行以外の客はいない。

 勇者一行の座っているテーブルへと歩みを進めると、ニナが居眠りをしていることに気付いた。

 相変わらずマイペースな奴だな。


「おい勇者、大聖者様だぞ」


 騎士がニナを起こす。

 たぶん、テーブルの下でニナの足を蹴ったのだろう。

 聖女が先触れを出していたので、勇者パーティは全員が俺を大聖者だと思っている。


「ん? あ、えっと初めまして勇者だよぉん。あたしに会いたいって? うぇーい! あたしも会いたかったよぉ!」


 相変わらずテンションがイカレてるなぁ、と俺は思った。

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