14話 ケイオスはとっても危険な奴です
「……やべぇ」
俺は魔王城の図書室で引きつった表情を浮かべた。
俺は隅の方のテーブルに座っていて、手には歴史書を持っている。
テーブルの上にはケイオスに関する資料本が3冊。
とりあえず俺は歴史書を資料本の上にソッと重ねた。
俺は割と本を読むのが速い方だ。
なんせ、今までにかなりの数の本を読んだから。
もちろん興味のある本だけではあるが。
「何がヤバいのです?」
俺の対面で『ヴァンパイアの千年王国』というタイトルの本を読んでいたエレノアが、本をパタンと閉じて言った。
「たった千年の王国でいいのか?」
「!?」
俺がなんとなく言うと、エレノアは酷く驚いたように目を丸くした。
しかしすぐにウンウンと頷き始める。
「なるほど……アルト様とわたくしなら、確かにもっと長く続く王国を作れるでしょう」
「俺なら万年王国を作れるぞ?」
「なんと! さすがはアルト様! 二千年くらいかなぁ、とか思ったわたくしが恥ずかしい!」
エレノアがキラキラとした瞳で俺を見る。
いや、あのな?
ヴァンパイアって寿命で死んだりしないわけよ。
つまりね?
引きこもって平和に過ごしていたら、誰でも万年生きられるのだ。
そう、ヴァンパイアたちの引きこもり王国なら、万年どころか10万年だって続く王朝を作れる。
そもそも、まだまだ長生きしたい俺が新たな始祖だしな。
「アルトは領土が欲しいの?」
ヒョッコリどこからか現れたロザンナが言った。
「ひぃぃぃぃ!!」
エレノアが凄い勢いで立ち上がり、俺の方に猛ダッシュ。
そのまま膝でスライディングするように俺の腰辺りに抱き付いた。
割と勢いが付いていたので、椅子から落ちるかと思ったぜ。
「いや、話の流れだ。気にするな」
本気で王国を作りたいわけじゃない。
だって国王とか面倒だし。
俺はダラダラのんびり日々を過ごしたいのだ。
それに、今の村だけで十分なんだよな。
「そう……」ロザンナが俺の対面に腰を下ろす。「欲しくなったらいつでも言って。世界の半分ぐらいならあげるから」
「はっはー、そいつは面白いけど、まぁ気が向いたらな!」
ロザンナの冗談に、俺は笑いながら返答した。
ロザンナは満足そうに微笑み、小さく頷く。
それから、俺が読んでいた資料本に視線を移す。
「ケイオスについて復習してたの?」
「ああ、そうだな」
初勉強なんだけど、俺は話を合わせた。
だってケイオスってみんな知ってるんだもんよぉ。
俺だけ知らないって白状する勇気はない。
「何か間違った記述はあった?」
えっと?
誤字脱字のことか?
「特になかったと思うぞ」
「そう……」
ロザンナは少し気落ちした風に見えた。
なんでだ?
誤字脱字はない方がよくないか?
「ねぇアルト……正直に言って欲しいんだけど……」
「ああ、俺はいつも正直だぞ」
「ぼくたちはケイオスに勝てると思う?」
「それは分からない」
だって俺、ケイオスに会ったことないし。
さっき本を読んでやべぇドラゴンだと理解はしたけれど。
思わず『やべぇ』と呟いてしまう程度には、ケイオスはヤバかった。
本によると『その咆哮だけで生物が死に絶え、空が割れ、大地が震えた』らしい。
どんだけ大声なんだよ。
大陸の端から端まで声が轟いたりしてな。
って、そんなわけねぇよ!
だって本当にそんな大声なら、俺にだって聞こえたはずだろう?
5000年前の記憶なんて曖昧だけど、本によるとケイオスは世界の半分を滅ぼしたことになっている。
その中に俺の村のある地域も含まれていた。
でも俺の村はずっと平和だった。
「そっか。じゃあ、ぼくの本気とケイオスの本気、どのぐらい差があるか分かる?」
もっと分からない。
とはいえ、本に記されたことが事実なら、ロザンナなんて相手にもならないだろう。
「それはちょっと分かんねぇけど、心配するな」俺は笑顔を向ける。「たぶん大丈夫だ」
言われてるほど強くないと思うんだ、ケイオスって。
5000年の間に色々と尾ひれが付いた可能性が高い、と俺は睨んでいる。
ケイオスって俺の村を壊せてないんだよなぁ。
俺は引きこもりだから、大陸が壊されても気付かないのは仕方ない。
でも、村が壊されたらさすがに気付く。
マジで災厄に見舞われたこともなく、俺の村はずぅぅっと平和。
「アルトは何か策があるの!?」
ロザンナが嬉しそうに言った。
「さぁな。でもみんなで協力すりゃ、なんとかなるさ」
ぶっちゃけ5000年前は封印できたんだし、今回もできるだろ。
俺も全力で応援するぞ!
まぁ最悪、友人だけ連れて隠れ家に行けばヒッソリと生きていけるだろう。
俺の隠れ家は絶対に見つからない自信がある。
「そのためにも」
俺は立ち上がろうとして、腰のエレノアが邪魔なことに気付いた。
俺はエレノアをソッと押しのけてから立ち上がる。
「まずは勇者を懐柔してやる。行くぞエレノア」
「は、はいアルト様!」
エレノアがビシッと姿勢を正す。
「送るよ」
ロザンナが【ゲート】を使用。
俺たちの上下に魔法陣が現れ、次の瞬間には景色が入れ替わった。
◇
破壊の爪痕やばくね?
ジョージと勇者一行の戦いがどれだけ激しかったか一発で分かる。
街って言うか廃墟だもんな、ここ。
まぁ向こうの方には無事な建造物が見えるけれども。
「さぁ行こう」とロザンナ。
「わぁ、滅びの都って感じぃ?」とビビ。
「ワシが本気で戦ったからな」とジョージ。
「絶景かな……」とロロ。
お前らなんでいるの?
エレノアも俺と同じことを思ったらしく、「な、なんで……」と呟いたがロザンナにひと睨みされて沈黙した。
ロザンナが歩き始め、四天王たちがそれに続く。
「いやいや、待て待て」
俺は慌ててこのアホどもを止める。
アホどもが立ち止まり、俺に視線を送った。
「戦争に来たんじゃねぇんだ。お前らはここで待ってろ」
「るーるるー♪」
ビビがクルクルと舞い始める。
「その舞ってろじゃねぇ! 待機してろって意味だ!」
「じゃあアルト、【遠隔透視窓】と【念話】に登録させて」とロザンナ。
「ダメだ。いいか? 勇者との大事な話し合いなんだ。何か魔法を使ってるとバレたら心証がよくない」
「でも」とロザンナ。
「いや、心配してくれるのは、ありがたいけど……」
「だれがお主の心配など……」ジョージが引きつった表情で言う。「むしろお主が暴れないかを心配しているのだが……」
ビビがウンウンと頷いた。
俺の評価どうなってんの?
「それこそ無用の心配だぞ。俺だけで十分、任務を果たせるから、余計なことを何もせず、ただ待っていてくれ。できれば城で」
「アルトがそこまで言うなら……」
渋々ではあるが、ロザンナは納得した。
「まぁちびっ子がいるし、最悪の事態はちびっ子が止めるよねー」
「もちろんだ妖精女王! わたくしに任せろ!」
自信満々のエレノアだが、むしろお前がいた方が拗れそう。
ってか、俺はなんで普通にエレノアを誘ってしまったのだろうか。
俺は自分が「行くぞエレノア」って言ったことを思い出していた。
できればニナとは1人で会いたかったけれど。
よし、エレノアとは途中でばらけよう。
手分けして勇者を探す的な感じで。
「その前にフード……」
エレノアは日光に弱いので、フードですっぽりと顔を覆った。
全然、日光を克服できてない。
とはいえ、日中、外に出られるだけマシか。
「おお、そういえばヴァンパイアは太陽が苦手であったな」ジョージが感心した風に俺を見る。「さすがはアルト殿。直射日光もなんのそのであるな」
「まぁな。なんなら真夏のビーチで肌を小麦色にしたこともあるぞ」
家に帰った時には、また白い肌に戻ったけどな。
ヴァンパイアの回復能力を舐めちゃいけない。
「な、なんて恐ろしい修行を……」エレノアが引きつった表情で言う。「いや、だからこそ、そんなに強いのですね……ああ恐ろしい……」
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