8話 後任候補が見つかった


 ついに謎が解けた。

 全部じゃないけど、だいたいは。

 そう、俺の最強伝説はロザンナが発信源だった。

 その噂は尾ひれをふんだんに取り付けて駆け巡り、やがて俺は噂だけで四天王になった、ってわけ。

 そうなると、俺が魔王を助けたってのも本当かどうか怪しいところだ。


 まぁどっちにせよ、俺は四天王を辞めてここを去るつもりだけどな。

 ロザンナが強くなってるなら、後継者にできないかな?

 エレノアよりは強いといいんだけど。

 俺が色々と思案していると、ロザンナがキョトンと俺を見た。

 俺は曖昧に笑った。


「ぼくを助けてくれたアルトはまるで、魔神のような強さだったよ」

「魔神!?」


 俺が驚いて聞き返すと、ロザンナが頷く。

 魔神って想像上の生き物じゃん。

 いわゆる神様の悪い奴バージョン。

 魔王を飛び越えてまさかの魔神とは。

 魔王が聞いたらぶち切れそうだな。


「そっかぁ、魔神に見えたかぁ……」

「見えたと言うか、そのものだったかな」


 ロザンナは両手を胸の前で組んで、恋する乙女のようにキラキラした瞳で言った。

 まぁ仕方ないっちゃ仕方ないんだよなぁ。

 俺は実際にロザンナを救っている。

 救われた方から見たら、実際より俺が強くカッコよく見えても不思議じゃない。

 よって、この件でロザンナを責めるのはやめよう。

 迷惑な噂を流されたが、ロザンナの気持ちを考えたらまぁ、許せる。


「あ、そうだ。お土産やるよ」


 俺は話題を変えることにした。


「お土産?」

「そう。錬金術に興味あるか?」

「ないけど、これから興味を持つ予定だったよ」

「そりゃちょうどいいや。これやる」


 俺は懐から賢者の石を取り出し、ロザンナに差し出した。

 本当は魔王に渡そうと思っていた物だけど、魔王は寝ているので土産は不要だ。

 再会を祝してロザンナにやろう。


「わぁ、綺麗」


 ロザンナは賢者の石を受け取り、シャンデリアの光に透かした。

 ちなみに、シャンデリアというのは光魔法が込められた魔法道具で、主にちょっといい部屋の照明として使われている。


「って、これ、もしかして賢者の石?」

「そうそう。よく知ってたな」

「こ、こんな貴重な物、本当にぼくが貰っていいの!?」

「いいさ」


 うちの宝物庫にまだゴロゴロ転がってたはずだし。

 ゴクリ、とロザンナが唾を飲んだ。


「まさか伝説上のアイテムに出会えるなんて……」


 またまた~。

 ロザンナってば話を大きくする癖があるんじゃねーの?

 高級品だし確かに珍しいけど、伝説ってほどじゃない。



 ロザンナは感激していた。

 久々に会ったアルトが、賢者の石をプレゼントしてくれたから。

 これ1つで国が買えるレベルの品である。

 それを気軽に渡すアルトの器は、大陸より大きいに違いないとロザンナは思った。

 ああ、この素晴らしい石を何に使おうか?

 ゴーレム軍団を作る?

 最強の武具を作る?

 伝説の万能薬エリクサーを作る?

 あるいは魔力の底上げ用に杖にはめ込む?

 何だってできてしまう。


「他にも粗品とか持って来てて」


 言いながら、アルトは懐から宝石や魔法薬を出してサイドテーブルに並べた。


「アルトの懐のポケット、それ、もしかして異次元ポケット?」

「ああ。それだ。いっぱい入るから便利なんだよな」


 それも伝説級の品なんですけど、とロザンナは思った。

 さすが万年を生きる最古のヴァンパイア。

 持ち物がすでに普通じゃない。

 並べた宝石も全て高級品で、魔法薬に関してはエリクサーっぽい。

 でもまさかエリクサーじゃないよね?


「その魔法薬……何?」


 ロザンナは恐る恐る質問した。


「これはエリクサーって言って、病気でもケガでも何でも治る便利なやつだ」


 アルトはケロッと言った。

 一体、どこが粗品なのかとロザンナの表情が引きつる。


「四天王かアスタロトにでも渡そうと思って。会議の時渡せば良かったんだけど、普通に忘れてたぜ」


「そ、そうなんだね……。それより、四天王と言えば」ロザンナが話題を変える。「ジョージが勇者を倒しに征ったから戦いを一緒に見よう?」


「あいつもう行ったのか!? なんて行動の早い奴!」

「【ゲート】使って近くまで行って、今は徒歩で勇者を探してると思う」


 言って、ロザンナは空間魔法【遠隔透視窓】を使用。

 宙に横長の四角い映像が映し出される。



 へぇ、【遠隔透視窓】か。

 珍しいな魔法使えるじゃんロザンナ。

 この魔法はある特定の人物を遠くからでも見ることができる魔法。

 特定の人物というのは、事前に魔力登録をした相手だけなので、知らない人のプライバシーを侵害することはできない。

 つまり、ジョージとロザンナは仲良しってこと。

 うん、やっぱロザンナを俺の後任として押すのはありかもな。


 そんなことを考えながら、俺はソファに移動。

 ロザンナも付いて来た。

 俺たちは3人掛けぐらいのソファに並んで腰を下ろした。

 俺はソファの真ん中、ロザンナは俺の右手側。

 四角い映像の中で、ジョージが雄叫びを上げて、街の人々を攻撃していた。

 まだ昼間のようなので、時差のある大陸だろう。

 魔界はもう薄暗い。


「やっちゃえ! 人間なんか殺しちゃえ! 絶滅させちゃえ!」


 ロザンナがシュッシュッと見えない敵にパンチをする。

 絶滅とか言われるとビクッとするぜ。

 なんせ俺がまさに絶滅危惧種だからな!


「ロザンナ」

「なぁに?」

「人間を全部殺すのはどうかと思うぞ?」


 俺とか人間の村に住んでるしな。

 なんなら契約とか交わしてるし仲のいい住人もいるわけで。


「そっか。そうだよね。連中は奴隷にした方がいいよね。待ってね」


 いや違うけども。

 ロザンナが何か魔法を使った。

 映像の中のジョージが何度か頷いた。

 たぶん【念話】だな。

 離れた相手と会話できる魔法で、これも事前登録が必要。

 一方的に思念を送りつける魔法もあるけど、それだと会話ができない。


「人間は奴隷にするから、なるべく殺さないように言ったよ? 偉い?」

「うん、偉い偉い」


 俺はロザンナの頭を撫でた。

 まぁ、今はこれで良しとしよう。


「てか、ジョージと仲良しなのな?」

「アルトの方が仲良しだよ?」

「お、おう」


 映像の中のジョージが、人を殺さないように建物を壊したり、雄叫びを上げて脅したりしている。

 勇者はいつ来るんだろうか。


「アルト様!」バァンと部屋のドアを開けてエレノアが入ってくる。「ゆっくり休めましたか!? って誰だ貴様! アルト様の隣に座るとは生意気な!」


 エレノアがムスっとした感じで俺たちに寄ってくる。

 てかお前、この短時間でどう休めと?


「あ? ぼくに喧嘩売ってるの?」


 ロザンナが立ち上がってエレノアを睨む。

 僅かだけど、殺気が出ている。

 ついでに魔力も。

 おお、ロザンナ魔力量も増えてるなぁ。

 本当、成長したなぁ。

 やっぱお前が後任四天王候補だぜ、って俺は思った。



 エレノアは恐怖した。

 その少女の凄まじい殺気は、半径数キロの全生命体がその場でうずくまって動けなくなるレベルの恐ろしいものだった。

 その少女の魔力は、いまだかつて感じたことがないほど膨大で、そして酷く暗かった。

 夜の王だとか夜の主だとか言われているヴァンパイアよりも遙かに暗い。

 まさに深淵、そう、深淵の魔力と呼ぶのが相応しい。


 存在自体がもはや闇であり病み。

 陰鬱の頂点。

 エレノアはその場にペッタンコ座りする。

 腰が抜けてしまったのだ。

 その少女は、天地がひっくり返ってもエレノアでは倒せない。

 格が違う。

 違い過ぎる。

 わ、わたくしはなんて軽々しく「謀反」を口にしてしまったのか。

 遠目でしか見たことのなかったその少女の、近距離での敵意に身体が震える。


「おいロザンナ。そんな睨むなって。エレノアはまだ子供なんだ。偉そうなのは許してやってくれ」


 アルトがそう言って宥めてくれたから良かったものの、あのまま睨まれていたらエレノアは漏らしていたに違いない。

 本当に危なかった。

 それにしても、とエレノアは思う。

 アルトが謀反に反対だったのはすでに仲良しだったから、ということなのだ。

 わたくしは本当に浅はかだった、とエレノアは後悔した。

 だってアルトは、少女を気軽に呼び捨てにしたのだから。

 まるで長年の友人のように。

 誰もが恐れる魔界の支配者、魔王ロザンナを。

 

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