9話 勇者はハイテンションガール


 どうして。

 どうしてこうなったのか。

 エレノアは泣きそうなのを我慢した。

 油断すると歯がガチガチと鳴ってしまう。

 現在、エレノアはロザンナと同じソファに座っている。

 3人掛けぐいらの大きさのソファで、真ん中にアルトが座っている。

 アルトの右手にロザンナ、左手にエレノアという位置関係。

 あまりにもロザンナと近すぎる。


(こ、怖いですアルト様!)


 エレノアはヘタレだった。

 普段は尊大な態度と偉そうな物言いでごまかしているが、エレノアは本質的にはヘタレなのだ。

 弱者にはとことん強く出られるが、強者の前でビビり散らかす性格なのだ。

 まぁ、エレノアより強い相手はそれほど多くないけれど。


(魔王と同席なんて嫌すぎるのです! 怖い! おうちに帰りたい!)


 余談だが、エレノアの家はこの巨大な城塞都市の中にある。

 城には住んでいない。


「なぁロザンナ、お前四天王にならねぇ?」

(アルト様っ!?)


 いきなりアルトがロザンナを格下げしようとした。

 アルトならロザンナにも勝てるだろうけど、戦闘になったら余波だけでエレノアは消し炭になってしまう。


「……え?」


 ロザンナが酷く困惑した表情を浮かべる。

 エレノアは冷や汗が止まらない。

 帰りたい。

 切実に家に帰りたい。


「ちょ、ちょっと困るかなぁ……」


 ロザンナは曖昧な感じで言った。


「そっか。まぁそうだよな」

「アルトだって、いきなり魔王になるか聞かれたら困るよね?」

「ああ、そりゃそうだな。俺は誰かの上に立つタイプじゃねぇんだよな」

「だよね。自称引きこもりだもんね」

「はっはっは! 自称ってか、人生の8割ぐらい引きこもってるぜ?」


 ああ、だから世界は平和なのか、とエレノアは思った。

 アルトがアウトドア派だったら、すでに世界は滅びているのではないかと思う。

 とはいえ。


(アルト様の人生の2割なら、普通にわたくしの全人生の7倍近く外に出ているわけですが)


 なんだか複雑な気持ちになったエレノアである。


「でも四天王はやってくれるよね? ぼくを助けてくれる約束だもんね?」

「そ、そうだな……」



 しまったなぁ。

 俺、そういやロザンナを助けてやる約束してたわ。

 けど、あの時はまさかロザンナが魔王軍に入るとは思ってなかったしなぁ。

 てゆーか別に四天王じゃなくても助けられる、と思うけど……。

 そんなことを考えていると、宙に浮いた四角い映像の中で、人間たち数名がジョージの前に立ちはだかった。

 どうやら、勇者一行が現れたようだ。

 エレノアとロザンナもそれに気付き、鋭い目で映像を注視している。


「勇者とその仲間か!?」


 ジョージが大きな声で言った。

 なんだよ、お前、勇者見たことなかったのかよ。

 俺もないけどさ。


「その通りだ! 貴様、名のある魔物と見た! 名乗れ!」


 騎士風の男が、剣をジョージに向けながら言った。

 こいつは間違いなく貴族だな。

 もう見た感じが貴族そのもの。

 たぶん特注なんだろうけど、白銀の騎士鎧に赤いマントを装備している。

 剣はたぶん聖剣の系統だな。

 正確な名称は分からないが、見た目で聖剣系だというのだけは理解できた。


「フハハハハ! ワシは魔王軍四天王が1人! 血塗れジョージ!」


 血塗れジョージ。

 血塗れジョージって。

 お前……なんだよその恥ずかしい二つ名。

 嬉しそうに名乗るなよ。

 ビックリしたじゃねぇか。

 だいたいお前、全然、血塗れじゃねぇじゃん。

 お前の毛並み、むしろ綺麗だっつーの。


「まさか四天王が直接……?」


 そう言ったのは、魔法使い系の女。

 とんがり帽子が特徴的。

 珍しい形の杖を装備している。

 市販の品じゃないな、あれは。

 たぶんそれなりに名のある杖なんだろうな、きっと。


「ここで打ち倒しましょう」


 凜とした声で言ったのは聖女だ。

 聖女は確か、神殿に所属していたはず。

 回復系が異常に得意だったと思う。

 ついでに言うと、アンデッドの大敵でもある。

 白くて綺麗な服を着ていて、こちらも杖を持っている。

 しかし魔法使いの杖と違って、カクカクしているというか、人工的な感じのする杖だ。


「おうよ!」


 武道家の男が拳を打ち合わせる。

 筋骨隆々の、まぁ見たまんま武道家だ。

 俺も昔、趣味で護身術をやったなぁ。

 まぁ、俺の場合、時間がたっぷりあったから剣術も魔法も何もかも、かじってんだけどな?

 全部かじっただけで、極めたりはしてないけど。


「勇者よ! 貴様の名も聞こう!」


 ジョージが楽しそうに言った。

 お前、勇者の名前も知らないのかよ。

 俺も知らないけどさ!

 俺以外はみんな、勇者のこと知ってる雰囲気だったじゃねーか!

 これ最悪、勇者の顔と名前知ってるのってアスタロトだけなんじゃねぇの?

 うん、なんかそんな気がしてきたぞ俺。


「うぇーい! はっじめましてぇ!」勇者らしき少女が言った。「モフモフしたいけど、あんた絶対させてくれないわよね!」


 妙にテンションの高い勇者らしき少女は、なんだかとっても楽しそうだった。


「……いや、ワシは名乗れと言ったんだが」


 ジョージがちょっと引いている。

 勇者のテンションがおかしいからだ。

 そして俺はちょっと冷や汗を流している。

 だって。

 俺、このハイテンションガールを知ってるんだよ。

 赤毛のツインテールに、勝ち気な瞳。

 見た目は美人と可愛いの中間ぐらい。

 服装はいわゆる戦闘服ってやつだな。

 胸の大きさは年齢相応。

 ちなみにこの勇者の年齢は17歳だ。

 俺は知っている。

 名前だって知ってる。


「あたしはニナ・ライネンよ!」


 そう!

 ニナだ!

 なんでお前が勇者なの?

 村人だったじゃん?

 俺の村の住人だったじゃん?

 2年前にいきなり「旅に出るねー! まーたーねー!」と村を飛び出したけれど。

 いやぁ、お前たまには手紙とか書けよと。

 弟が心配してたぞ。


 あ、姉が勇者だと知ったら余計に心配するか。

 ちなみに俺はライネン姉弟とはかなり仲が良い。

 2人が幼い頃、魔物に襲われていたところを俺が助けたのだ。

 それから懐いてくれて、村でこの2人が一番俺に献血してくれている。

 献血ってのは、俺に血をくれるって意味。


 俺はヴァンパイアだから、他者の血を定期的に飲む必要がある。

 まぁ、普段は人間と同じ食事を楽しんでいるけど、そっちは趣味みたいなもの。

 血を長く飲まなかったら、どうなるかって?

 まぁ死にはしない。

 魔力が減って体力も減って、なんか病人みたいになるから、俺はしっかり血を飲むけれど。


「その名前、覚えておこう!」


 ジョージが言った。

 俺の冷や汗がダラダラと止まらない。

 どうすんだよこの状況。

 勇者がニナだと色々複雑なんだが。

 普通にジョージを応援する予定だったのに、これじゃあジョージの応援はできない。

 俺はニナとは仲が良いんだ。

 むしろジョージとニナなら普通にニナ選ぶって話。


「今回の勇者は女なんだね」とロザンナ。

「なんだか頭が悪そうですね、アルト様」とエレノア。


「いやぁ、頭は悪くないんじゃないかな? ちょっとイカレてるだけで……」


 俺の冷や汗が少し落ち着いてきた。

 危うく冷や汗でソファがビショビショになるところだったぜ。


「うん。勇者は勇者ってだけでイカレてるね」

「ええ。その通りですロザンナ様」


 エレノアがヘコヘコと言った。

 んんん?

 さっき睨まれてビビってるのか?

 ってことは、やっぱロザンナはエレノアより強いんだな。


「気安くぼくの名を呼ぶな。ぶっ殺すよ?」

「ももももも、申し訳ありません!」


 ビクッとエレノアが身を縮めた。

 ビビりすぎだろ。

 さすがにロザンナだって本気で殺したりしないと思うけど。

 まぁでも。


「ロザンナ、エレノアは俺の同族だし子供なんだ。あまり脅してやるな」

「はーい。アルトがそう言うなら、気を付けるね」


 ロザンナが笑顔で言ったと同時に、映像の中で戦闘が始まった。

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