7話 俺の部屋のセキュリティを問いたい


「アルト様ぁぁぁ」グスン、とエレノア。「アルト様から見れば、わたくしなんて雑魚も雑魚でしょう……。そこのリッチと区別など付かないかもしれません。所詮わたくしたちは、アルト様から見たら有象無象……」


「いやそこまで言ってねぇ」


 なんで俺が悪口言ったみたいな雰囲気になってんの?

 どっちが強いか聞いただけじゃん?


「ですが! ですがアルト様!」エレノアが必死な様子で言う。「わたくしはヴァンパイアクイーンとなる者! 他のアンデッドに後れを取るなど! そんなことはありません!」


「へぇ、そうなんだ」


 ってことはこいつら弱いってことで確定じゃん!

 なんだよぉ、優しく話して損したぜ。


「……まぁ、そこのリッチに勝って旅団長になったのは、ここ10年ぐらいですが」


 エレノアがボソッと言った。

 めっちゃ最近じゃねぇか。

 とはいえ、子供の状態でリッチに勝ったということだ。

 俺が子供の頃はリッチには勝てなかった。

 やっぱクイーンになる者は違うなぁ。


「エレノア様は素晴らしい才能をお持ちです」リッチが言う。「まさにクイーンの中のクイーン。未だかつて、エレノア様ほどの器は見たことがありません」


「そうか」と俺。


 エレノアってそんなに凄いのか。

 じゃあ1000年後には俺より強くなってるな。

 とりあえず、現状の実力的には。

 俺>エレノア>リッチ>他の団員。

 って感じでいいのか?

 客観的に俺の戦闘能力を測ったのは数千年ぶりだけど、俺もちゃんとヴァンパイアなんだなぁって思った。

 いやぁ、俺ってば平均より弱かったから不安だったけど、ちゃんと大人のヴァンパイアの力があるってことだな。


「よし、じゃあ俺は部屋に……」

「待て、貴様本当に強いのか?」


 低い声でそう言いながら、オーガキング(ゾンビ)が前に出た。

 オーガキングは赤い肌に筋骨隆々で、簡素な鎧を装備している。

 全体的に、めっちゃデカい。

 俺の3倍はある。


「なんだと貴様!」


 エレノアが怒りを露わにし、攻撃態勢に入った。

 俺は手でエレノアを制する。


「俺様は弱い奴には従わん!」


 叫びながら、オーガキングが大きな斧を振り下ろし、地面を割った。

 旅団のみんなが慌てて距離を取った。

 リッチなどの浮いている系の奴はゆっくり後退。


「じゃあ、ちょっと試すか?」


 俺は強気で言った。

 俺は平和主義者だし、強い奴とは絶対に戦いたくないけど、こいつってエレノアより弱いんだろ?

 じゃあ、何の問題もない!


「おうよ!」


 オーガキングが大きな斧を構えた。


「くっ、こんな奴、アルト様が出るまでも……」

「いいから、任せろ」


 俺はエレノアを軽く押す。

 離れろ、という意味だ。

 それはちゃんと伝わって、エレノアが少し離れた。

 俺は『異次元ポケット』から『ミョルニル』と呼ばれる槌を取り出した。



 オーガキングは自分の言動を速攻で後悔した。

 なぜなら、アルトが伝説の武器であるミョルニルを出したから。

 それは槌の中では最強に近い武器だ。

 ミョルニルが発している強大な魔力を感じて、旅団の連中が震えている。

 あのエレノア様ですら、膝がガックンガックンしているじゃないか!


「よぉし、斧対決だ」とアルト。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」


 オーガキングは斧を投げ捨てて土下座した。

 ミョルニルを薪割り用の斧みたいに軽く持ってる相手に、勝てるはずがない。

 そもそもミョルニルは普通の奴には扱えないのだ。

 なぜなら、ミョルニルは常に焼けただれているから。

 特別な手袋を嵌めるか、そうでなければ極大な魔力で自らを守る必要がある。


 アルトは素手でミョルニルを握っている。

 焼け爛れたミョルニルに触れるだけで、そこらの魔物は消滅してしまう。

 そういうレベルの武器なのだ。

 それを、気軽に取り出し、気軽に構えたアルトがどれだけヤバい存在か、という話。

 下手したら魔王より強いかもしれない、とオーガキングは思った。


「……あ、ああ、いいさ?」


 アルトは少し戸惑ったように苦笑い。


「アルト様、アルト様!」エレノアが慌てて言う。「それを仕舞ってください! 焼ける焼ける! わたくしたち焼け死ぬっ!」


「え? ああ、悪い」


 言いながら、アルトがミョルニルを仕舞った。


「まぁでも、焼け死ぬは大袈裟だろ」アルトが笑う。「実は見た目ほど熱くねぇんだよ」


「いやいやいや、アルト様はそうでしょうけど!」


 エレノアが泣きそうな声で言った。



「今度こそ、俺は部屋に戻るから、お前らはテキトーに頑張れ」


 俺はヘラヘラと言った。

 よく分からないけど、オーガキング(ゾンビ)はずっと土下座している。


「アルト様の命令だぞ! 適切な訓練を死ぬ寸前まで行い! 練度と戦闘能力を高めるのだ! 始めろ!」


 エレノアが叫び、団員たちが訓練に戻った。

 うん、俺の発言が歪曲されている。

 むしろ修正されたと言った方が正しいのか?

 俺の言った「テキトーに頑張れ」はそのままの意味だったのだが。


「わたくしはお部屋までお供します」


 踵を返した俺の隣まで、タッと走ってきてエレノアが言った。

 うん、割と可愛いじゃないか、とか思っちゃった。

 俺たちは黙々と来た道を戻り、人々に挨拶したり、目を逸らされたり、そんな日常風景とともに部屋に戻った。


「エレノア、お前も自分の部屋に戻れ」

「!?」


 なぜか当然のように俺の部屋に入ろうとしたエレノアに、俺は淡々と言った。


「わたくしが、何か粗相を……?」

「いや、1人で休みたいだけだが?」

「そ、そうですか。分かりました。ではわたくしは、しばらく席を外します」


 エレノアはクルッと踵を返した。

 たぶん旅団の連中のところに行くのだろう。

 俺は部屋に入ってしっかりドアを閉め、大きく息を吐いた。

 いやぁ、今日は人生で一番よく分からない日だったなぁ。

 夕飯、食ったら早めに寝よう。

 そんなことを思いながら、俺はベッドへと向かう。

 そうすると、ベッドに誰か寝ていた。


 なんでだよっ!

 セキュリティとかどうなってんだよ!

 俺の部屋じゃなかったのかよ!

 限りない突っ込みが湧き出てるくるが、俺はひとまず深呼吸して、寝ている奴をよく観察した。


 黒髪ロングの少女で、年齢は15歳ぐらいに見えるけど、魔物なので実際の年齢は不明。

 ついでに種族も不明。

 服装はいわゆるゴスロリと呼ばれるもので、全体的に非常に暗い雰囲気の少女だ。

 陰鬱を身にまとったらこんな感じかなぁ、とか思っちゃった。

 体型は細身で、胸も小ぶりである。

 つーか、俺こいつ見たことあるな。


「ロザンナか!」


 俺が言うと、少女がパチッと目を開いた。


「おはようアルト、ぼくだよ」


 黒髪ロングの少女改め、ロザンナが目を擦りながら身体を起こした。


「お前、久しぶりだな。元気だったのか?」


 言いながら、俺はベッドを椅子代わりに腰掛ける。


「うん、眠いけど元気だよ」

「そっかそっか。ところでお前、この城にいるってことは魔王軍なのか?」


 俺の質問に、ロザンナがコクンと頷く。

 まぁロザンナ弱いから、どっかに所属して守ってもらうのがいい。


「本当、久しぶりだなぁ」俺は笑顔で言う。「俺に会いに来たんだよな?」


「そう。会いたかったよ」


 ロザンナが両手を広げた。

 ハグしよう、という意味だと思う。

 俺はベッドに上がって、1回ロザンナをギュッと抱き締める。

 背中をポンポンと叩く。

 ロザンナがギュウギュウと俺を締め付ける。


「ちょっと待て、お前、力強くなってね?」

「うん。この二百年で、力が増したと思う」

「そっか。良かったじゃないか。二百年前は人間に虐められてたもんな」


 俺はロザンナから離れ、再びベッドを椅子代わりに座る。

 ロザンナはかなり弱い魔物だったのか、人間に半殺しにされていた。

 で、俺が颯爽と助けたってわけ。

 いくら俺が平均より弱いヴァンパイアって言っても、普通の人間には負けない。


「あの時は本当に、ありがとうアルト。ぼく、死を覚悟してたんだぁ」

「ははっ、俺が散歩中で運が良かったな!」


 ちょっと久しぶりに海でも見に行こうって空飛んでたら、地上で人間数名がロザンナを殺そうとしている場面が見えたのだ。


「アルト、カッコよくて強くて、素敵だった」


「はっはー! そう言われると照れるな! って、ちょっと待て」俺は思い至った。「もしかして、魔王軍に入ってから俺のことみんなに話したか?」


「うん。世界最強のヴァンパイアって触れ回った」ロザンナが無邪気な笑顔で言った。「でも事実だから、いいでしょ?」


 お前かぁぁぁぁぁぁあ!!

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