6話 どいつもこいつも血気盛んで困る


「できればさぁ」ビビが言う。「魔王ちゃんが起きる前にぃ、勇者とか排除したいよね?」


「うむ。その通りであるな」とジョージが頷く。


「つきましては」アスタロトが微笑む。「四天王全員で勇者退治に向かって頂きたいと思います」


「え? マジで?」


 俺は思わず、反応してしまった。

 だって、魔王より強い(かもしれない)勇者と戦うとか嫌すぎる。


「アルト様」エレノアが神妙に言う。「もちろん、アルト様ならばお一人で余裕でしょう。勇者など赤子の手を捻るようなもの。分かっております。わざわざ皆で行かずとも、一人で十分であると、そういうことですね?」


「いや違……」

「それは面白い!」


 ジョージが大きな声を出したので、俺の否定の言葉が掻き消される。


「ワシも強さには自信がある! まずはワシに譲ってはくれんか!? お主はすでに最強と謳われておる! 今更、勇者の首などに執着はせぬだろう?」

「ああ。まったく執着がない。ジョージに譲ろう」


 やったぜ!

 俺は何もしなくて良いぞぉ!

 頑張れジョージ!

 俺はその間に後継者を探す。


「ふむ」アスタロトが思案顔で言う。「勇者を舐めない方がいいですが……まぁ、皆さんの士気も大事ですからねぇ。まずはジョージが挑み、敗北したら次はアルト殿に任せようか」


 なんで俺に任せるんだよ!?

 そこはみんなで行けよ!

 そういう話だったじゃん?

 エレノアのせい!?

 エレノアが余計なこと言ったら!?

 マジでいい加減にしないとお尻ペンペンするぞクソガキめ!

 言い訳、何か言い訳しないと!

 俺は1人で勇者と戦うなんて嫌だ。


「じゃあ、万が一、四天王最強のアルト君が負けたらぁ」ビビが言う。「その時はみんなで行こうね♪」


 キャンプ行くみたいなノリで言うんじゃねぇよ。

 俺は行きたくねぇよ。


「はい。ではそのように」アスタロトが言う。「今日はこれで解散としますが、四天王の皆さんは勇者を滅するまでは魔王城にいてくださいね?」


 マジかよ、会議終わったのに俺、自宅に帰れねぇの?

 でもまぁ、アスタロトに逆らうのもアレだし、頷いておく。

 残りの3人も頷いた。

 そういえば、種族不明のロロちゃんは何も喋らなかったな。

 相変わらず自分の尻尾をガジガジしている。

 最初に席を立ったのはビビとその連れだった。

 ビビは部屋を出る時、俺に投げキスをした。

 俺は笑顔を向ける。


「くっ、あの淫乱女王めが……」エレノアが悔しそうに言う。「わたくしの未来の旦那を寝取るつもりか……いつか殺す……」


「いや、落ち着けよ」


 正直な話、ヴァンパイアって俺とエレノアしかいないんだから、どう転んだって最後には俺とエレノアが結ばれるしかなくね?

 もちろん1000年ぐらいあとの話だけど。

 俺だってヴァンパイアが絶滅するのは嫌だからな。


「ではアルト殿、ゆっくりと過ごしてくださいね」


 アスタロトとその連れが部屋を出る。


「アルト殿、勇者はワシがズタズタに引き裂いてみせようぞ!」


 ワッハッハと笑いながらジョージとその連れが部屋を出た。


「……ロロの尻尾、食べたい?」

「いや、遠慮しとく」

「……そう」


 ロロとその連れが退室。

 俺とエレノアだけが会議室に残された。

 俺は深く大きな溜息を吐いた。


「アルト様、四天王がアルト様の足下にも及ばない連中で、残念に思うのは分かります」


 いや違う。

 お前は何も分かってないぞエレノア。

 色々と注意しようかと思ったけど、一旦、部屋に戻って休もう。

 疲れた。

 俺は席を立って、会議室を出る。


「アルト様、お部屋に戻る前に、旅団のみなに挨拶を頂けませんか?」


 俺の隣を歩きながらエレノアが言った。

 そっかぁ、俺ってばいつの間にか旅団持ってるんだったなぁ。


「旅団ってことは2000以上の人員がいるのか?」

「はいアルト様」


 ちなみに旅団というのは軍の編制単位の1つ。

 全世界共通ではないけれど、だいたいどこの国でも旅団と言えば2000人以上の編制を指す。


「わたくし、エレノアが旅団長を務めさせて頂いております」


 エレノアは少し自慢気に言った。

 おいおい、子供ヴァンパイアに団長を任せるとか、大丈夫かその旅団。


「ちなみに旅団名は『絶滅の旅団』です!」

「何を絶滅させる気だ!?」


 むしろ絶滅しそうなの俺らじゃね!?


「はっ! 我々ヴァンパイアに刃向かうあらゆる勢力を絶滅させようという意図を込めております!」


 いや、込めんな込めんな、そんな意図込めんなって。

 怖すぎるだろうが。

 エレノアって思想がちょっとヤバい気がするな。

 まぁでも、一夕一朝で思想や性格を変えるのは難しい。

 のんびり教育してやろう。

 1000年後に結婚するなら。


 ……面倒くさいなぁ。


 とはいえ放っておいたら……もっと酷くなりそうである。

 結婚するなら、結局困るのは俺ってことになるわけだ。

 しかしなぁ。

 種族の義務的な感じで結婚して、エレノアは幸せなのだろうか?

 そんなことを考えながら、俺はエレノアについて歩いた。

 城を出て、それなりの距離を歩いたけど、それでも城壁の内側である。

 広いなぁ、なんて思っていると、兵舎と訓練場が見えた。

 そして。

 旅団員たちが声を揃えて言うのよ。


「「お待ちしておりましたアルト様! 我々『絶滅の旅団』一同! いつでも謀反に参加できます!」」


 お前らもかぁぁぁ!

 謀反なんかしねぇよぉぉぉ!



 俺の最初の挨拶は、「謀反はしない」という断固たる意思を優しい言葉で投げかけることだった。

 なんで優しく言ったかって?

 だって怖いじゃん。

 アンデッド系の魔物を中心に組まれた旅団員たちは、普通に強そうだった。

 その上、数も多い。

 なんせ2000人である。


 数が一番の問題だな。

 種族的にはヴァンパイアの方がたぶん強いので、一対一なら俺でもなんとかなる。

 なると思う。

 ちなみに、ここは『絶滅の旅団』専用の訓練場で、隣には兵舎もある。

 2000人がズラッと並んでいる様子は圧巻である。


「まぁとにかく、魔王に勝つというのは難しいと思うんだ」


 それが一番の問題点。

 魔王って普通、めっちゃ強いからね?

 四天王やアスタロトが従ってるんだから、当たり前だけど。

 じゃあ勝てたら謀反を起こすのかって言うと、そんなことはないけど。

 俺は面倒なことが嫌いなんだよ。

 家で安楽椅子に揺られながらボケーっとしたい。

 村人とチェスでもしながら「今日はいい天気だね」とか言ってたい。


「貴様たちが軟弱だから!」エレノアが怒り心頭という風に言う。「アルト様が謀反を断念してしまったではないか! 貴様ら今日から訓練を倍に増やせ! 分かったか!」


「「はい旅団長!!」」


 団員たちは一糸乱れぬ敬礼とともに言った。

 めっちゃ訓練されてんなぁ。

 つーか、こいつらマジでエレノアに従ってるのか?

 だったら弱くね?

 いや、種族的にヴァンパイアってかなり強いんだけど、でもエレノアって子供だぞ?

 将来のクイーンとはいえ、今の実力って俺の拳骨で半泣きになる程度だぞ?

 うーん。

 俺は軽く宙に浮いて、俯瞰で団員たちを眺める。


 団員たちが俺を見上げる。

 動く骨スケルトン、腐った死体ゾンビ。

 ミイラ男にミイラ女、まとめてマミーって種族だったかな。

 首のない騎士デュラハンに、生き霊のレイス。

 そしてリッチ。

 リッチは種族的にはかなり強いはず。

 ヴァンパイアほどじゃないけど、今見た感じ、一番強い種族だと思う。

 俺はスッと地面に戻った。

 団員たちがゴクリと唾を飲んだ。


「一番強いのはそこのリッチか?」


 俺は最前列にいるリッチを見て言った。


「さすがアルト様!」エレノアが言う。「そやつが副旅団長であります!」


 リッチが小さく礼をした。


「エレノアとどっちが強いんだ?」


 俺が言うと、団員たちが驚愕の表情を浮かべた。

 リッチも驚いている。

 エレノアはなぜか泣きそうな表情を浮かべた。

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