3話 それは狼ではない
「今日は色々ありすぎてすっかり忘れてたぜ……危ねぇ」
俺はホッと息を吐いた。
ちなみに、会議に出たくないからテキトーぶっこいたわけじゃない。
今日は本当に予定があるのだ。
暗黒鳥やらエレノアの出現、実は俺が魔王軍の四天王だったとか本当に短時間で色々ありすぎなんだよ。
「どのような用事でしょうか?」エレノアが言う。「会議までまだ余裕があるので、終わらせてからでも、いいかと」
「そうか。じゃあ、とりあえず行くか」
俺が【ゲート】を使用する。
俺とエレノアの上下に魔法陣が出現し、次の瞬間には俺たちは空にいた。
よく晴れていて気持ちいい。
自由落下しながら、俺は用事を捜索する。
割と高い位置なので、村とその周辺が一望できる。
「あの、アルト様、何をするのですか?」
エレノアがフードを深く被って、ズレないように手で押さえている。
「狼の群れがな、村の近くに出没したらしいんだよ」
俺の用事はその狼たちを退治、もしくは遠くに追いやることだ。
「はぁ……狼ですか?」
エレノアは曖昧な感じで言った。
高貴なヴァンパイアが狼退治など……とか思ってそう。
「俺らには雑魚でも、人間には脅威なんだよ」
言いながらも、俺は狼たちを探していた。
そして、割とアッサリ見つかった。
白い狼の群れが森を走り回っている。
森の木よりデカい個体もいるので、よく目立つ。
「アレだエレノア」
俺は発見した狼たちを指さす。
エレノアが俺の指の先に視線を移し、そして驚愕の声を上げる。
「お、狼と言ってませんでしたか!?」
「どう見ても狼だろ?」
狼以外の何に見えると言うのか。
◇
フェンリルじゃね!?
エレノアはビビっていた。
あれ狼じゃなくてフェンリルじゃね!?
いきなり空中に放り出された瞬間も驚いたが、アルトが指さした狼を見て更に仰天した。
真っ白な体毛に、ギラギラと光る青い瞳、そして木と同じぐらいの巨体。
ここからでも感じる威圧感。
フェンリルは一匹だけでもかなり厄介な相手である。
エレノアも負けることはないが死闘を演じる可能性が高い。
そんな相手が群れでいるのだ。
魔王軍ですら、群れたフェンリルには安易に手を出したりしない。
「あ、あの、アルト様?」
「なんだ?」
「えっと、わたくしはその……戦力では、ないですよね?」
フェンリルの群れに突っ込むとか怖すぎる。
世界最強のヴァンパイアであるアルトなら問題ないだろうが、エレノアは死んでしまう。
「ああ。そこで見てろ」
アルトがアッサリそう言ったので、エレノアはホッと息を吐いて浮遊魔法を使用して滞空。
高みの見物なら得意だ。
「他の四天王は果たして、あの群れと戦えるだろうか?」
まぁ無理だろうな、とエレノアは思った。
四天王の中でもアルトの強さは別格である。
アルトがフェンリルの頭に着地。
正しくは、蹴りを入れたのだ。
それだけでフェンリルが一匹、戦闘不能になった。
他のフェンリルたちが敵であるアルトを認識し、大きく吠える。
「こわっ!」
一匹でも吠えたら大きな声なのに、それが群れで吠えたのだ。
凄まじい迫力である。
しかしアルトはどこ吹く風で「うるさいなぁ」と呟いていた。
フェンリルがアルトに噛み付こうと突進。
アルトはヒラリと身を躱し、横からフェンリルを殴りつける。
殴られたフェンリルが飛んで行った。
「……素手で倒す感じですか……さすがアルト様」
この世界に、フェンリルの群れを素手で撃退できる存在がどれほどいるだろうか。
アルトはフェンリルたちを次々と撃退していった。
「しかし殺してはいない……。ふむ……フェンリルごとき下等生物は殺すまでもないと? さすがアルト様」
フェンリルたちは弱々しく鳴きながら、村とは逆方向に走り出した。
アルトがしばらくフェンリルたちを追いかける。
エレノアも空を飛んで付いていった。
フェンリルたちはみんな泣いていた。
(怖いよぉぉぉ! 助けてぇぇ! ママぁぁ!)
という声が聞こえてきそうだった。
「まぁ、アルト様の領地に現れるとは実に運がないな」
アルトはしばらくフェンリルたちを追い回したあと、すっと立ち止まる。
「まぁこんなもんだな」
そしてうーんと背伸び。
エレノアはアルトの隣に着地した。
◇
「アルト様、本当にお強いですね」
エレノアがウンウンと頷きながら言った。
「そうか? 狼ぐらいなら、エレノアでも倒せると思うけどな」
俺は苦笑いした。
「……いえ、その、さっきのはフェンリルだったと思うのですが……」
エレノアが苦笑いを浮かべた。
意味が分からない。
「ああ。正しくはフェンリル狼だ」俺が言う。「狼の上位互換って感じの魔物だけど、要するに狼だ」
「あ、はい……そう、ですね……」
エレノアは煮え切らない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
「ま、とにかく用事は終わった。会議に行こうか」
気は進まないが仕方ない。
「では今度こそ」
エレノアが【ゲート】を使用し、景色が入れ替わる。
◇
俺たちは魔王城の外に転移した。
「でっか……」
俺は魔王城の外壁を見上げて言った。
城って言うか、城塞都市じゃねぇかこれ。
「申し訳ありませんアルト様」エレノアが言う。「魔王城には外からのあらゆる魔法を遮断する結界が張ってます故、城壁の外までしか移動できません」
「ああ。そうみたいだな」
結界が張ってあるのは見てすぐ分かった。
俺の家にも結界張ろうかな。
魔物が入れない結界とか。
って、それだと俺も入れねぇじゃん!
「では行きましょう」
エレノアが歩き始め、俺はそれに続いた。
エレノアは大きな城門を目指しているようだった。
まぁ、入るならそこだよなぁ。
少し歩いて城門前に到着。
中に入る者たちと外に出る者たちが割と多い。
人間みたいな魔物や、バリバリ魔物って見た目の奴や、植物みたいな奴や、まぁ色々な種族がいる。
だいたい全部見たことある。
実際にではなく、図鑑とかで。
長生きだから全ての種族に会ったことがあるだろうって?
まさかそんな。
俺は人生の8割ぐらいを引きこもって過ごしてるからな。
エレノアは入場者の列に並ばず、スタスタと警備員の方へと移動する。
もちろん俺もそれに続いた。
「エレノア様、お帰りなさいませ」
警備員が言った。
種族はラミア。
女性の上半身に蛇の下半身。
俺らヴァンパイアとの共通点は血を吸うってことだな。
「うむ」とエレノアが頷く。
警備のラミアが俺の方をジッと見る。
「こ、この恐ろしいお方が……」
ラミアはスッと目を逸らす。
ごめんね、悪人顔でごめんね!
でも俺、平和主義者だから心配無用だぞ!
「うむ。魔王軍四天王の1人にして! 我らヴァンパイアの新たなる始祖様! 最古のヴァンパイア、アルト様であるぞ!」
エレノアが堂々と小さな胸を張って言った。
周囲の連中が俺から少し距離をとった。
「頭が高いぞ貴様ら!」エレノアが叫ぶ。「アルト様の御前であるぞ! 即時! 跪き、額を地面に擦りつけよ!!」
周囲の連中は急いで言われた通りにする。
ズラッとみんなが俺に土下座しているのだ。
やべぇよぉ、やべぇよぉ、本当は弱いってバレたら絶対殺されるぞ俺。
そもそも本当に四天王なのかも怪しいってのに!
「ふん。言われねば跪くこともできんとは」
とてつもなく偉そうな様子でエレノアが言った。
虎の威を借る狐、もとい四天王の威を借る子供ヴァンパイア!
「頭をあげてくれ……」
俺は引きつった表情で言った。
「早く上げんか愚図どもが! アルト様の命令が聞こえんのか!」
「ちょっと黙ってろエレノア」
「はっ! 沈黙せよ! アルト様の素晴らしいお言葉を一文字たりとも聞き逃すな!」
いやお前が黙れって!
どんだけ偉そうにしてんだよお前は!
いやでも、クイーンやキングって偉そうだったな、確か。
周囲の連中は頭を上げて、ジッと俺を見ている。
その瞳には恐怖が宿っていた。
同時に、俺が何を言うのかワクワクしている様子も窺える。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
――後書き――
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