2話 俺は悪そうな見た目だけど、平和主義者だぞ
「いや、俺、見た目と違って弱いからな?」
俺は堂々と言った。
勘違いさせておくわけにも、いかないだろう?
こういうのは早めに誤解を解いた方がいい。
エレノアがポカーンと間抜けな表情を浮かべ、そして笑う。
「ご冗談を」
「いやマジで」
「ふむ。では少し失礼して……」
エレノアが立ち上がり、全身に魔力を巡らせた。
身体強化と呼ばれる魔力操作だ。
魔力を持った奴はだいたいみんな使う。
俺も当然、使える。
エレノアが一気に踏み込む。
その時の衝撃で床が割れた。
おおう……俺の家が……。
エレノアは座っている状態の俺に対して、一切の容赦なく右の拳で殴りかかった。
どういう教育受けてんだよ!
俺は自分の身体を霧にしてエレノアの攻撃を回避し、少し離れた位置で実体化。
「おぉ! それはヴァンパイアミスト! あらゆる攻撃を回避可能な超スキル!」エレノアが目をキラキラさせて言う。「さすが最古のヴァンパイアにして新たなる始祖様!」
「……いや、これはそんな凄くないぞ」
「はっはっは! 何を仰いますか! 2000年生きてやっと得られる超スキルではありませんか! 知る限り、キングであった父とあなた様だけですよ! そのスキルを得ていたのは!」
マジかよ。
昔はみんな使えたんだけどな……。
2000歳のヴァンパイアなんて珍しくもなかったし。
まぁでも、今は絶滅危惧種だから、存在そのものが珍しいのか、俺ら。
「更に行きますよアルト様! ご指導ご鞭撻のほどを!」
なぜか嬉しそうに、エレノアは俺に殴る蹴るの暴行を仕掛けてきた。
俺は全部ガードするか受け流す。
いや、好戦的すぎねぇか!?
まぁ、ヴァンパイアって好戦的な奴が多かったけどさ!
平和主義の俺の方が異質だったけどさ!
てゆーか、そんなんだから絶滅危惧種になるんだよっ!
平和に生きてたら死なないのに!
「わたくしの攻撃がっ! 1つもまともに当たらない! 素晴らしいです!」
言いながらも、エレノアは手を休めない。
てゆーか、俺がいくら平均より弱いと言ってもね?
君がクイーンになる者だとしてもね?
普通、子供には負けないよ?
どんな種族でも、大人の方が強いの当たり前じゃない?
なんで俺が強いみたいになってんの?
◇
エレノアは歓喜した。
自分より圧倒的に強い相手と出会ったのは本当に久しぶりなのだ。
旅団長であるエレノアは、旅団の中では一番強い。
当然だが、魔王軍では実力が全てなのだから。
このわたくしがっ!
まるで子供のようにあしらわれている!
アルトの実力は想像を絶するものだ。
アルトと2人なら、ヴァンパイアの黄金時代を作ることも夢ではない。
まぁ、まずはたくさん子供を産む必要があるけれど。
吸血行為によって増えたヴァンパイアは眷属に過ぎない。
あまり知られていないが、純血のヴァンパイアは人間たちと同じように交尾して子を産む。
まぁ、人間のように10ヶ月もかからないけれど。
ちなみに眷属は子を産むことができない。
連中はあくまで一代限りの似非ヴァンパイアである。
要するに、手駒に過ぎない。
「おい、そろそろいい加減に……」
アルトが引きつった表情で言ったが、エレノアは攻撃を止めなかった。
これほど綺麗に受けられ、流され、躱されると、とっても気持ちいい。
エレノアは変にハイになっていた。
「やめろって言ってんだろうが!」
ゴツン、とアルトの拳骨がエレノアの脳天に直撃した。
エレノアは床にベチャッと倒れ、目がチカチカして意識が飛びそうになった。
正直、死ぬかと思った。
そして思った。
やはりアルト様は魔王に相応しい、と。
絶対、絶対、どこかで謀反を起こしてアルト様を新たな魔王にしよう、と。
◇
「わ、悪い……」
やっちまったぁぁ!
ガキに拳骨かましてしまった。
だって、うぜぇんだもんよぉ!
俺は大人だから子供に負けたりしないよ?
でもね?
痛いんだよっ!
子供の攻撃でも、割と痛いんだぞ!
「さ、さすがアルトしゃ……様……ぐぬぬ、ダメージが……」
エレノアが立ち上がろうとして、そしてフラッと再び倒れ込む。
俺はサッとエレノアを支えた。
やっべぇ、手加減したつもりだったけど、子供にはかなり効いたみたいだ。
「あ、ありがとう、ございます(支えてくれて)……」
「ん? えっと、ああ、いいんだ?」
なんで感謝されたの俺。
拳骨しただけなんだが。
はっ!
もしやエレノア、叱ってくれる大人がいなかったのか?
そうだよな。
本当に俺たちが最後のヴァンパイアなら、エレノアの近くに大人はいないはずだ。
まぁ、いつからいないのかは分からないけれど。
「1人で立てるか?」
「いえ……申し訳ありませんが……もう少し支えてください……」
「ああ。悪かった。ちょっと加減が上手くできなかったみたいだ」
「いえそんな……わたくしが悪いのです……弱いわたくしが……」
最後の方、声が小さくてよく聞こえなかった。
ただ、自分が悪いと認めたところはちゃんと聞こえた。
ふむ。
素直ないい子である。
よし、他に大人がいないならば!
俺が保護者として!
……いや面倒だな……。
子供とか放っておいても育つよな?
俺とかそうだったし。
「アルト様」
「なんだ?」
「わたくしに、戦闘術を教えてください!」
いや、だからぁぁぁぁ!
俺は平均より弱いんだってばぁぁぁぁ!
エレノアの顔を覗き込むと、キラキラした瞳で俺を見上げていた。
そんな目で見ないでぇぇぇ!
俺は大人だから君より強かっただけなの!
エレノアの瞳はずっとキラキラしている。
はぁ……。
まぁいいか。
エレノアはクイーンになる者。
1000年もしたら、俺よりも強くなるだろう。
それまでならまぁ、適当にごまかしてもいい!
「分かった……教えよう」
「ありがとうございます!」
エレノアが俺に抱き付いた。
俺も抱き返し、頭を撫でてやる。
よしよし。
頭大丈夫?
あ、俺の拳骨のダメージって意味で。
「時にアルト様、そろそろ魔王城の方に移動したいと思いますので、準備のほどをお願いできますか?」
エレノアが俺から離れた。
もうダメージから回復したようだ。
「ああ、そうだったな」
行きたくねぇ。
しかし、行かないと粛正される可能性がある。
仕方ないな。
つか、本当に大丈夫か?
俺がいつの間にか四天王だったのは驚いたけど。
むしろ今でも半信半疑なんだけどな?
もし本当は弱いってバレたら、俺、殺されるんじゃねぇの?
しっかり準備しないとな。
俺はエレノアを連れて自宅の宝物庫へと移動した。
「す、すごい装備品の数々ですな……」
開いた口が塞がらない、という風にエレノアが言った。
自慢じゃないが、俺の宝物庫は一国の宝物庫に匹敵するほどの品々が置いてある。
俺は長生きだから、色々と拾ったり貰ったり買ったりしたのだ。
そう、1万年分のお宝ということ。
「ただでさえ最強のアルト様が……これらを装備したら、どうなってしまうのか……」
エレノアが妄想を口にした。
俺は最強じゃないし、平均より弱いんだけどな。
「装備を取りに来たわけじゃない」
「では何を?」とエレノア。
「お土産だ」と俺。
「お、お土産、ですか?」
「ああ。この石とか良さそうだな」
俺は『賢者の石』と呼ばれる石ころを手に取った。
魔王のご機嫌を取っておきたいのだ、俺は。
最悪、弱いとバレても殺されないようにな!
「石ですか? 宝石に見えますが?」
「まぁ見た目は綺麗だな」
賢者の石は透き通る青い色をしていて、綺麗なまん丸である。
「かなり価値がありそうですね」
「そうだったはず」
俺はあまり詳しく覚えてないけれど、錬金術で使う最高級の触媒だったはずだ。
魔王が錬金術に興味なかったら困るので、俺は他にもいくつかお土産を見繕った。
「よし、準備は万全だエレノア。行こう」
「はいアルト様」
エレノアが空間魔法【ゲート】を使用しようとして、俺は大切なことを思い出した。
「待った! 俺、今日は用事があったんだ!」
「ええっ!?」とエレノアが慌てて魔法を中断。
いや悪い悪い。
普通に忘れてたわ。
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