万年を生きる平和主義ヴァンパイア、いつの間にか世界最強に ~俺が魔王軍四天王で新たな始祖? 誰と間違ってんの?~

葉月双

1章

1話 さらば我が平穏の日々


 俺は安楽椅子をユラユラと揺らしながらワインを飲んでいた。

 今日も平和だなぁ、とか思いながら。

 しかし突然、大きな黒い鳥がベランダに通じるガラス戸を突き破って侵入した。


「魔物!? 勘弁しろよクソッタレ!」


 俺はワインをテーブルに置いてから立ち上がる。

 魔物は倒さなくてはいけない。

 なぜなら、そういう契約でこの村に住んでいるからだ。

 村を脅威から守る代わりに『時々でいいから誰か血を吸わせてね』という契約。


「ヴァンパイアのアルトか?」


 黒い鳥の魔物が言った。

 黒い鳥は普通の鴉を二回りぐらい大きくしたような感じで、見た目からして酷く邪悪。


「ああ」と俺が頷く。


「なんという邪悪な顔立ち……」


 黒い鳥が少し引いた様子で言った。


「うるせぇ! お前、初対面で酷いこと言うなよ! 泣くかと思ったぞ俺!」


 顔が邪悪というのは、よく言われるのだ。

 だから滅多に自宅からも出ない。

 俺の容姿は黒髪ロングに、金色の瞳。

 見た目の年齢は人間だと20歳前後。

 肌は白いが、まぁヴァンパイアはみんな白い。

 服装は燕尾服に黒いマント。

 マントの裏地は赤。

 白以外は邪道と呼ばれるタイを、あえてワインレッドにしているのがこだわり。

 自分ではそれほど見た目が悪いとは思っていない。

 自分補正かもしれないが。


「手紙だ」


 どこから出したのか、黒い鳥は右の羽で手紙を持っていた。

 羽で手紙って持てるんだなぁ。

 まぁ魔物なので、普通の鳥と同じように考えてはいけないけれど。


「手紙? 俺に?」

「うむ。ワシは郵便配達をこよなく愛する暗黒鳥」

「自己紹介どうも」


 俺は手紙を受け取った。


「では確かに渡したぞ、さらばだ!」


 暗黒鳥はぶち破って入ったガラス戸から外に出た。


「おい! 弁償していけ!」


 俺は叫んだが、暗黒鳥はすでに遙か彼方だった。

 なんて邪悪な野郎なんだ。

 許せねぇ。

 けど、まぁとりあえず手紙を読もう。

 俺は再び安楽椅子に腰掛け、ユラユラと揺れる。

 手紙を開封すると、宛名が『魔王軍四天王・最古のヴァンパイア・アルト様』になっていた。


「名前しか合ってねぇよ!」


 俺は危うく手紙を破り捨てるかと思ったね。

 ビックリするわぁ。

 宛名の時点で突っ込みどころしかないんだぜ?

 俺みたいな善良なヴァンパイアは他にいねぇぞ?

 なんだってそんな俺が魔王軍に入ってんだよ。

 しかも四天王?

 ないない。


 俺はヴァンパイアの中じゃ、平均よりちょっと弱い方だぞ。

 ヴァンパイアという種族そのものが割と強いから、この辺鄙な村の周辺に出る魔物には負けないけどさ。

 そんでもって最古のヴァンパイア?

 俺は確かに長生きだが、俺より年上のヴァンパイアも割といるだろ?


 同族とは2000年ぐらい会ってないから、何人ぐらい残っているのかは知らないけど。

 でもヴァンパイアはアンデットである。

 そう、寿命では死なないのだ。

 事故か、あるいは殺されない限り。

 つまり俺みたいな引きこもりは、ずっと生きられるってわけ。


「つーかこれ、別のアルト宛ての手紙じゃねぇの?」


 そう思いながらも一応、続きに目を通す。

 内容を要約すると、『魔王軍の幹部会議に参加せよ。不参加の場合は裏切ったと見なして粛正する』という趣旨だった。


「……いやいや、絶対これ別人宛の手紙だ! 俺は魔王軍に入ってねぇし!」


 しかしこの手紙が俺に届いてしまったということは、だ。

 本物のアルトさん、粛正されちゃうなきっと。

 だって会議があること、知らないわけだし。

 うん、仕方ないことだな。

 俺は手紙をテーブルに置いて、ワイングラスを手に取った。


 面倒ごとには関わらない。

 アルトさんは運が悪かったと思ってくれ。

 俺がワインに口を付けると、ベランダに小さな人影が降り立った。

 全身を黒いローブで包んでいて、頭にはフードを被っている。

 非常に小柄なので、人間だったら子供だな。


「マジかよ、今度は誰だよ……」


 俺はワイングラスをテーブルに置く。

 ベランダに降りた奴は、軽い足取りで室内に入った。

 不法侵入のはずだが、自宅のような気軽さで入って来た。

 そいつがフードを取って、俺をジッと見詰める。


 うん、この子、ヴァンパイアの子供だ。

 見た目は人間だと12歳ぐらいの少女。

 前下がりのボブカットで、綺麗な金髪。

 ルビーみたいな赤い瞳。

 おっと、赤い瞳ってことはクイーンになる者か。


 クイーンとは、単純に性能のいいヴァンパイアのこと。

 順当に成長すれば統率者になる。

 ちなみに普通のヴァンパイアは俺と同じ金色の瞳をしていて、キングやクイーンになる者は赤い瞳なのだ。


「……な、なんと邪悪な顔立ち……」


 少女が引きつった表情で言った。


「悪かったな!」


 俺は思わず叫んでしまった。


「あ、いえ、申し訳ありませんアルト様」


 少女がスッと片膝を突いた。

 んん?

 将来のクイーンがなんで普通のヴァンパイアの俺に跪いてんの?


「おい、ローブが汚れるぞ?」


 少女のローブはシンプルな装飾が施された高価な品だ。


「問題ありませんアルト様。始祖であるあなた様に跪くのは当然のこと」

「しそ? 香りのいい葉っぱのことか?」

「はっはっは! さすがは始祖様! ジョークも一流でありますな!」


 少女がわざとらしく笑った。

 いや、ジョークじゃなくて。


「つーか、お前、誰だ?」


「おっと、これは失礼しました」少女が言う。「わたくしはエレノア。キングの娘であり、最後の純粋な女性体であります」


「最後の?」

「はい。アルト様、あなたが最後の男性体です。故に、あなたが新たな始祖となるのです。わたくしと結婚してください。最古のヴァンパイア、アルト様」


 えええええええええええ!?

 俺は心の中で狼狽した。

 最後の男性体で、最古のヴァンパイア?

 嘘だろ?

 ドッキリって奴か?

 落ち着け俺。

 冷静に、冷静に。

 いきなり嘘吐き呼ばわりするのも気が引けるので、俺は一応、エレノアの言葉が事実だと仮定して話をすることに。


「お前……いや、エレノアと俺が結婚するしかないってことか? その、種族の存続的に」

「はいアルト様。わたくしのような小娘、万年を生きる偉大なるアルト様からすれば、不服も不服でありましょう……しかし、種族のためと思って了承していただければと思います」

「いや無理だろそれは! 何歳だよエレノア!」

「ちょうど300歳です」

「若っ! いや若すぎるって! 俺マジで万年生きてるからね!? 長生きだけが取り柄だからね!?」


 どんなロリコンだよ。

 マジで子供じゃないか。

 少なくとも、結婚するならあと1000年……いや、できれば1500年は待って欲しい。


「はっはっは! 魔王軍四天王であるアルト様の取り柄が長生きだけとか、それはないでしょう! 面白い冗談です!」

「ん? 俺が四天王って認識なのか?」

「ずっと四天王だったではありませんか。わたくし、あなた様の旅団を預かっておりますが?」


 んんんんんんんんっ!?

 俺はいつの間に旅団を作ったんだ!?

 これはもうズバッと言うべきだな。

 うん、言うべきだ。


「エレノア、人違いだ」

「はっはっは! そんなわけ、ないでしょう! ヴァンパイアはわたくしとアルト様しかいないのですから! 実に面白いですな!」


 確かに!

 え?

 俺って魔王軍四天王だったの?

 いつから?

 まったく記憶にございませんけれど?


「ささ、幹部会議に参りましょうアルト様。本日はお迎えに上がったのです。結婚の話も、もちろん真剣でありますが」


 うん、まぁ、種族の絶滅がかかってるからね。

 俺らが最後のヴァンパイアってのが事実なら。


「てか待って。俺、行かなきゃダメ?」

「ほう。ではアルト様、ついに立つのですね?」

「た、立つ?」


「今回の会議に出ないとは即ち、反旗を翻すという意味! 最古のヴァンパイアであるアルト様こそ真の魔王に相応しい! わたくしと2人で、ヴァンパイア全盛の時代を創り上げましょう! いざ! 魔王を打ち倒しましょうぞ!」


 ダメだこれ。

 行かないと俺、死ぬわ。

 魔王なんか勝てるわけないじゃん。

 俺、平均より弱いんだぞ?


――後書き――


本日3話まで更新します!

15時→2話

18時→3話

 

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