第2話
〈お客様番号112621〉
初めての風俗体験を思い返す。同じ曙町、羊羹色の建築から出てきたのは嘘偽りを感じさせない二十代のお姉さん。当時のあたしは今の客のようにされるがまま、赤子以来となる杏仁豆腐のような感触の乳房に埋もれた。友人達が綺麗事の恋愛を演じる傍ら、あたしは大人の黒く深い湖沼に片脚を掛けて善がっていた。事後は出口の手前にて、お姉さんの迷惑客話や好きなボーイズラブ漫画の話、学校の恋愛話を時間ギリギリまでして盛り上がった。その後は校内でも振り切ったように性欲を撒き散らす中、身体の繋がりは心の繋がりとなり、他人とのセックスの最中もお姉さんのことを考えた。それ程重大な体験をあたし達は商品として提供する。
さて時刻は六時五十分。二人目の相手は漆黒のロングヘアと吊り目をぶら下げる馴染みの常連客。「ああどうも」と言った感じで部屋まで肩を組んで歩き、扉を開けて間も無く二人は全裸となった。彼女との交わりによく利用される鏡の前へ寝そべり、もう一人が上へと乗る。分身を映しながら呻くあたしを彼女はヘラヘラと偉そうに操縦する。
彼女の鋭い手つきに防戦一方の体勢に甘んじる。筋肉の収縮運動は激しさを増し、血流は促進され、三十分コースなら仕方ないかとベッドに移ることを諦める。本日二回目の神経伝達物質の類が溢れてくる。あぁ死を感じる、死を感じる。
「エロス、タナトス、タルタロス」
生成された光景はまたも教室、しかし窓の外は前回とは異なる描写をしており、隣席には沖縄近海のように青みがかった髪色の女が居た。よく見れば、いや一瞥だろうとそれはあたし自身だと分かり、一言二言話した後に一人で廊下に出る。階段を五十段降りて進めば給水器の前に待ち人が居た。こちらはペロリと手を振りそのまま相手の左手へと結び目を作った。頬を赤らめ唇を歪めるのは、一時間半前に会ったばかりのあの少女だった。
「はい、お疲れさん」満足を掴み取った様子の彼女は今更触れること無く労いの言葉を掛ける。彼女は誰にも明かしていないこの能力を、新種の気違い行動と捉えてくれて何よりだ。この人間の過去は何度と無く見てきた訳だけど、あたしと共に過ごした青春時代にトリップしたのは今回が初めてだ。あの子との深い関係性が示唆されたのも今回が初。偶然を引き寄せる力は死へと向かう前兆だったりするのか。
「高校の時、二つ下の後輩と付き合っていた?」言うか言わないか迷って、結局胸に秘めることにした。確かめたところであたしやあの子の人生が改善されることは無いから。
あたしと目の前のこいつは高校時代から付き合っており、月一程度で遊びに出掛ける中こうしてバイト先に現れてくる。何処にそんな貯金があるのかと重複する不合理を伝えてみても、「面白いし気持ち良いから」と愚行をそれらしく正当化するしかない。要するにあたし達は金の絡むパートナーシップへ進化した訳だが、お互いにとって得なら喜んでと思い継続している。そんな彼女もプレイガールで数々の女を泣かせてきたらしいが、標的は直ぐ近くに存在したと。あの子は少し勘違いしていたみたいだ。
「アリス、最近調子はどう?糞客から首絞めプレイを要求されたりした?」既にジーパン姿に切り替えた彼女が脚を広げて尋ねる。時間内で享楽を最大化するコツを風俗嬢以上に体得している。
「そんな女居ないよ」
「まぁ気を付けな。アタシの大事な性的パートナーだから」
下らない会話を交わしながら、背中に張り手を打つように彼女を外へ追いやった。お姉さんのような理想像が偶像に思えるのは、あたしの接客を振り返っても分かることだった。
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