薄明光 前篇


 これは若く幼い、冒険譚ぼうけんたん

 

 三人の少年はいささかの息苦しさを感じる人生を送りながら、それでいてかすかな万能感の芽生めばえを各々おのおのが自覚する。小さな町で自転車を走らせる彼らは怖いものなし、無敵の小学生だった。

 

「恐怖の大王ってどんな奴なんだろ。タケちゃん倒せそう?」

 

 せ型で長身の少年が心配そうに相談するが、タケちゃんと呼ばれるわんぱくなガキ大将は「これがあれば楽勝」と余裕の表情を浮かべながら、玩具オモチャの拳銃をふところから取り出し笑っていた。

 一九九九年、平成中期にかろうとする初夏。携帯端末の普及率も低い時代に、どのような経路で噂が広まったのかも不明のまま「ノストラダムスの予言」が少年達の間で流行する。それはなかば常識として扱われ、多くの者が信じて疑わなかった。予言によると空から恐怖の大王が出現し人類が滅亡するらしい。

 

 それでも、少年達は無敵である。鉛玉なまりだまの代わりに爆竹ばくちくで音を鳴らすだけの、駄菓子屋だがしやで購入した小さな拳銃は彼らに圧倒的な安心感をもたらし、手に持てば誰にも負ける気がしなかった。

 さりとて無敵の三人組も、親には逆らえない。怖い者なしと思われた彼らでも、無慈悲むじひにゲームを没収ぼっしゅうされたり、施錠せじょうされ家からされるという事態をけるためには、大人の制定するルールを嫌々ながらも受け入れて生きるしかなかった。

 

「ねーボス、今日どうする? 何か面白そうなことない?」

 

 トモと呼ばれしたしまれている小柄こがらな少年が午後からの予定を〝ボス〟に丸投まるなげする。今しがた恐怖の大王に怯えタケちゃんを頼った少年が、その日たまたま〝ボスの日〟と決まっていた。

 

「デカい道路の方は行くなって父さんも母さんも言うしなぁ」

 

 ボスの両親のみならずタケちゃんの家庭環境もトモの家族も、小学校から西に一キロほど進んだ先にある国道への立ち入りを固く禁じる。遥か南の東京からおよそ三五〇キロかけて少年達の住む町までつながる国道四号線は、交通量が多く自転車移動に危険が伴う。少年達を心配しての措置そちに、彼らは不満を抱えていた。

 

「何か探すかー。でも、何かあったっけ……うーん」

 

 せ型のボスの少年は声に出しながら思い悩む。彼は特段とくだんひいでた能力を持つわけでもなく、勉強も運動も得意ではない。

 三人の少年達はローテーションで〝ボス〟を交代するという妙なシステムを採用しており、頭を抱えるボスは呑気のんきにお団子だんごの歌を口ずさむタケちゃんとトモが少しうらやましくなった。平成十一年に一世いっせい風靡ふうびした、軽快なタンゴのメロディの歌謡曲。

 

 海の向こうで生まれた有名な映画。線路に沿って歩きながら死体を探す登場人物と、少年達は年齢が近い。しかし、小学校を中心に半径一キロ程しか許されない行動圏内に駅は存在せず線路も見当たらない。まして死体などあるわけがなかった。

 

「ボス、どこ行くか決まった? 今日どうする?」

 

 お団子だんごの三兄弟の歌を口ずさむことにきたトモが、あらためてボスにたずねた。タケちゃんも、トモも、ボスも〝街〟ではなく〝町〟としか呼べない土地で〝何か〟を探す日々を送っている。


「山も学校も冒険終わったしなぁ、秘密基地も作ったし……」

 

 ボスは声に出し思考を整理しながら、ふと思い出す。密かに悪事をくわだてたこと、小学校の外部階段へ侵入を目論もくろみ、結局は忘れてしまっていたことを。やるなら今だ、とボスは思った。

 

「一回、小学校まで行こう! 屋上に行けるかもしれない!」

 

 ボスの号令ごうれいで三人は自転車にまたがり、ペダルを踏む足に力を込めた。何かを言い出す奴がいれば、きっと何か理由がある。そんな信頼関係が構築された三人は小学校を目指しひた走る。

 

「やっぱり入り口、乗り越えられるじゃん!」

 

 駄菓子屋だがしやに寄り水分補給を済ませた少年達は、びた鉄柵てつさくきしむ鎖や南京錠なんきんじょう易々やすやすと突破し、そろって前人未到ぜんじんみとうの地をむ。全身にまとわりつく暑さと湿気しっけ、甘い清涼飲料水の後味あとあじを舌に感じながら、三人は期待に胸を高鳴らせて階段を駆け上がった。

 

「上まで行ってもさぁ、入れなかったらどうする?」

 

 トモが不安げな面持ちでボスに問いかけると、タケちゃんが横から彼自身を含む全員に言い聞かせるように、大声で叫ぶ。

 

「絶対イケるって、楽勝楽勝!」

 

 それを見て力強くうなずくボスにも不安は微塵みじんもなかった。根拠は希薄きはくながらも漠然ばくぜんとした自信はある。自分達はもう背の低い園児ではないし、障害物は手足を使って登攀とうはんが可能、第一関門かんもんとして待ち受けていた鉄柵も難なく乗り越えた、問題など何もないはずだとボスはトモを鼓舞こぶし、一段飛ばしで階段を上る。

 その頭にはもはや「入れるか否か」という逡巡しゅんじゅんなど消え失せ屋上へ到達した後のことばかりを考えていた。怪物や宇宙人と遭遇そうぐうしたらどうしよう、さすがにないか、いや有り得ないとも言い切れない、どう戦うか、子供の頭で真剣に検討を続けた。

 

「三階まで来てるから、もうすぐだ!」

 

 頬をつたう汗の感触から、早鐘はやがねを打つ心臓の動きから〝命〟を実感しながら、少年達は老朽化ろうきゅうかの進んだ鉄骨てっこつ階段を突き進む。

 

「うわ、ウケる! カギもなんもねぇじゃん!」

 

 ボスは、想定していたよりもずっと頼りなく小さな門を雑に開き歴史的な一歩を踏み出す。



 遂に〝屋上〟へと到達。


 

 三人の少年は何気なにげなく顔を上げ、開けた大空に視線を移す。

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