遠野の弐 11-2 差し替え前 原文


 僕達は、採石場の戦いを分析していた。

 

「おかしい、って葵さんどういうことです? それにササヤキの言葉、大丈夫? 葵さん辛くない?」

「ありがとう谷丸ちゃん、私は平気」


 谷丸さんと佐原さんが何かを話し、沙苗さんはゴーストが映る画面をじっと見つめている。


「山下さん、これって……ゴーストやっぱ強いっすね」

「はい、沙苗さん。僕もそう思います」


 ゴーストは現状、浩平さん達の間で暗号コード「シー」と扱われている。

 由来は消失能力の「透明」つまり「クリア素材」からくる、頭文字。

 機関職員が撃つ攻撃の全てをクリアしてくるという意味もあるのかもしれない。


 ゴーストは浩平さんに対して、ノータイム打撃主体の一騎打ちへ持ち込んでいた。


「これじゃ、ササヤキとかいう爺さんがゴーストの思考読んでも間に合わないっすね」

「まさに、その通りです」


 カクトウのキネト動作ジェスチャーやエスパーの念動キネシスは、範囲や属性を問わず「実行しよう」と考えてから更に準備を必要とする。

 ドラゴンにしても然り、ゆえにササヤキを組み込んだ編成と相性が良い。


 しかし、ゴーストが使ってくる拳も蹴りもいちじるしくすきが少ない。

 思考から実行に移すまでの時間誤差タイムラグ予備動作スキルディレイも、ほぼゼロと言っていい。

 これは多分、一対一タイマンにスライドして標的を絞り、迷いが消えたことに起因する。


「私も分かりました、葵さんが言ってた意味! 確かにおかしい!」

「でしょ、敵かササヤキ、どちらかが決定的に変なの」


 相変わらず谷丸さんと佐原さんが何かを喋っている。

 僕が一瞬目を離した時、沙苗さんが大声をあげた。


「ダメっす浩平さん、あああああ!」


 何だ!?

 僕がほんのわずかな時間だけ谷丸さん達やササヤキ画面の方を見た間に、浩平さんとゴーストに何が起きた?


獄炎ナァロジャイミ手甲ダストァナで防げっからな。見え見えだよバカ』


 ゴーストが勝ち誇ったように浩平さんを煽る。

 一部始終を見ていた沙苗さんが説明してくれた。


 ドローンの映像によると、まず浩平さんは回し蹴りを打ち込む寸前にゴーストから死角となった位置の掌に焼夷手甲ファングイフリートを着用、沙苗さんいわく蹴りが当たろうが避けられようが間髪入れずに打撃に転じそうな動きに見えたらしい。


 ゴーストは右腕で上段回し蹴りを防御。この直前に一瞬妙な動きがあったと沙苗さんは証言。

 しかし、その動作は角度とタイミングから浩平さんには見えない。


 蹴りを防がれ払われた浩平さんは、そのままの勢いで身体を捻り焼夷手甲で拳を放つ。

 ただの打撃ではないことは撮影ドローンが計測する浩平さんの体温や脈拍を示す実測数値から、僕にも理解できた。

 画面に小さく、健康状態も表示されている。


 浩平さんが撃ったのは、獄炎ナァロジャイミ五段収斂発動クインティプル・ドライブである。

 単発よりも高い火力を有する代わりに体温が一気に五度上昇、しかも頭痛や負荷は体温が下がりきる二十分間……断続的に続く。

 

 ゴーストの腹部を狙った渾身の一撃は、防がれた。


 蹴りを受ける寸前の「妙な動作」の時点でゴーストもまた焼夷手甲ナプラムダストァナを装備。

 奇しくも、互いに目視できない一瞬の隙に同時着用。


 獄炎ナァロジャイミを放つ浩平さん、手甲ダストァナで受け止めるゴースト。

 結果、獄炎の威力は打ち消され浩平さんは反動の体温上昇と身体負荷だけをモロに食らう。



『終わりだな、金谷浩平』


 万事休すか。


『伝説の実行部隊も案外あっけな……』

「金谷隊長、承認を!」

「杉……山……」


 ゴーストが何かを言いかけていた所に、杉山陸佐が割って入った!?

 先刻まではササヤキの援護に徹していたはず!

 いつの間に、この距離を走って!?


『おう自衛官、テメエから先に焼け死ぬか?』

「金谷隊長、時間がない!」

「だが……」


 ゴーストの右手が燃える、ダメだ、離れてくれ!


『ごちゃごちゃうるせえんだよ。アグニ核熱掌ナビィキアント


 杉山陸佐が炎に包まれる、焔の中にうっすらと見える黒い人影、致死性の被害の中で最も長く苛烈な苦痛を味わうとされる、焼死へのカウントダウン!


 その時、杉山陸佐が燃えたままの右腕を浩平さんの目の前に突き出した!


 とっさに胸元へ手を入れ動く浩平さん、そして……叫ぶ。


「認証、金谷浩平!」


 懐から取り出したケースが音声と指紋、網膜による三重封印解除トリプル・アンロックでバラバラになる。

 中から出てきた一本の筒を掴み、浩平さんは杉山陸佐の腕に押し付けた。



 投薬だ。



「すまない、杉山。死なせるくらいならと……使わせてもらった」

「俺の方こそ、すまない。嫌なモノを使わせた」


 炎が消え、煙も晴れ、杉山陸佐の全身が変化する。

 

 赤い表皮、所々には赤い鱗、覚醒第二種特有の黒く巨大な爪と頭部から生える二本の角、覚醒第五種特有の大きな翼と一本の尾。


 併せ持つ力。


 第二種と第五種のあらゆる素養を万能併発させる、禁薬により強制的な覚醒を促したハイブリッド種族。

 それが、今の杉山八郎二等陸佐。


「ササヤキ、聞こえるか……杉山は十五秒しか戦えない。離脱や撤退の準備を」


 ササヤキ対、ドラゴン及びエスパーは膠着状態だ。

 二体の攻撃を決して受けず、かと言ってササヤキ側も有効打となり得る攻撃手段を持たず拮抗。

 カクトウが戦闘不能なままである点は、不幸中の幸いだった。


『んだよ、その姿は……ガッ!?』


 杉山陸佐の〝何か〟がゴーストに効いてる! もはや、ドローンでの撮影や処理が不可能なレベルの動きだ。


 高硬度で光沢を持つ鱗と何かが反応した結果だろうか、真っ赤な光、それにより生み出される軌跡、残像めいた眩くも儚い赤の燐光。


 その「赤」だけを辛うじてカメラが捉えることで、どうにか「杉山八郎が何らかの攻撃をした」という情報だけは認識できる。

 具体的に、どんな攻撃が行われているのか見当も付かない……いや、蹴り技か!?


「山下さん、今これ、蹴って距離詰めて、アッパーっす!すげー早いっすよこれ!」


 隣の沙苗さんが解説してくれて助かる。

 いつの間にか全員が、食い入るように杉山陸佐ピックアップの画面を見つめていた。


「アッパーで飛ばせる高さじゃないでしょう、これ」

「うわ、ゴーストかなり飛びましたね……」


 佐原さんと谷丸さんも思わず言葉を漏らす。

 下から上への打撃、それを受けゴーストは四メートル、五メートル、あるいはそれ以上の高さまで打ち上げられた。


「すご、星っすかこれ、すごいっす」

「私には花火のようにも見える」

「赤いですね、えーと、一つ二つ……七個っ!」


 空中に飛ばされたゴーストを狙って七つの「赤」が、かすかな時間差で連打された。

 それが拳なのか蹴りなのかまでは分からない。


 思うに、ゴーストを滞空させた杉山陸佐は高速で一撃を入れ、飛行した後に再び高速で一撃を入れ、更にまた急速離脱しては高く舞い急降下からの一撃、これらの動作を合計七度やってのけたように感じる。


 

 

 その間、体感およそ一秒。


 


 落下したゴーストは、地面に勢いよく叩きつけられた。


 


 着地した杉山八郎陸佐の翼が消滅。

 次いで角や尾、爪に鱗が消滅。

 真っ赤な皮膚の色が肌色に戻った杉山陸佐は、その場に倒れ込む。 


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