遠野の弐 11-3 差し替え前 原文
杉山陸佐が倒れてしまったが、勝敗は決した!
浩平さんは離脱を指示していたが、押し切れるのではないか?
僕は思わずガッツポーズしそうになる。
ササヤキの奴は上手くドラゴンとエスパーを足止めできているか、気になった。
「え、なんすかこれ! 爺さんやられてるっすよ!?」
「カクトウまで巻き添えに……あ、ドラゴンが!」
「わー、やめろやめろやめろドラゴン!やめてください白髪の私いい!」
ササヤキは足を凍らされ、もがきながら脱出を試みている。
あの十秒足らずで何があった!?
そして、ドラゴンが浩平さんに向かって手をかざした!
一緒に見ていた佐原さん、谷丸さん、沙苗さんの三人はドラゴンの意図を理解し狼狽している。
僕も、同じ気持ちだ。
『
『サナっちナイス〜、これで熱下がって調子戻ってもカナヤさんのお兄さん、うろちょろできないっすね』
浩平さんの足も、封じられた!
『助かった……谷丸。よくやったな』
『任せてくださいよ、謙一先輩っ!』
『そろそろ時間っすねカナヤさん、アレやるっすか?』
時間? 何をする気だ?
『そう……だな、沙苗は準備を』
指示を出したゴーストは、ササヤキ達が戦っていた方向を見て叫ぶ。
『佐原ぁ! 聞こえるか!? 手も足もぶった切って生やせ、さっさと起き上がれ!』
動きを封じられたササヤキ周辺の大地は一帯が凍っていた。
何となく、分かった。
攻撃を予測できたところで、桁違いの広範囲凍結を撃たれては走って逃げることなどできない。
それによりササヤキは沈んだ。
同じように、浩平さんも。
二人はそこから延びる氷に足を固められている。
ササヤキの近くでうずくまっていたカクトウまでもが巻き込まれて凍結しており、あろうことかゴーストはカクトウに四肢の切断を命じた。
「うっわ、ゴースト……サイテーですね」
「うん……あれは、カナヤ君ではない」
「つーか、あんだけやられたのに生きてんすね。そこがガチで驚きっす」
沙苗さんの言う通りだ。
ゴーストは地面に叩きつけられてからの起き上がり直後、派手に吐血していた。
察するに臓器や肋骨への深刻なダメージ。
にも関わらず、あんな大声を……
「あ、映らなくなりましたっ!」
「みんな、こっちの画面も!」
「テレビ、砂嵐の白黒ノイズっすね!あ、黒に!」
映像が乱れ、そこからの暗転。これは
中継ドローンが破壊されたか。
「わ、ガッタガタに」
「酔いそう、これ……」
「エスパーの仕業っすね」
二機のドローンが消失し、残った一機の撮影画面が激しく揺れて本体が落下した。
次の瞬間、エスパーによる自撮り視点のような映像になる。
彼女が他の二機を破壊し、無事なカメラを
『うぇ〜い……職員君、見ってる〜? ってやつっすね』
エスパーの煽り文句の後ろから、ゴーストがドローンをもぎ取る。
『なあ、どうせ安全な場所で眺めてんだろ? 金谷謙一。山下君にでも慰めてもらいながらよ』
いや、金谷さんは今この場にはいない。
慰め支えられるものなら、支えたいのに。
僕は胸の奥が苦しくなった。
『俺の目的は金谷浩平を殺すことじゃねえ、お前だ、金谷謙一。そして俺達は』
『謙一先輩、そろそろ時間がっ!』
『まずいっすよカナヤさん。あと、葵姐さんももう足生やしたから動けるみたいっす』
時間? まずい? 何が、あるんだ。
『だ、そうだ。亜空城塞に来い。今からでも昼でも今夜でも、いつでも良いぞ。来なかったら先に遠野対策機関やベンケイ、街の奴らを皆殺しにする』
そう言って、ゴーストは最後のドローンを破壊した。
*
またしても、空気が重くなる。
「みなさん、申し訳ありません。一時間……いえ、三十分で構いませんので一人で考えをまとめる時間をください」
無言で頷く三人に見送られ部屋を後にしたが、ふと思い立ち慌てて引き返す。
「谷丸さん、佐原さん! 伝えそびれていたことが」
「あ、山下さん……私、谷丸ちゃんとも話していたのだけど」
「山下さん、私達お願いがありますっ!」
やはりか、戻ってきて良かった。
「許可できません」
「内容も聞かずに……?」
「山下さーん、まだ私も葵さんも何も言ってなくないです?」
言わんとすることは、分かるつもりだ。
「杉山陸佐が使用していた薬品を使いたい、という内容と予想しました」
「そう、合ってます」
「お薬だったんですね、アレ」
きょとんとする谷丸さん。
僕は、口を滑らせてしまった。
「申し訳ありませんが絶対に許可できません、内容についても調べないでください。いつか、必ず納得の行く形で説明します」
「山下さんが、そこまで言うなら……」
「了解です。困らせちゃって……ごめんなさい」
「いえ、僕の方こそお力になれず……失礼します」
「お疲れさまです」
「何かあったら連絡してくださいね」
僕は再び部屋を出た。
金谷さんからは連絡が来るどころか、スマホの電源が切れているようである。
心配だ。
*
さっき佐原さん達とあんな話をしたせいだろうか。
それとも杉山陸佐の姿を見たせいか。
両方か。
両方が原因で、地下に向かう僕は金谷さんについてしまった嘘を思い出していた。
あれはまだ彼が転生してきて一週間も経たない、中学生然とした無邪気さを今より残していた頃。
「山下君、神話生物や怪異以外にもさ、人間や組織にもヤベえ物語あったんだよ。元の世界」
「興味深いですね、教えてください金谷さん」
しばらく金谷さんの話を静かに聞いた。
「ってわけ。前世にいた頃ならスマホで「日本生類」って四文字検索したら、記事や動画たくさん出たんだ」
「唾棄すべき組織ですね、話を聞くと」
スマホで何々という語句を打ち込めば記事が出る、当時から彼の口癖だった。
当然、この世界では「日本生類」と調べても何のウェブページも見当たらない。
「ダキすべき?」
「ああ……最悪な、という意味です」
「まあでも、良かったよ。この世界にはそういう……ダキすべき組織や酷い人間はいないみたいで」
「そうですね」
嘘である。
金谷さんが話してくれた前世の話、それに登場する組織よりも更に闇の深い団体が存在した。
かつて、この世界に蠢いていた。
僕自身も思い出したくない、考えたくもない、目を覆いたくなるような最悪を超える最悪の集団。
人の心を持たない
金谷さんの前世の話など、まだ生易しい方だった。
連中には崇高な目的も、やむにやまれぬ事情もなく「なんとなく、やれそうだから実験してみる」だけが理念であり研究動機。
その集団が活動する施設は最終的に、独身時代の谷丸秀一さんと仲間達が
施設で産まれ両親を切り刻まれた幼い杉山陸佐も、その際に谷丸秀一さんに救出された。
杉山陸佐を強制的に覚醒させたのは、その組織から押収された薬品。
数え切れない程の生命を搾取して造られる、そして命や健康を大きく削り取る禁薬。
人為的に調整された名残から杉山陸佐は適応できたが、あの薬品は本来であれば人が作っていいものでも誰かに使っていいものでもない。
*
着信、これは佐原さんか。
「もしもし、戻れず申し訳ありません。それと、やはりあの薬は」
『それはもう、大丈夫。話せない何かがあるんでしょう?』
「ええ、助かります」
『それでね、谷丸ちゃんやサナちゃんと話していたのだけど』
詮索しないでくれるのは正直ありがたい。
谷丸秀一さんが壊滅させた科学組織の全貌や所業を知れば、いくら冷静な佐原さんと言えども人間という種に絶望してしまいかねない。
彼女達には、苦難に満ちた人生の中でも出来る限り明るく生きて欲しい。
佐原さんが気付いた違和感は、白髪連中の〝精神〟の齟齬や脆弱性。
「それは、興味深いです」
『でしょ? 反撃に、繋がるかもしれない』
姿や「心」を真似された当人達しか気付き得なかったヒント。
それが何故起きたか、どう活かせるか考えるのは僕の仕事だ。
『あと……言ったら怒られたり呆れられたり、笑われてしまうかもしれないけれど』
「内容次第ですね。話してください、佐原さん」
三人はどうやら、お座敷様のために動きたいそうだ。
佐原さん達三人の申し出を、僕の権限でただちに承認した。
沙苗さんが発案したらしい。
僕の心配は杞憂だった。
大丈夫だ、彼女達は過酷な状況でも精一杯「出来る限り明るく」生きようとしている。
金谷さん、早く戻ってきてください。
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