6-3 差し替え前 原文


 謙一先輩、なんであんなことしたんだろう。

 聞こうかな今度。

 帰りの車でも、ちょっとかっこよくてびっくりした。


『谷丸や佐原は仲間だ。同じ立場でいたい』

 

 恥ずかしくてドキドキして、顔見れなくなった。

 でもやっぱ聞けない!聞けない!


『もしもし、どうかされましたか?』

「沼倉さん!謙一先輩はもう、収容セル戻ってる!?」

『金谷さんは現在、ササヤキに対しインタビューを』

「そうだった!戻ってきたら教えて!」


 五分おきに沼倉さんに聞いたけど、まだ続いてる。


「大丈夫かな、謙一先輩……」


 しばらくして呼び出し音が鳴った。


『金谷さんがお戻りになりました。お繋ぎしますか?』

「様子は?疲れてたり、辛そうだったりしない!?」


 カタカタカタ、とキーボを叩く音が受話器ごしに聞こえる。


『規則により金谷さんの詳細はお伝えできませんが』

「だよね、わかる」

『あ、少々お待ちください』


 また、激しくキーボードに文字を打ち込む音。


『監視職員いわく、金谷さんは現在ベッドでうつ伏せ状態になり足を激しく上下に振っている、とのことです』


 いや、どういう状況!?

 あーわかった。

 収容違反の手がかりが掴めたりしたんだ!


「ありがとう!元気そうでよかった!」

『はい。ですが、申し訳ありませんが、この件は』

「わかってるわかってる!絶対、謙一先輩には内緒!」

『ありがとうございます』

「もう三十分くらいしたら、取り次ぎお願いするかも」

『かしこまりました、では失礼いたします』


 トークアプリでもスマホの電話でもいいんだけど、記録職員の負担になっちゃうしね。

 収容セルにいる時は、ちゃんと白い電話!

 私は「待て」ができる女。

 大人の女。

 本当はすぐにでも話したかったけど、がっつかない。

 謙一先輩にも一人の時間が必要だから!



『申し訳ありません』

「何で!?もう二時間も経ってるんだけど!」

『はい、ですので、その間ずっと……』

「相手は誰!?」

『規則により、申し上げられません』


 謙一先輩は、ずっと誰かと通話中だった。


『ねえ、沼倉さんウソついてない!?』

「いえ決して、そのようなことは」


 また、キーボードの音。


「おかしいでしょいくらなんでも!ずっと!」

『確かに、長いですね。心中お察しします』


 さっきよりもっと早く、連続したキーボードの音。


「ねえ、みんなで協力して私を謙一先輩に近付けないようにしてる!?謙一先輩、何か言ってたの!?」

『谷丸さん、ボックスを』


 ガタン、と壁から音がしてフタが開く。

 中からは一枚の紙。


 何回かだけ見たことある、偽造や加工防止の処理がしてある機関の公式フォーマット書類。

 全面にびっしり、白い受話器を握りしめる謙一先輩の写真が十五分おきに何枚も時刻付きで印刷されていた。

 下の方には沼倉さんの直筆署名と捺印。


「ごめん、沼倉さん疑って」

『いいえ、とんでもない』

「寝よっかな」

『その方がよろしいかと、お疲れと存じますので』


 や、待って!まだ寝れない!!


「沼倉さん、相手の!性別だけでも!!」

『金谷さんがお話している相手は、男性ですね』


 なら、とりあえずはいっか。

 私はベッドに向かった。

 でも、ほとんど寝れなかった。



「谷丸お前それ、スカート短過ぎだろ」

「これですかー?」

「わ、バカやめろ!?」


 謙一先輩は顔を真っ赤にして目をそむけて、おそるおそる私に視線を戻す。


「ああ、びっくりした。そんなめくり方すんなよ!」

「スカートじゃなくてパーカー!下はショートパンツでーす!」


 先輩の大好きな推し、赤髪の動画配信者の女。

 あの女の服装に寄せて黒いパーカーを着てみた。

 さすがに水着までは着ないけど!

 

「ところで、部屋の食器やIHってあれ料理用?」

「ですです!今のうちに練習しておかないと、って!」

「ほう」

 

 謙一先輩と一緒にエレベーターを目指して歩く。

 まずは、佐原さんのお見舞い!


「えらいな谷丸は。俺も始めてみるか」

「私からも、しつもーん!ササヤキ、どうでした?」


 本当なら聞きにくい内容だったけど、きっと悪い結果ではなかったと私は分かってる。

 足バタ事件を知っておいて良かった!


「それ!それなんだけど!やってやったよ!」

「聞きたい聞きたい!」


 家族のことが分からなかったのは残念だけど、きっと時間の問題。

 目を輝かせながら物量作戦を話す謙一先輩を見て、私までワクワクしてくる!


「着いたな」

「ですね」


 機関の三条館四階。

 以前は建築資料の学校だったみたいだけど、今はフロア全部が機関職員の監視や管理、医療施設になってる。

 

「金谷君に谷丸ちゃん、どうしたの!?」


 葵さんは、意外と元気そう!



「ごめんね、私だけ」

「気にすんなよ」

「そうですよ!助け合い助け合い!」


「報告は少しだけ聞いてたけど、無事でよかった」

「佐原もな。元気そうでよかったよ」

「手ぶらで申し訳ないですー」


 それでもやっぱり、たまに辛そうな顔をしてる。


「私一人だけ……恥ずかしいし情けない」

「石膏像の時は佐原一番、活躍してたろ」

「緋の鳥の時も佐原さんいないと全滅でしたから!」


「そう……かな」

「そうだよバランスだバランス。ヒノトリ?ってのは知らんけど」

「そっか、今の謙一先輩は分からないかー」


「少し、元気出た。ありがとね」

「しっかり治して、また頼むぞ!」

「明日から、またがんばりましょう!」


「「そういえば」」


 謙一先輩と葵さんがハモった。


「いいよ、金谷君から」

「ありがとう。その、ヒノトリってどんな奴なんだ?」

「あー、かなーり長くなりますねー」


「資料も見ながらじゃないと分かりにくいかも」

「なら、また今度でいいかな」

「葵さんは何聞こうとしたんです?」


 葵さんが私と謙一先輩の顔を交互に見つめる。

 

「結局、どうやってササヤキを倒したの?」


 謙一先輩が思わず固まってしまった。

 わかる。

 どこから話そう、どう話そう、あの部分をどう説明しよう、そう思うと私も照れくさくなってきた。

 私も謙一先輩も、言葉がつまる。



 困った。


 

「本人の意思で降伏、としか聞いてなくて……」


 どうしよう、どうしよう、そうだ!


「じ、実は弱点あって!たくさんの人で囲むんです!」

「そう、それ!ササヤキは対象選択ができなくて」

「対象選択って、読心能力の?」


「です!だから、包囲職員みんなで詰める感じ!」

「人数多いと頭割れるくらい痛むらしい!」

「思考流入の情報過多、ってことね」


 私のアドリブに、謙一先輩も合わせていた。

 笑顔で納得する葵さんを見ると、罪悪感で胸がチクリと痛む。


 でも!恥ずかしいし!


 そんな小さな嘘をついて、私と謙一先輩は病室を出てエレベーターヘと歩き出した。

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