3-3 差し替え前 原文
「許可が降りるか、なんとも言えませんね」
「戦闘訓練に許可いるの?」
「先に少し、長話聞いてもらえます?」
山下君は、語り始める。
「生物アノマリーで会話可能な個体がいるんですよね」
「わかる」
「今まで普通に対応していた職員が、ある日いきなり対話を拒否されました」
「うん」
「調べにより、その個体は処女の女性としかコミュニケーションをとらないと判明したんです」
「ツノ馬か」
「知ってたんですか!?」
俺は前世の話とユニコーンという名前を伝える。
「すごいですね、元の世界……!」
「俺にとっては当たり前の知識で……」
「長年かけて解明されたことですよ!?」
「そう、かな。ごめん腰折って……続けて」
「はい。えーと、小切手のような非生物アノマリーはありました?」
「ありそうっちゃありそうだけど聞いたことないかも」
「保有資産が米国ドル換算で十ドル未満の人間が書き込まないと効力を持たないんです」
「なる……ほど?」
「記入上限は百ドルまで、それ以上は無効」
「何となく、縛りや効果が読めた」
「はい、記入者の在住国通貨でレート換算された指定額が……記入から二十四時間後に本人の元に届きます」
「差出人不明の封筒や小包みの形で、どこからともなく突然、ってね」
「ですです!」
ありそうな話だった。
もっと細かい話をするなら、一度記入したら不思議な小切手はもう使えないなんて規定もあるのかも。
家族や友人に資産を預けて調整するのも禁止、とか。
たくさん読んできた物語。
財団が管理収容するアノマリー以外にも、妖怪や神話にだってルールや弱点を持つものがいる。
この世界も、きっとそう。
「そこにきて、金谷さんの能力に戻ります」
「ん、繋がるの?」
「ツノ馬にとっての処女性、小切手から見た総資産、そんな縛りも含めて不明なんです」
「あー……」
やっと腑に落ちた。禁煙が困ると言われたことも。
能力発動のために再現性を高める目的。
どの行動が関与しているかが分からない。
「最初に発現した時と」
「なるべく同じ状態を保つ、って話ね」
「そうです!」
そうは言っても、内面の人格が全然違う。
「かなりの変化では?能力が発現した時と比べると」
「確かに!盲点でした!」
「なら、良いんじゃないかな戦闘訓練」
「上に相談してみますね」
「焼おにぎりしか食べれないのも、ルールの一つ?」
「そうなんですよ……」
「早めに!相談して!それかなるべく外連れ出して!」
「はい!」
*
すぐに訓練を受けることが無理でも、佐原や谷丸の活動を見学して動きを知るのは連携に有効かもしれない。
そんな山下君の提案で、俺は戦闘訓練室に来た。
「金谷君だ、珍しい」
「おっとぉ!葵さん油断してますねー!?」
「効かなーい」
「むぅ……」
昨日も一昨日もあんなに戦えていたのに、二人は一時間以上も訓練を続けている。
俺もやりだしたらあれに混ざるのか、と考えたらやっぱりやめたくなってきた。
「これ好き!先輩記憶戻ったんですか!?」
「お、金谷君気が効くね。ありがと」
「好みは山下君が教えてくれた」
汗を拭く二人に飲み物を手渡す。
黒い長髪をポニーテールにした佐原は缶を一気に飲み干して、谷丸の明るい金髪は少し濡れて茶髪みたいな色合いになってる。
*
「謙一せんぱーい、どうでした?訓練!」
「元気ねー谷丸ちゃん」
「えーと……谷丸すごく、動きが洗練されてるよな」
「でしょー!自信あるんですよー!」
「すみませんね私は細やかじゃなくて」
「いや、佐原も大雑把だけど力強かったよ」
「先輩それフォローになってないですよ〜」
「谷丸ちゃんでれっでれの顔しちゃって、だらしない」
「はぁ!?してませんけど!してませーん!」
「あ、戻った」
「よわよわ先輩に褒められても、響きませんからー!」
「なら、そういうことにしとくけど」
「葵さんゴリラ判定受けて怒ってるんですかー?」
「あ!?」
二人で勝手に盛り上がっていて、会話に入れない。
途中の谷丸は確かに、ほころび緩みきったニヤけ面。
不覚にも少し可愛いと思った。
「待て!俺はゴリラ扱いなんかしてない!」
「当たり前でしょ!」
「ゴリラより葵さんの方、強いですもんね!」
「谷丸お前いい加減にしろって!」
「谷丸ちゃーん?」
「……そ、そういえば謙一先輩に聞きたかったんですけど」
バツが悪そうに、谷丸が話題を逸らした。
「エンチャントファイア、ってなんです?」
「何それ私も気になる」
「待て、なんでもない!それはもういい!」
「あー、葵さん聞こえてなかったかぁ」
「うん、初耳!」
「いいって!いいから!やめろ谷丸!」
「昨日、蜘蛛燃やしたじゃないですか」
「私が金谷君投げた後にね」
「頼む!やめて!」
「エンチャントファイア先輩はちょっと黙っててくださーい」
「続き続き、はよはよ」
「佐原ふざけんなよお前!谷丸も!」
どうしよう、すごく恥ずかしい。
一時の勢いで出た言葉なのに。
というか、勝利の決め手になった功労者をこの擦り方するの酷すぎないか!?
二人にいじり倒され、うんざりした俺は収容セルに戻った。
*
忘れよう!
恥ずかしい思い出も、戦いもカガヤキも、数時間だけ忘れよう!
夕食は済ませた、シャワーを浴びて身を清めた。
後は、推しの配信の時間だ!!!
『え、えぇ〜……今日、全然普通の雑談配信だけどぉ』
『ちょ、ほんとに†ヤケイチ†大丈夫?お金大丈夫!?』
『なんなのぉ〜、†ヤケイチ†石油王かなにかなの!?』
『ちょっとおお!もういいいよぅ!もう、いいです!』
高額過ぎる課金連打はかえって推しを戸惑わせたり、怖がらせてしまうと学んだ。
気の効いたコメントが思い付かなかったから無言で投げ銭したのもダメだったのかも。
明日から気を付けよう!!
気付きを得てすっきりしていたら、白い受話器からけたたましい音が鳴り響く。
「金谷さん、いきなりすみません!」
「山下君ごめん今は無理!」
「推しの配信ですか?」
「そう!十五分くらい後にかけ直して!」
「どうせ今スパチャ読みの時間ですよね?」
「大事なとこ!どうせって何だよ!?」
「本編終わってますよね!?」
「そうだけども!」
「配信アーカイブで我慢できませんか?」
「ダメだ!エンディングまで見届けたい!」
恥ずかしかったけど押し通す。
譲れない!嫌だ!!
「真剣な話です、人類滅亡の危機です」
ガコン、と音がしてボックスのフタが開く。
俺は配信をすぐに閉じ、チョーカーを首に巻いた。
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