3-1 差し替え前 原文
興奮状態で何を話せばいいか分からない。
「金谷君、すごかったね今日」
「謙一先輩かっこよかったです!」
「佐原や谷丸は、家族と会うの?そもそも、居るの?」
なんだか、空気読めない奴みたいになった。
何の脈絡もなく変な話題ぶっこんでしまった。
射出前の佐原の言葉、お母さんもおじいちゃんもという部分が無意識に引っかかっていたのかもしれない。
「あ、うん。ごめん……」
「普通に会いますよー」
「そっか」
「ちょっと、谷丸ちゃん!」
「あ、そうだ謙一先輩の家族……」
「気にしなくていいよ」
「ごめんね、金谷君」
「すみません、私」
「いや、大丈夫」
変な誤解を受けて気を遣われた。
けど、そうじゃない。
この世界の家族。
この体の、元の金谷謙一の家族。
それも大事かもしれない。
でも気がかりなのは俺がいた世界の方だ。
父さんや母さん、兄ちゃんが恋しい。
「お疲れさまです、後は処理班が担当します」
後ろから見守っていた山下君が口を開く。
いつの間にか夕暮れになっていた。
「山下さん、私と谷丸ちゃん帰るの少し遅れていいですか?」
「葵さんと前から行く約束してたお店あったんですよー」
「問題ありません」
「あ、佐原」
「どうしたの?金谷君」
「私、先に車乗ってますねー!」
「僕も先に報告書をまとめておきます」
「いや、たいしたことじゃないんだけど」
ビジネスバッグから大切そうに取り出す眼鏡ケース。
戦闘中つけてなかったことを考えると、おしゃれ用のだてメガネか何かか?
「プライベートでは眼鏡なんだ、と思って」
「うん」
「なんか佐原に、にあってるね。それ」
「どうも」
谷丸が黒塗りのワゴン車から佐原を呼ぶ。
俺も山下君の乗るバンのドアを開いた。
「金谷さんもどっか寄ります?」
「無理無理!死ぬかと思った!」
「ですよね、冗談です。お疲れさまでした」
「マジで疲れた」
山下君が、エンジンをかける。
「聞きたいこと大量にあったのに頭回んないなぁ」
「ゆっくり、思いついた順で大丈夫ですよ」
何せまだ、二日目だ。
二十四時間すら経っていない。
「……そうだ、なんで本部が岩手なの?」
「第二次大戦後、日本にとって最初の脅威と最大の協力者」
「うん」
「その両方が岩手県遠野市で出現したからですね」
「そんで、どうなったの?」
「脅威は無力化、協力者は今も機関のトップです」
「だから名前に遠野ってついてるのかぁ」
「あくまで日本支部の名称になります」
「機関のさ、トップお年寄り過ぎん!?」
「人じゃないんですよ、そもそも」
「どんな奴なの?」
「詳しく話すこと、本当は禁じられてるんですけど」
「うん」
「因果律や運命に干渉したり、富を増やす怪異の一種です。少女の姿をしています」
「座敷童みたいだ」
山下君が思わず急ブレーキを踏んだ。
目に見えて動揺している。
「どこでその名前を!?」
*
「なるほど、前世の知識……ですか」
俺は山下君に遠野物語や座敷童、妖怪について説明した。
俺にとっては当たり前の伝承や民話。
その多くがこの世界には存在しない。
組織の正式名称は遠野対策機関、リーダーは「お座敷様」と呼ばれているらしい。
「特徴がほぼ一致しますね、遠野物語や日本民謡、ヨウカイ?とかいうものと」
「そういえば……」
「はい」
「あの二人何であんな強いの?佐原と谷丸」
「……生い立ちが特殊なんです」
「明らかに人じゃないよな?」
「ですね」
「それに、何かやらかして捕まった感じでもなさそう」
「順番に話します。まず、こちらの資料を」
山下君が車を運転しながらノートパソコンを操作。
次の瞬間、俺のスマホに通知が届く。
『佐原葵 第二種混成 特定環境下において頭部に二本の突起が発現
定命種 高い膂力、身体能力、自己回復治癒能力』
『谷丸夏奈 第五種
長命種 敏捷性、総合能力が高く治癒力は低い』
多分これは、鬼と竜。
「佐原はハーフ、谷丸はクォーターってこと?」
「ですです。怪異や混血は、保護年から二十年間は機関の管理下に置かれます」
「なら、やらかしとは違うのか。俺は?」
「金谷さんの場合もうちょっと複雑なんですよ」
「何かに巻き込まれた、みたいな話?」
「はい。どちらかと言うと金谷さんは被害者です」
気になるところで機関に着いた。
「どうします?僕は何時間でも大丈夫ですけど」
「んー、明日また会える?」
「はい!」
「なら今日は収容セル戻ろうかな」
「エレベーター操作、大丈夫ですか?」
「そうだ、教えてもらわないと!」
車から降りてエレベーターに乗る。
山下君は①②③を二回ずつ同時押し。
その後①、①、②と順にボタンを叩いた。
「ひふみ、ひふみ、ひひふ、って覚えてください」
「この、途中でエレベーターしばらく止まるのは?」
「内部で隔壁を開いてる処理ですね」
収容セルのある地下深くから地上に戻る時は①、②、③、④と順に押してから間髪入れずまた①、②、③、④を押すらしい。
ひふみよ、ひふみよ、だ。
「僕はこれで失礼します。戦闘、お疲れさまでした!」
「ありがとう!」
*
「なあ山下君!何これ!?すごい!使っていいの!?」
シャワーを浴びてスウェットに着替えた俺は、スマホを片手に白い受話器で山下君に確認をとっていた。
「当たり前じゃないですか、金谷さんのお金ですから」
「マジか……わかったまた後で!」
最初は、誤タップだった。
漫画アプリのポイント購入、誤タップというか試しに一万円分、押して指紋認証を試してみた。好奇心。
ちゃりん、という小気味良い音に喜びながら、でも怖くなって山下君に謝ろうとした。
使用上限は五百万円近く!?
やべえ!!!
ゲーム課金もポイント購入も、父さんに頼まないとできなかったのに!
そうだ!!アレができる!!!
『あ、あー……聞こえてぇ、おりますでしょうか〜?』
キミチューブのアプリを開く!!
推しの配信!!!
インターネットの動画配信では、配信者に直接お金を送る投げ銭という支援方法がある。
スーパーチャージ機能、略してスパチャ。
転生前、高額の赤スパチャは父さんに禁止されてた。
今なら……できる!!
『†ヤケイチ†赤スパありがとぅ〜!』
推しから初めて名前呼んでもらった!!
俺の推し活ネーム!!!
そこから二時間、投げ銭デビューを楽しみ続けた。
配信が終わってからもゲームアプリを入れ直して、課金の力で無双する。
ガチャ……引き放題だ!!
ふと、我に返った。
「楽しい、けど」
「止めたり怒ってくれる人、いないんだな」
「叱ってくれる父さんも、兄ちゃんも」
日付が変わる頃、急に込み上げた寂しさから電気を消して横になる。
何分経ったのか、夢の中か幻聴なのか。
――会いたい?家族に。帰りたい?
声が、聞こえた。
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