2-1 差し替え前 原文
翌朝の九時。
セットしてないのに鳴るスマホアラーム。
その音で、俺は起きた。
「やっぱ夢じゃない……待っ、これ!?」
心臓が止まるかと思った!
自分の顔と見間違えた!
壁に貼ってある写真、家族写真。
その中に映ってる父さんや母さん、兄ちゃんに、俺の顔まで見覚えがある。
でもこの景色は知らない。
「小学校から、高校……くらいまで?」
たくさんの写真。右にいくほど新しい。
中一の俺が成長したらこんな顔になってたのかな。
学ラン姿からブレザーの制服に変わって、そこから先の写真はなかった。
その時、壁の呼び出し音が鳴る。
同時に「ボックス」も開く。
「すみません金谷さん、遅れました」
白い受話器からは男の声。
寝る前に聞いたのと同じ声。
「遅れた、って?」
「タバコ、切らしてますよね」
「え?」
「食事はいつも通り好きなタイミングで」
「待って、タバコ?吸わないです、けど」
「禁煙!?いや困りますよ、それ」
「困るの!?」
「んんん、ちょっと上と相談してみます」
「というか、吸ったことないし」
「え!?」
「吸い方わからなくて」
受話器の向こうで男の人が笑いだした。
でも、バカにされてる感じはしない。
「金谷さん、昔みたく明るくなりました?」
「かな?」
「よく冗談言ってましたもんね」
「あ、はい」
とりあえず話を合わせる。
「少し面白かったです、付き合いますよ!」
「ありがと、なら吸い方教えてよ」
「口にくわえて息を吸いながら、火をつけてください」
「どうも。ところで、何で俺が吸わないと困るの?」
「すみません、ちょっと呼ばれちゃって。一回切りますね。失礼します!」
通話が終わって、スラックスのポケットに膨らみがあることに気付く。
金属ライターと、三本残ったタバコの箱。
よく見たらベッドの横には灰皿。
一本を取り出し、肺を煙で満たした。
*
考えること、調べること、たくさんあるけどまずは癒しが欲しい。
あんまり喉も渇かないし空腹感もない、心の栄養が必要な気分だった。
『先週に引き続き、イベント特集でーす!』
アプリを入れ直すところから始めたネットラジオ。
毎週水曜日に更新、やっと聴けた。
『今回も私、ぼっちの放送じゃないんですよぉ!ゲストと二人で……そして!現地のみなさんと一緒に公開収録の様子をお送りしますねー!』
「いや、なんで!?」
二人組がパーソナリティをつとめていたはずの番組。
推しの配信者と、もう一人。
その〝もう一人〟が、いない!
俺が大好きなラジオ番組、赤い髪の配信者と白い髪の配信者……二人で何年も放送を続けていたはず。
白い髪の子の存在が、なかったことにされてる!?
タレント公式サイトを見ても初めから所属していないかのように何の痕跡もなくて、泣きそうになった。
ラジオの音も耳に入らず、膝から崩れ落ちる。
放心して、途方に暮れて、思い出す。
*
昨夜、車にいた時から変だった!
寝る前も!
『よう狐』
『ヨウ狐』
『化け狐』
やっぱり検索結果は全部、空振り。
それどころか文字入力の時点で妖狐の「妖」の字が出てこない。存在しない。
広いネットの海、妖怪のよの字もなし。
やっぱりだ。
アニメ化もされた忍者漫画が、なくなっている。
大好きだったのに。ふざけんな!
でも忍者を殺す忍者が主人公の小説は残ってる、コミカライズ版もある!
よかった、あれまでなくなってたら自殺も視野に入れるところだった。
去年まで見てた特撮ヒーローも消えてる。
でも他のシリーズは一覧に記載されてる。
確信した。
どういうわけか、この世界では当たり前にあったはずの「物語や情報」が消えている。
それにまつわるもの、派生作品、モチーフも全滅。
ラジオパーソナリティの配信者は白髪で狐耳デザインの女の子、だから消えた。
何でだよ!!
妖狐とかじゃなかったろ!
単に狐耳の、狐っ娘って設定なだけだろ!
化け物じゃなくてゲーマー配信者だぞ!?
あの子が何したってんだよ!消すなよ!!
涙がこぼれる。ガチ泣きだ。止まらない。
でもせめて最推しの、赤髪の人だけは無事で本当に本当によかった。
スマホのホーム画面を見ながら、俺はまた泣いた。
*
『ドラゴン』
検索結果、なし。
そろそろ何か食べるか。
受話器を自分から持ち上げると、耳元に呼び出し音。
「……どうされました?」
朝話したのとは別な、もう少し歳がいってそうな低い声のおじさん。
俺は食事を頼み、ボックスから受け取る。
慣れてきた。
「これしか選択肢ないの!?」
小皿に小さな焼おにぎり一つとほうれん草おひたし。
物足りないのでまた食事を頼む。
すると、いかにも冷凍食品な焼おにぎりが再び届く。
三度目も変わらず。
ふてくされながら、俺は自分がどうしてドラゴンやタイタンをネットで検索していたか何となくわかってくる。
石膏像と戦わされた。
アレと似た財団記事はネットからきれいさっぱり消えていた。
ツノ馬やカッパも誰かが捕獲したのかもしれない。
同じく収容セルに入っていたキマイラも。
で、そいつらも「ネットでの情報ゼロ」が共通。
調べて出てこない奴は実在するのかもしれない。
石膏像の時のように、いつか戦うのかもしれない。
「ドラゴンも、どっかにいるのか?怖いな」
知っておきたい。
心の準備を済ませるための、検索。
神話、物語、財団ホームページ以外にゲームやライトノベルも調べていく。
「ボア・スレイヤー!?」
大好きな小説のタイトルが変わっていた。
敵も小鬼から悪猪になってる。
語呂が悪い。
「そういえば……これ!?」
そこで俺は気付く!
おにと入力しても変換候補に「鬼」の字がない!
おに、オニ、尾に。
『桃太郎』
でも、大量に検索の結果がヒット!
ある!?このストーリーは残ってる!?
『あらすじ、最終的に猪ヶ島で大猪を退治』
鬼も、きっと実在する。
引き続きスマホをタップし続ける。
*
あっと言う間にお昼になっていた。
調べれば調べるほど気になってきて、きりがない。
いくつかの妖怪や財団所有オブジェクト、それに神話生物とツチノコなどの未確認生物にオカルト、どれも共通して「ないものはとことんない」と言えるくらい情報消失が徹底してる。
ドラキュラや狼男なんかはフィクションとして広く浸透してる。
基準が分からない。
白い受話器を持ち上げる。
誰かと話したい、聞きたい。
「朝は話の途中にすみません」
「いや、大丈夫です」
「金谷さん、何で僕に敬語なんですか?」
夜中と今朝しゃべったあの人だ!
明らかに知り合いの雰囲気がある。
この人を通して世界のルールを知りたい。
元の金谷謙一についても聞きたい。
俺が元いた世界や家族も心配だ。
転生とかそういうの、全部話そう!
「ごめん敬語やめる。でさ、相談があって」
「はい、できる範囲なら」
「俺、ここから出たり君と話したり……できる?」
「できますよ」
「え……出れるの!?」
「今から枷送るんで着けて待っててください」
ダメもとだったのに即答されてビビり散らかる。
出れないならこのまま少し話を、そういえば君の名前は、そんな風にたくさん言葉を用意していたのに。
俺は受話器を壁にかけて少し待つ。
ガコン、という音。
ボックスを開いて、チョーカーを首に巻きつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます