手を伸ばしても

 今日の天気は晴れか曇り。昨日のじめっとした空気をからっと吹き飛ばす、とはいかないものの、一応は太陽が顔を出したり隠れたりする、そのくらいの空模様。

 昨日の彼女が誰なのかどうしても気になった僕は、いつもより数分早く家を出ることにした。

 お母さんに感づかれないように、数分の差をあたかも偶然の出来事かのように、意図したことではないと思わせられるように、「行ってきます」といつも通りに伝え、扉を開けた。

 少し早く家を出たのには理由がある。いつも通りの時間に家を出て、彼女が少し前を歩いているのなら、少し早く家を出れば逆に僕が彼女の前を歩ける。あとは後ろを振り向けば……というわけだ。

 そんなまどろっこしいことをしなくても直接声を掛ければ済む話……、そんなに単純なことじゃない。声を掛けるのは何となく、気恥ずかしいからだ。

 後ろを振り向くだけならそんなにおかしな行動ではないはずだし、車が走って来てくれれば完全に自然な行動に見えるはずだ。

 自然な振り向き方のシミュレーションを脳内で行っていると、昨日彼女の存在に気付いた場所に到着していた。

 変な緊張感で、季節に合わない汗がオデコに滲む。小さく息を吸って吐いてを繰り返し気持ちを落ち着けてから、覚悟を決める。

 あいにく車の通りはなかったが問題ない。僕は脳内シミュレーションで作り上げた完璧な振り向きを実行に移した。

 視界に捉えたのは何ヶ月も前から同じ時間に登校している見知った何人かだった。

 目的が達成出来なかったのに、妙な安堵を覚えた僕はいつもより少し足早に学校へ向かった。


 彼女は時間にルーズな人で、一昨日遭遇したのはただの偶然だったのかもしれない。そんな仮説を立てた。

 今日の天気は気分の上がらないどんよりとした曇り。

 今度こそと意気込んで、係の仕事があるとかなんとか言い訳をして昨日よりさらに早く家を出た。

 今日の作戦は、ゆっくり歩くことで追い抜いて貰おうというもの。追い抜かれる瞬間にチラッと視線を送るくらいは不審な行動ではないだろうし、何より振り向く一瞬にかけるよりチャンスのある時間に幅を持たせることが可能だ。これなら彼女の登校時間にブレがあっても、ある程度対応できる。

 一般的な歩く速度よりは確実に遅く、かといって違和感が生まれない程度に速く。絶妙な速度で歩き続けることで、一人また一人と僕のことを追い抜いていく。

 見知った顔ばかりが視界に映る。見知らぬ顔が通り過ぎるのを期待する僕は、そのたびにがっかりして焦る気持ちが膨らんでいく。

 結局、今日も彼女を見つけることは出来なかった。

 なぜこんなにも彼女に拘っているのか、自分でも分からない。

 平凡な日常の中に現れた非日常に、冒険心でもくすぐられているのだろうか。小学生じゃあるまいし、そんな子供じみた動機ではきっとないはずだ。

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