傘の向こう

稲穂 浩

いつもの景色に

「行ってきます」

 雨。扉を開け外の世界へ踏み出した僕を待っていたのは、鈍色の空と空から降り注ぐ雨、雨、雨。

 天気予報で知っていても目の当たりにした時、気分の急降下は避けられない。

 深くため息を吐いた反動で、大きく息を吸う。鼻や口を通って肺に入る空気が冷たくて重いから息が苦しいと錯覚してしまう。


 僕は雨が嫌いだ。


 雨の日には、体育の授業が潰れる。その時間が気まずい空気が教室を満たす保険の授業に変わったりする。傘を持たなきゃいけないから片手の自由が奪われる。湿気のせいで癖っ毛が酷くなって恥ずかしい思いをする。なんとなく、みんなの機嫌も悪くなっているような気もする。

 雨が降らないと世の中に色々な悪影響があると聞いたこともあるけれど、そんなことは僕には関係のないことだ。

 そんな事を悶々と考えながら、お母さんが買ってきたありがちな濃紺の傘を差して、学校へ続くいつも通りの道を歩く。

 道の片側には小さな田んぼが広がっている。その景色がよりいっそう湿度の高さを感じさせ、よりいっそう気分を鬱々とさせる。

 片側には田んぼ、逆側には立派な一軒家が並び、地面はアスファルトで出来ているという少し不思議な環境はもう見慣れてしまった。

 その見慣れた景色の中、僕は見知らぬものの存在に気がついた。

 僕と同じ中学校の制服を着た、傘を差した女の子の後ろ姿。

 登校というものはルーティンのように繰り返されるものだから、示し合わせるでもなく同じような人々がいつも視界に入る。それはいつの間にか記憶され、どうでもいい景色の一部になって意識の外に弾かれる。

 僕の少し先を歩く傘を差したその女の子。僕はその存在を強く意識してしまう。

 新しい学期や学年に変わる時期であれば、生活リズムが変化したり、三年生が卒業していなくなったり、新入生が入ってきたりする事で景色が一変することはある。でも今は十月で、そういう時期ではない。

 いつも通りの景色の中に、たった一つだけいつもと違う存在。

 僕は何故か、彼女の事がすごく気になっていた。


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