羽根のない魚

逃間栗助

人太郎

人太郎は息を吐いた。

それは、白く濁って冬の空に溶けた。

その日は曇天であった。

人太郎の心も、曇天であった。

お婆さんは、受胎告知を受けたらしい。

お爺さんは、お婆さんにDV(ドラマチックバケーション)を受けていたので簡単に受け入れてしまった。

人太郎は、「人と違う人間」を殺す為に佐渡ヶ島へと旅立った。

人と違う人間というものは、非常に気味の悪い生物である。

そう、この国では教育される。

人太郎も、その妄想に脳を寄生されてしまった。

駅構内で十数分歩いて帰る、何がしたいのかよく分からない老人そのものであった。

人太郎は、思考だけが固まり自分で上手く判断のできない人間だったのだ。

人間の奇天烈な性格を煮こごりのようにして集めた、何も面白みのない人太郎だったが、一つだけ良い所もあった。

理系だった。

自分が理系であることを誇らしげに掲げる、カスのような理系であった。

やはり、良い所なんてなかった。

佐渡ヶ島へ向かうフェリーの中で、人太郎は三匹の仲間と出会った。

『面白くない人間』と『カフカを読める自分は価値のある人間だと思い込んでいる、虫になって撃たれた方がいい人間』と『猿』であった。

「面白くない人間」は、センスがないくせにティム・バートンとタランティーノを考察している、3流企業を営む小太りの社長であった。

「カフカを読める自分は価値のある人間だと思い込んでいる、虫になって撃たれた方がいい人間」は、弾けないくせにマイナーな楽器ばかりを集めている、インディーズバンドファンだった。

インディーズ時代は最前列で鼻水を垂らしながら応援しているくせに、メジャーデビューした瞬間に「インディーズの時の方が好きだった」と、訳の分からない妄言を垂れ流す40代の女性であった。

垂れ流すのは鼻水だけにして頂きたいのだが、それを理解できるだけの知能もないようなので、人太郎は諦めた。

「猿」は猿である。

煙草を未成年のうちに吸うことで、自分の人生の価値が上がったと錯覚している猿である。

「箔が付く」という、もはや漫画でも使われていない言葉を愛用している猿だった。

肺だけでなく、脳みそまで黒く染っているのだろうが、それを教えてやるほど人太郎に余裕はなかった。

Supremeの服を着ていたので、煙草の火で燃やしてしまおうと思ったが、服を褒めてやればすぐに懐いてくれるので、思いとどまった。

人太郎は、お婆さんから貰ったレッドアップルの箱を取り出した。

レッドアップルは、タランティーノの作品にしか登場しない架空の煙草だった。

それをお婆さんがメルカリで三万円で購入していたのだ。

三匹は味も分からないくせに、深く頷きながら煙をくゆらせた。

佐渡ヶ島へ着くと、人太郎は三匹を斬り殺した。

この三匹は、「個性の塊」であったからである。

人太郎は満足して、佐渡ヶ島人と結婚した。

だが、すぐに離婚届を提出した。

「休日はお城に行きたい」だの、「山から海を見下ろしたい」だの、DV(ドラマチックバケーション)を受けたのだ。

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羽根のない魚 逃間栗助 @minto_minto

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