Case 19.チェ●ソーマン?

 教会の前に到着する。そこは一面緑に囲まれており、静謐せいひつながらも、不気味なほどに木々が立ち並んでいた。ワトソン君はごくりと息を呑む。マキナは、深々と辺りを見渡していた。

 朝にも関わらず、手のひらサイズの光の玉が光源となるくらいには、暗い。ちなみにこの光の玉は、カナタんに預けられたものだ。例の空想世界で魔法が使えないというが……一応持ってきた。


「とりあえず、入ってみるか」


 私はそう言いながら、足を踏み出す。


「空想世界……いつでもリタイアできるとカナタさんは言ってたけど、怖いでヤンスね」


 小刻みに肩を震わしているワトソン君。

 カナタんが参加したときのこと、聖霊会の人が試みたときのことを、事細かに聞いたが……どうやら、空想世界は毎回形を変えるとのことだ。

 カナタんのときは、舞台が学校で、恋人を5人作らないと抜け出せないという世界で。聖霊会の人のときは、連続殺人犯を特定するという、私に似合いそうな世界だったという。


 ──物語……いや、ゲームを攻略するようなものか。


 というのがその空想世界についての私の印象だった。


「死なないって言ってたし、シャロが痛めつけられるとこを沢山見たい」


 元カノであるマキナは楽しみにしているようだった。いつの間にか私よりも前にいる。教会の扉目前だった。


「そういえばマキナちゃん、ローランド家で会ったときと全然印象違うでヤンスよね」


「ジョーカー捕まえるために猫被ってたし。……というか、いつまでその変な喋り方してるの?」


「マキナちゃんが考えた罰ゲームでヤンスよ!?」


 そうして私達は……鬼が出るか蛇が出るか。ギシリと軋む扉を開けて、中に入っていくのだった。



 入った途端、眩い光が拡散したかと思うと──。

 私達は、至る所が痛んでいる、小さな部屋に居た。端的に言い表すなら──ぼろい山小屋のようだった。明かりはついておらず、いくつかある窓ガラスは、全体を覆うようにして板が打ち付けられている。中に入ったのは、確かに朝だったが──深い夜に沈んでいる。カナタんから拝借した光の玉も消えており、魔法が使えないことを理解した。


 辺りを見渡すと、3部屋ほどしかない小屋で、脚の折れた机と椅子、ズタボロになっているベッド、そして──あっちの世界では普通だが、珍しいモノがあった。


「な、なんでヤンスか、これ……」


 ワトソン君は震える自分の体を両腕で抱きしめながら、それに興味を示す。


「これは──電話だな」


 それは今はあまりない、黒電話だった。

 そういえば、ローランド家で──確か、伝書バードを使って、聖霊会に現状を報告しようとブリリアント婦人は画策していた。


「私の推測が合ってるなら、伝書バードのような機能性を持つ」


「伝書バードちゃんの?」


 ワトソン君に聞くと、伝書バードとは、いわゆる伝書鳩の役割を持っているとのこと。納得して、私も電話について説明した。


「へぇ、やっぱり、シャロちゃんの居た世界は、全然違うでヤンスね」


 と、彼女が感心していると──。


『え、ちょっと待って、またノンケちゃんたちが浮上したの? ちょっ、あたし有名人じゃん』


 上から、軽快な口ぶりの女の声がした。

 カナタんが言ってた──空想世界で、聞こえてくるというやつだろう。


「君が、人攫いの犯人か?」


 私の声に、反応はなかった。

 無視をしているのか、聞こえないようになっているのかは、判断がつかない。


『ってか待って、めっちゃあたしの琴線刺激する子いるんだけど、ピンク髪ロリとか激アツか? 国宝級か?』


 そう、よく分からないことを言っていたが……言葉から、こっちのことは見えているのだろうと思った。


『あ、ちょっと待って、ヤバイ思わず魂震えすぎて説明忘れてた』


 めちゃくちゃ待たせてくるその声は、こほんと咳払いをして。


『救済を妨げるノンケちゃんたち、ここはあたしが創り出した、虚構で真なる世界。迷い込んだだけなら、”快楽堕ち”って宣言して。外に帰してあげる』


 快楽堕ち……? 言葉選びが独特過ぎて意味がよく分からないが、口ぶりからリタイアってことか?


「……やべー女」


 マキナは引いていた。


『……そう。君たちもそうなんだ、残念だなぁ』


 私達がしばらくリタイアの意志を見せないでいると、彼女──かは姿が見えないので分からないが、声の主は、私達の目的を察知したようだ。


『あたしに会いたいなら、条件を満たして、空想世界を抜け出すこと。今回の”作品”はシンプルで──この島に潜む凶悪な殺人鬼に殺されずに、島のどこかにある船に乗って脱出する』


 本当に、ゲームの世界に迷い込んでしまったようだ──いや、既にデスゲームに巻き込まれていたな、私は。


『ヒントを一つ与えると、クリエイティブなヒトじゃなければ、決してクリアできない。だから、リタイアするなら今の内だよ。殺人鬼に殺されても死なないし、元の世界に戻るだけだけど──殺されれば、現実と同じような痛みを味わうからさ』


 それを最後に。声は途絶えた。


「シャロちゃん、どう思うでヤンス?」


「ふむ……。声の主は、この世界を”作品”と言っていた」


 そう、それはつまり。私は口端をにやりと持ち上げて続ける。


「つまり──この作品の主人公になればいい」


 ストーリーとは、主人公を中心に展開されることが多い。本を沢山読んできたから分かる。

 作者──声の主の伝えたいことを読み取り、主人公を演じる。そうすれば物語は結末へと向かう。完璧な作戦だ。


「シャロはいつだって、私の主人公」


「そうでヤンスね! ジョーカーさんの時のように、万事解決できるでヤンス!」


 そして、頼れる助手と私を愛してくれる元カノがいる。私達は悠然と、外に飛び出していくのだった。

 外に出ると、月明かりのない暗黒だった。教会のあった森のようではあるが、やはり夜というだけあって、雰囲気がある。

 と、そんなとき、走る音が聞こえてきて……。それは徐々に近づき、距離がかなり縮まったところで、やっと姿が明瞭となっていった。

 それは、長身で痩躯の男だった。暗くてよく見えないが、濃い青色の髪をしているように見えた。顔貌から想起するに、中年くらいだろうか。

 そんな彼は、息を切らしながら、私の顔を見つめる。


「っしゃ、やっと好みの女だ!」


 そして……突然のことだった。その男は、精悍で淫猥な瞳をぎらつかせ──私を押し倒した。


「ふひゃ! あいつに殺されるくらいなら、好き勝手してやる!!」


 男はそう言いながら、私に馬乗りになって、両肩を強く掴む。彼が細見といえ、体重差はかなりあるだろう。いっぱい痛かった。


「展開が……早い……!」


 物語の導入にしては、藪から棒だ。

 流石に、こんな序盤で主人公の私が殺されてはならない。

 そう思いながら、ワトソン君とマキナに逃げるように指示を出す。


「そんなのできないヤンス! ……そ、そうだ、さっきのデンワとかいうので、助けを呼ぶでヤンス! 伝書バードちゃんと同じような働きをするなら……でヤンス!」


 ワトソン君は、急いで小屋の中に戻る。流石、頼りになる……!


「……こういうシャロが、私は見たかった」


 マキナは頬を染め、発情していた。


「流石にこんな子供だと可哀想だが……だからこそ興奮が……抑えきれねぇ……!」 


「……! まさか……!」


 この男は、私に性的な目を向けているのか!? しかし、おかしい……。これが物語なら、私は手を出されるはずがない……!

 だって昔、サムさんから聞いたときがある。


 エッチな作品には──18歳未満は登場しない。


「というかこの中で私選ぶか!? いや、二人には手を出すなよ!」


「あ? 生えたら女は終わりだろ」


「何が!?」


 だから、この男が私をそういう目で見るのはおかしい!


「クソ! それならこれでどうだ──べぇーーー!」


 私は、変顔をした。

 両方の口端を思いっきり横に伸ばし、左右の目端も広げる。


「どうだ! この私で性的興奮を覚えてみろ!! べろべろばー!!」


 指を大きく広げて、鼻の穴に入れて、上に伸ばす。

 これなら、可愛くないので、性的な気分も晴れるのでは──そう思った。

 しかし……効果がなかった! 男は私の服に手をかける。


「やめろ! 探偵のシンボルだぞ! この世界の私が、私たる由縁なんだぞ!」


 何故だ……! 私が笑えば、ほとんどの人が怪訝な目をするのに、どうして変顔は通用しないんだ!

 そんなとき、後ろの小屋が開く音が聞こえる。


「──デンワの使い方、全然分かんないでヤンス! そもそも、コードが切れてて使えなそうでヤンス!」


 そして──。


 ぶぉん、ぶぉん──。


 ワトソン君の声に、何かが重なった。


「……! いいとこだったのに、なんでヤツが……!」


 すると男が私から離れる。そして、音の方を向く。私も立ち上がり、続くと──ソレが目に入る。

 ずんずんと地面を踏み鳴らす、ゆうに2mを超えてそうな巨漢。両手に巨大なチェンソーを持ちながらも、軽々歩いている。距離はあるものの、脳味噌を揺さぶる程の音を旋律させるそのチェーンソンーは、かなり存在感を示している。


「……チェン●ーマン?」


 私は、自然と口に出していた。

 しかし、顔を見ると……所々穴の空いた、白い仮面。


 そう、あいつは……。


「ヂェイソン……!」


 金曜ロー●ショーで見たときある……! あいつが、殺人鬼で間違いないだろう!

 男が体を震撼させ、たたらを踏む。なんとか体勢を立て直し──絶叫しながら走っていった。


「シャ、シャロちゃん、わたしたちも逃げるでヤン──」


 そしてそれは、一瞬の出来事だった。

 ワトソン君の言葉が、最後まで紡がれる前に。


「ぎぃやぁあああぁあああぁああぁあ!」


 ヂェイソンの2本のチェンソーが──男の体に貫通していた。まるで瞬間移動でもしたかのように、彼の元に居た。

 狂喜乱舞した血しぶきが、ヂェイソンの仮面、体を満遍なく濡らしていく。骨を断つ音が、ここまで聞こえる。


「───────」


 男が絶命しても、全身の血液を抜くように、チェンソーを抜かない。


「ひぃ……ぁ……あ……しゃ……シャロちゃん……」


 ワトソン君は腰を抜かし、体をすくめる。


「……流石に、あぁなるシャロは見たくない」


 マキナも度肝を抜かれている。


 そんな中、ヂェイソンは──こちらに体を向けた。

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