Case 20.13日後の金曜日・オブ・ザ・デッド・ブルー

 絶体絶命の中、私は思索する。

 鬱々とした舞台。フラグを立てるように、私に非道なことをした瞬間に殺された男。ワトソン君が言ってた、切られた電話線。


 ──これは作品……。


 そして。


 ──ジャンルはホラー映画で間違いないだろう。


 生き残るためには、この作品の主人公にならなければいけない。どんな結末を迎える作品でも、主人公が序盤に死ぬことはないのだから。

 ならば、どのようにして、主人公は切り抜けているか。

 

 ──ホラー映画の主人公は、どうやってピンチを切り抜けてきた?


 活路は、そこにある。

 そう思ったが……。


 ──いやホラー映画の主人公って、特に何もしなくても、なんだかんだ最後まで生き残ってないか!?


 というより、脱落形式なのだ。死にそうな人が、どんどん死んでいくんだ。

 それなら……。


 ──なるほど。すぐ死ぬキャラクターと逆の行動をとればいい。


 私は、真実に辿り着いた。


「ワトソン君、マキナ──歩いて逃げるぞ」


 そして二人にそう提案した。


「あ、歩いて逃げるでヤンス!?」


「あぁ。こういう作品に大切なのは、臨場感。だから、逆をつく演出をする。私を信じろ、ワトソン君」


 私はディアストーカー帽子のツバを上げ、体をくるりと回す。ゆっくりと歩き始める。

 数歩歩くと、二人の足音も調和する。

 あの、人離れしたヂェイソンの足音も重なるが──距離は近づかなかった。

 当然だ。悠々と歩く人間が殺されても、視聴者はまったくドキドキハラハラしないのだから。


「す、すごいでヤンス! お友達みたいに、わたしたちと同じペースで付いてきてるでヤンス! 流石はシャロちゃんでヤンス!」


「そうだろそうだろ、ぶへへへっ。……しかし、あまり後ろを向くな。眼中にないって感じを出してた方が、より安全だ」


 さすれば、ホラー作品のコンセプトは破綻する。”自身に恐怖する存在を次々と殺戮する”のが、殺人鬼・怪物・幽霊の役割なのだから。


 そして、しばらく歩くと遠くに港が見えた。いかにも物語的に脱出できそうな場所なので、そこを目指すことにした。

 ヂェイソンは用心棒──いや、保護者のように、後ろから見守り続けてくれた。チェンソーの音も止んでいた。


「いえーい」


 マキナが後ろを振り向いて、ピースをする。するとヂェイソンが、一瞬立ち止まって肩を震わせた。


「おいマキナ、煽るな! ヂェイソンが可哀想だろう!」


「なんか、愛着湧いてきたでヤンス」


「……それはちょっと分かるな」


 だるまさんが転んだをしているように、ヂェイソンは私達に動きを合わせる。それはどこか可愛かった。

 と、そのまま歩いて行くと……。


「──クソ、あいつか殺人鬼は!」


 二人の男と、一人の女が一緒にいるところを見かけた。


「一旦分かれるぞ! どうせ現実で死ぬことはねぇんだ! それなら、誰かが脱出すればいい!」


「えぇ、必ずや、ウララ様の元に情報を持って帰るわ!」


 口ぶりから、聖麗会の自ら参加した人たちだろう。なるほど。一つの作品に、色々なグループで参加できるのか。

 そして、二俣に散る三人。


「待て! 一人になったら殺されるぞ! ホラー作品のメタをつけ! 三人行動するんだ! 後、走るな!」


 私がそう叫ぶも、一目散に逃げていく。


「へっ、でも俺痛いの嫌だもんね、囮になってくれや、お二人さん」


 一人になった方の男がそう言った。

 すると……。

 ジェイソンは彼を物凄いスピードで追いかけた。


「え、なんでだ!? 効率的に考えて二人の方に行くはず──ぎゃあぁあああぁああぁあ!」


 そしてすぐさま、男は肉塊と化した。光に包まれて消えた。ゲームオーバーということだろう。

 さらに……。


「ざまぁねぇよバーーーカ! 俺はな、お前のことが前から大嫌いだったんだ! ウララ様の前ではいい顔しやがって!」


「あはははは! ホント、ざまぁないね──きゃっ!」


「どうした!? 何もねぇとこで転ぶなよ! ほら、早く立て!」


「ダメ……腰が抜けて……立てない……っ」


 そんな二人にも、ジェイソンはすぐさま追い付き。


「クソ……なら魔法で──なぜだ!? 何故使えない!? 聖霊会実力者の俺が……あぁああぁああぁあ!」


 その言葉と絶叫を最後に、彼らも、すぐさま死体となった。

 私は、思った。もしかしたら、ホラー映画に必要なのは……性格の良さなのかもしれないと。



 それからも、多くの血が流れた。

 そして、私が何を言っても、耳を傾けてくれる人は居なかった。ワトソン君から聞くに、ホラー作品のテンプレートは、あっちほど膾炙かいしゃしていないらしい。


「だから俺は反対したんだ! 俺は来るつもりなんてなかったんだからな!」


 仲間割れをすれば、目を当てられ。


「なっ──ジョンがスタックした!?」


 ヂェイソンから走って逃げれば、不自然に足を取られ。

 全員、殺された。

 私達の後ろには、死屍累々……そして、ついに……。

 傾斜を下っていく、埠頭にたどり着く。3人乗れるか乗れないくらいの、小さな船を発見する。いつしか、ヂェイソンの姿も消えていた。


「船……! アレで、脱出すればいいヤンスよ!」


 嬉々として、駆け寄るワトソン君。


「待て……! 最後は……どうなるか私にも予想がつかない」


 そう、ホラー作品は……完全なるハッピーエンドで終わることはまずない。B級までいけば、訳が分からないエンドが待ち受けている。

 全滅のような、胸糞悪い結末。多くの謎を残したままのエンディング。

 そんな監督や、脚本の理不尽が、降り注ぐ。

 そう思っている中……突如として、豪雨が襲い掛かる。雷鳴も轟いた。

 そして……それすらも掻き消す程の──不規則な足音と、唸り声。


「アー……アー……」


 それはゾンビの大群だった。

 これまで見てきた死体──聖麗会の人達は、殺された瞬間、体が消えたはずなのに、その人らのゾンビの波が押し寄せてきた。まさに、伏線もなにもない不条理だった。

 しかし、これこそが、ホラー作品の醍醐味なのだ。だからこそ、最後までドキドキし続けることができるのだ。


「シャロ、どうするの? 私は、何でも従う」


「わたしも、シャロちゃんの言う通りにするでヤンス」


 二人は私に、委ねてくれる。

 正直、何が正解か分からない。例えば、主人公が死ぬケースもある。主人公を守って仲間が死ぬケースもある。そしてもちろん……全員死ぬこともある。

 逆に、全員が生き残るケースはあまり多くない。考えられるのは……主人公と恋人の二人だけが生き残る、といったことが多いか。


 そう、色々思考を巡らせるも。


 ──ふっ、答えなんて、決まってるか。


 たとい、必勝法があっても。お決まりの展開があっても。主人公は私。私が私であることは覆らない。

 私に付いてきてくれる人を、私に優しくしてくれる人を、犠牲にするのはよくないことだ。

 自分の幸せが、他人の不幸の上に成り立って言い訳がない! それは幸せとは呼ばない!


「みんなで生きる。急いで船に乗ろう」


 そう言うと、二人は大きく頷く。三人で船に乗る。


「わたしが漕ぐでヤンス!」


 急いでオールを手に取り、海をかきわけるワトソン君。ゾンビが迫ってくる中……ゆっくりと、助走を開始する。


「アー……!」


 先頭のゾンビの腐敗した指が、船尾に触れる……! 船体が大きく揺さぶられる!


「──シャロちゃんの助手として、負けるわけにはいかないでヤンス……!」


 それでも……ワトソン君は負けなかった。歯を食いしばって、足腰を踏ん張って、気合を入れるように声をあげて、手の動きを緩めなかった。

 するとついに、船は前に進み始めた。


「流石だワトソン君! 私の力では、絶対負けて──」


 しかし……まだ、この物語は終わっていなかった。

 大きく、水しぶきがあがり──頭上に影が差した。

 それは、とても大きくて、注視してみると……。


 その正体は……サメだった。


 そうか! ホラー映画、ゾンビ映画ときたら──サメ映画の夢の共演もあってもおかしくない!

 ただ、たとえそれが予想できていたとしても、この暴風雨の中では成す術などないだろう。

 このどんでん返しは、視聴者のためにあるんだ。最後の最後……見守ってきたキャラクターに降りしきる不条理な絶望こそが、作品を際立たせるのだから!


「危ない、シャロ……!」


 それでも……絶望の淵の中、マキナは両腕を広げ、私の前に立ってくれた。ワトソン君も必死に船をこぎ続ける。

 だから私も……最後まで希望を失わない!

 しかし──。

 サメは、私ら3人をも一気に飲み込めそうな大口を開ける。

 死が……近づく。

 走馬燈のように、思い出が起こされる。

 そういえば、昔……サムさんに話したことがある。

 海の話をされて、私は、サメを見てみたいと言った。

 するとサムさんは、サメは確変だからミコちゃんはセンスがあると、褒めてくれた。


 確変──その言葉は辞書で調べても載ってなかったので分からなかったが──サムさんが言うに、革命が如き、奇跡が如き、一発逆転の一手だという。


 そう、私達の身に起きてるそれは──まさに確変だった。


 更なる人影が、海から飛び出て、頭上に重なった。


 その人影は、チェーンソーの調を連ねながら── 蝶のように舞う。


 巨体に、蝶のように刺す。


「ヂェイソン……!」


 私のその声は、チェーンソーの音に打ち消される。

 サメは海に帰し……その巨体から真紅が波紋していく。

 すると……。


『え、ちょっと待って、まさかの初クリアで、無意識的におめでとうって声出たんだけど』


 頭上から、あの女の声が鳴り響いた。

 そして──。


 チェーンソーを海に投げ捨てたヂェイソンは、私達に中指を立てる。

 さらに、人差し指、親指を立てる。


「ヤーマン」


 私がそう伝えると……再び眩い光に包まれた──。

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