Case 16.これにて事件解決ざばす
屋敷に戻り、外であったことを説明する。デスゲームのことは、話がややこしくなると思ったので、機会があれば話すと言った。
それに対して、一様に、考える仕草は見せたが……何はともあれ、ジョーカーの正体を暴き、ブリリアント婦人の命が救われたことに、安堵した。
「あの、本当にクリス様は、治癒しなくていいのですか?」
クリスさんは私を庇ってくれたときに怪我を負った。深くは無いが、体の至るところに切り傷がある。
「だいじょうぶデース! ミーがシャーロットみたいなことされたら、チョロリと出ちゃうデース!」
「……チョロリ?」
こうして、一件落着──とはならず。
「どうして! 私を殺そうとしたざばす!!」
ブリリアント婦人は鬼の形相で、一人のメイドに詰め寄っていた。私が推理で暴いた──ジョーカーに依頼を出したメイドだ。
「あんたがウルビダにしてきたこと考えれば当然でしょうが! 今になっても分かんないとか、どんだけ人の心失ってんの!?」
主従など関係ないと言わんばかりに、彼女は勢いよく口を開く。不俱戴天の仇と相対しているかのように、怒りに狂っている。誤魔化すつもりもないらしい。
「ウルビダというのは?」
私はワトソン君に問う。
「さっき、あの方と一緒に居た──ほら、キッチンで」
「あぁ、あの人か」
エントランスで、婦人が二人に浴びせていた罵詈雑言は、人格否定を伴っていた。
「あんただって、分かるだろうが! あの子は……家族に捨てられて、行く当てなんかない! それをいいことに、あんたは嫌がらせしてんだろ? 拾ってやった恩義とか思ってんのか知らねぇけど!」
迫真の態度から、彼女は本当に、自分よりもそのウルビダの為を想って依頼をしたのだろう。
「あんたはどこまで性根が腐ってるざばすか、アホマヌケすかぽんたんメイド! 一回サファイアの群生に轢き殺されて輪廻転生するざばす!!」
「その宝石のやつマジムカつくからやめろ! あんたが死ねよ! やっぱ、毒で苦しみながら死ねばよかったんだ!」
「うきぃいいぃいい! 本当に、どうしようもないざばす! 自分のしてることは棚に上げるざばす!?」
「は? なんのことだよ!」
「あんたらが──リーゼロッテにしていることざばす! 私は知ってるざばすからね! 今日だって参加者のお迎えの仕事を、押し付けたざばす!」
「それは──っ」
メイドは言いよどむ。
「全部、全部、私は把握しているざばす。自分の家で雇った人間のことは、全て」
「ッッ──あんたがリーゼロッテばっかり目をかけるからだろ!? リーゼロッテには最悪、帰る家がある! でもウルビダにはねぇんだよ! あいつの家は、ここだけなんだ!」
「帰る家があっても、リーゼロッテの居場所はここしかないざばす」
「……どういう、意味だよ」
「リーゼロッテがこの屋敷に来たのは、あの澱みのない、献身的過ぎる性格のためざばす。……あいつの治癒魔法は強力ざばすからね」
「……どういう意味──」
「黙って聞くざばす。あいつに目を向けてくれたのは、家族の中で、お兄さんただ一人だったざばす。両親は名誉のため、兵家に売り飛ばそうとしたざばす」
「……くっ」
「実際、リーゼロッテはそれでも、喜んでどこへでも行くざばしょう。どんな戦場へも、どんな死地へも。でも、そんなのクソったれざばす。金で地位や名誉を買っても──人の自由を買うことだけは、私は絶対許さないざばす」
「なんだよ……じゃあもっと……私に……あの子に優しくしてくれたっていいじゃねぇかよ……」
「あんたらが私を理解するざばすね。私を誰だと思ってるざばす?」
涙を零しながら、膝を崩すメイド。そこに、リーゼロッテが近づいていく。
「わたしが、ブリリアント様に心配をおかけしてるんですよね。他のメイドの方に、迷惑をおかけしているんですね。それはずっと、分かっていました。ですから──決めました」
ワトソン君はぴんっと姿勢を正して。
「わたし──屋敷を出て行きます」
意気軒昂と言った。
「……は? ざばす……え? ざばす?」
「つまりブリリアント様、わたし、ワトソン君になりたいんです」
「誰ざばす!?」
「シャーロット様は、魔法を使わずとも、ブリリアント様の命を救いました。わたしも、そんな人間になりたいんです。お兄ちゃんや、ブリリアント様を、これから心配させないために」
目にキラキラと輝く星を浮かべて。ワトソン君は、ブリリアント婦人の顔をしっかりと見つめる。
「……シャーロットも中々に人間性に
「ここで私攻撃されることあるか!?」
私は悲しかった。
「でも──そうざばすね。案外、いい所も悪い所も吸収し合える二人かもしれないざばすね」
ブリリアント婦人の顔に、刹那的な悲哀が刻まれた。それは、可愛い子に旅をさせる母親のように見えた。
「ありがとうございます! シャーロット様も、いいですか!?」
「もちろんだ──と言いたいところだが、私は家もないし、一銭もない。それでもいいか?」
「えぇ!? どうしてです!?」
「この服と帽子をオーダーメイドしたからな」
金貨3枚はそれで使い果たしてしまった。
「なるほど、珍しい恰好だと存じていましたが、そんなに高価な──いや家の方は!?」
忘れていたが、確かにこれからどうしよう。名探偵になるとか、デスゲーム以前の問題だ。私がうーんとうねっていると……。
「お金なら私がいくらでも差し上げるざばす。シャーロットは命の恩人なのですから、当然ざばす」
婦人はそう提案してくれた。
名探偵として当然のことをしたまでと言うも、結局は押し切られてしまい。
そして、予定納税が危ぶまれるくらいの金貨をいただき──。
翌日。
「最後にいいざばすか、リーゼロッテ」
晴れた朝日に出迎えられたワトソン君に、いつになく真剣な眼差しを向ける婦人。
それにはいっと、快い返事で返すワトソン君。
「それがたとえ、ダイアモンドの原石でも──磨かなければ決して、光らないざばす。でも、あんたはそもそもただの石ころざばすからね。身の程を弁えて、普通以下であることを知るざばす。誰かのために何かできるほど、あんたは凄くないんざばすから」
少し照れ臭そうに、婦人は頬を染めて。
「そんなあんたを、受け入れてくれる人はここに居るんざばすから。……私も、自分を見つめ直すざばす。……私を殺そうとしたメイドと一緒に」
そう続けた。口は悪いが、根はいい人なのだろう。
リーゼロッテは両目に雫を揺らしながら、深く頭を下げる。
そして、背中を向けて、庭に一歩踏み出した。
「私も最後にいいだろうか、婦人」
「なんざばす?」
「婦人が語尾につけてる、ざばすって一体なんなのだ?」
私がそう訊くと、婦人は晴れやかな顔をして。
「遺伝、ざばす」
そう教えてくれた。
かくして、ジョーカーが脅かす事件は終幕し──次なる事件にか、殺し合いにか──私達は向かっていくのだった。
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