第二章

Case 15.あれから、それから、これから

 ルール3──ゲームが開始されたのなら、最後の一人になるまで終わらない。

 そして、たとえばルール6と7では、全ての転移者が転移してきたとき、ゲームが開始すると説明されていた訳ではない。

 そして、8の隠されしルール。


 ゲーム開始のトリガーは──参加者の手によって、参加者が殺された場合。


 言い換えれば、誰も殺し合わなければ、ゲームは始まることはなかった。


 されども、畢竟。麗ちんの性格を考慮すれば──ジョーカーはゲームのルールとは関係なく、殺されていただろう。


 このゲームのルール……かなり奇妙だ。上手く言葉にできないが、モヤモヤする。

 やはり、多くの隠されたルールがありそうだ。


 デスゲームが始まってしまったのは……仕方ない。


 私は無能力者──だが、魔法は使えなくなって、言葉を届けることができる。

 いっぱい頑張って、麗ちんにも、モリアーティにだって、殺し合いなんてよくないと、伝えるんだ。


 そんな中。


 ジョーカーの死が、血で血を洗う殺し合いを加速させるトリガーとなるか、それはまだ分からなかったが。

 私──シャーロット・ホームズの旅路は、本当の始まりを迎えた。最長1年という、タイムリミットを抱えながら。


「おー! 名探偵の理想像じゃないか! ぶへへへっ」


 私は可憐な笑顔を咲かせる。

 探偵といえば、探偵事務所。ついに──いや、大分とんとん拍子ではあるか。私は、自分の事務所を構えることができた! 場所は、えにしを大切に、私が名探偵を志すきっかけとなった、ヴェルサイユ通りの──ベル書店のすぐ近くだ。


「けほっ! けほっ! け、結構埃っぽいね……掃除しないとっ」


 公式に助手ワトソンとなったリーゼロッテは咽ながら言う。それでも心はまだメイドのようで、薄汚れた部屋を見て、目を輝かせている。


「これくらい汚れていた方が、赴きがあっていいと思うがな。推理力は申し分ないが、生活はズボラ。なんかそういう名探偵よくないか?」


「それじゃあ、わたしの仕事ないから!」


「何を言うワトソン君。私の手助けをするのが君の仕事だ」


「あの! いつになったらリーゼロッテと呼んでくれるの!?」


 ワトソン君とは和気藹々あいあいとやっていけそうだった。

 

 しかし問題は──やはりデスゲームだろう。


 あの時……私は何もできなかった。麗ちんとジョーカーの──モリアーティと呼ばれた少女の戦いを、止めることができなかった。結果、未知なる魔法でジョーカーは死亡した──。


 

 私は、あの後のことを思い出す──。



 ジョーカーが絶命、オランウータンに変貌を遂げて、そして消え……麗ちんはモリアーティと対峙する。


「……今の、アンタの魔法?」


「…………さあ」


 初めて、麗ちんの顔に困惑が貼り付けられる。されど、少女──モリアーティは端然としていた。眉一つ動かさない。


「今ここで排除した方がよさそうだね、アンタは」


 再びレイピアを構える麗ちん。彼女の魔法の神髄は、先の戦いを見ても分からなかった。あの、体の動きを封じ──ジョーカーを倒した未知なる魔法に対抗できるのだろうか。それとも、ここで引かないのが彼女の信義なのか。


「…………今のを見て戦うとか愚鈍だな」


 しかし、モリアーティには戦う意思が見られない。嘆息して、麗ちんに背中を見せた。


「へー、すっごい余裕♪ じゃあ、遠慮なく♪」


 レイピアが光り、瞬く間に伸びていく。


「──幸の目≪四荒八極ウルトラテレポート≫」


 突き刺さったかと思った時には……モリアーティの姿は忽然と消えていた。それに麗ちんは、可愛らしく舌打ちをする。ある程度、こうなることは予想がついていたのかもしれない。


「ゲホッ!! ゲホッ!! 麗ちん……本当に……君はこのゲームに……」


 まともに戦っていないのに、私は満身創痍だった。プレイヤーの心に、何一つ触れることもできなかった。いっぱい悲しかった。いっぱい悔しかった。


「あのさ、いい加減きもいよおチビちゃん」


 私がそう言うと、最初出会ったときのように──眼前に突きつけられる切っ先。


「君には……人を救えるだけの……力があるじゃないか……力の使い方を……誤ってはいけない……」


「殺されなきゃ殺される。だから殺す。月並みなことだと、麗ちん思うんだけど」


「それでも……他人に与えるのは……苦しみじゃなくて……幸せでないといけない……色んな本で勉強した……私に優しくしてくれた人が……いつもそう教えてくれた……」


「……なんかおチビちゃんって、かわいそうだね。今回のことで、よく分かった」


 一瞬、麗ちんの目に憐憫の念が浮かび上がる。そして、そっとレイピアが視界から離れていった。それは金属音を鳴らしながら、鞘に納められていく。


 次には麗ちんの冷たい眼差しが、私の眼を捕らえていて。


「アンタ──ジョーカーなんかよりもずっとおかしいよ」


 そう言って、体をくるりと回した。


「待て……」


 私は、彼女の背中に腕を伸ばし続けるが、届かず、離れていく。

 しばらく歩いたあと、彼女は立ち止まって。


「……こんな隙を見せても魔法を使わないんだ。やっぱわたし、カワイげのない子供って、一番嫌いかも」


 麗ちんはそう最後に言って、月夜に紛れていった。


「……大丈夫、シャーロット」


 息を乱し、咽ぶ私に近づくマキナさん。


「あぁ……むしろ……懐かしい感覚だ……」


 私にお似合いの姿な気がして、自嘲混じりの吐息が零れる。魔法の解けたシンデレラのようだ。けれど、どこか、清々しい感じさえする。


「シャーロット最高だった。今でも興奮が止まらない」


「……興奮?」


 マキナさんの顔が、何故だか赤らんでいた。

 そんなとき、頭上から声が聞こえる。


「カナタんも流石に絶句だったぷい。ジョーカーが獣臭ぇ姿になったとき、思わず各地に流してた配信ぶちぎってしまったぷい」


「口悪いのやだ……そんなプイキュア見たくない……」


 私は、彼女の口ぶりにとっても悲しい気持ちになっていた。


「その臭ぇ口塞ぎやがるぷい。喋ると傷に祟るぷいよ。というかマキナ、何やってんの。屋敷ん中から人呼んでくるぷい」


 でも、すぐに嬉しくなった。やっぱりプイキュア好きに悪い人は居ない。マキナさんはこくりと頷いて、体を反転させる。

 と、ちょうどそのタイミングで、みんなが私の元へ走ってきた。やっと、静けさを取り戻したから、出てきたのだろう。


「大丈夫ですか、シャーロット様! 今すぐ治療を──」


 ワトソン君は、膝を折って、そそくさと私の全身に舌を這わせていく。人生初めての感触で、こそばゆくて、体がビリビリした。次々と、彼女は体勢を変え、仰向けの私にまたがり、血に濡れた口元を舐めてくれる。


「実質セックスじゃん」


 エリザベスさんは私達を見て、そう言った。

 そして、見る間に傷が寛解していくと、みんな胸を撫で下ろしてくれるのだった──。

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