Case 14.こうして、デスゲームは始まった

「私の信念が……薄いだと?」


 沈着冷静を貫いていたジョーカーの言葉尻に、温度が乗る。


「さっきおチビちゃんに語ってたやつさ、カナタちゃんに全部見せてもらってたけど──シンプルに痛いよね。心の内から憎悪の炎燃やしてるなら、自分の身が塵になってでも、自分の手で復讐するっていうの♪それでこそ、私刑でしょ♪」


「黙れ! あの世界には、権力に屈し、泣き寝入りしなければならない者ばかりだった! そんなのは、間違っている! 弱者は、死罪に等しい心の傷を与えられても、権力者に屈する他ないのか!? 今の私には力がある! 弱き民衆の代わりに、復讐する力が……!」


「うわだっさ。何年かかってでも、這い上がればいいじゃん。……アンタは結局さ、おチビちゃんが言ってた──あっちと異なる科学の知識使って、いい気になってるだけ。ツマンナイ正義感振りかざしてるだけ。ほんとだっさーい」


「違う、違う違う違う……私は……!」


「違うっていうなら、証明してよ。というかそれを証明するための、デスゲームなんじゃないかな。『己の信念を貫き、清く正しく、ゲームを楽しむ』、ってあのお猿さん言ってたし。参加者の抱く正義を示し合うゲームなのかもしれないね♪」


 冷涼と麗ちんは言って……レイピアを構える。おぞましい笑顔を浮かべながら。


「これは勝負ありやがったでぷい!?」


 上空で、カナタ・プイキュアが盛り上がりを見せる中。

 私は、体に鞭を打つようにして、地面を這っていく。


「麗ちん……ジョーカー……自らに抱く正義と正義は……ぶつけ合うものではない……、互いに尊重し合うべきだ……。定められたルールの中で……私達は……幸せを見出すべきだ……」


 私は──自分がおかしいことを知っている。

 それでも……サムさんのように、自分に笑いかけてくれる人はいた。上手に感情を表すことができない私を、憂慮してくれる先生、看護師さんが居た。


「私達が居た世界は……決して……平等じゃない世界だ……」


 精一杯、言葉を紡ぐ。あの世界で得た、私の正義を、連ねる。


「物語の中でさえ……そうだ……。病気には……抗えない……不条理は……降り注ぐ……」


 二人に視線を行き来させて、心から言うも。

 ……私に待っていたのは──皮肉にも、そんな不条理だった。


「おチビちゃんのその、穢れも知らないような信念は正直キライじゃないけど──だからこそ、わたしの邪魔であることには間違いないかな」


 剣を振るだけで、巻き起こる業風。私の体は宙に舞い、地面の衝撃が待ち受けている。


 それでも……。


「……幸せは……必ずどこかに……ある……っ」


 さながらグレゴール・ザムザのように地面を蠢動しゅんどうする。私は私の心をぶつける。

 そんな私を……麗ちんは凍てつく視線で見下して。


「麗ちんもさ──昔はそんなこと思ってたな」


 彼女に私の想いは届くことはなく……私の体は、剣の一振りで再び空に投げ出され、地面に吸い寄せられた。


「さっ♪ 終わりにしようか♪」


 もはや雌雄しゆうを決したと言っても過言でないジョーカーに向き直る麗ちん。中央の噴水から流れる水のように、澄んだ声色だった。


窮鼠きゅうそ猫を噛むものだ……!」


 ジョーカーも、抱く信念が生気となるようにして、再び目を輝かせる。そうして、ぶつかり合うも……。

 無情にも──彼と麗ちんの実力差は埋まることはなかった。晴れやかな表情で繰り出される剣に、ジョーカーは自分の身を守る余裕さえ失われていった。

 そして……。


「はい、さようなら♪」


 息を切らし、死を察知したような表情を浮かべるジョーカーの顔前に──レイピアが突きつけられる。上空のバーチャル空間の彼女が、狂乱した最高潮の盛り上がりをみせる。


 勝負あったかと、誰もがそう思う中──。



「──幸の目≪五里霧中パーフェクトジャスティスロスト≫」



 天使の囁きのような、透き通った声音が麗ちんの奥からして──。


「……え」


 麗ちんは不自然にバランスを崩し、転倒した。


「よ、ようやっと来たか、モリアーティ……! 遅いぞ……!」


 そして、安堵したジョーカーが見つめる先に──純白のフード姿の、華奢な少女が歩みを進めてきていた。フードの隙間から見える髪も、真っ白で──本当に、雪のような少女だった。


 ──モリアーティ……だと……?


 ホームズのライバル的存在……確かに、その少女はジョーカーにそう呼ばれていた。


「…………無様だな、ジョーカー」


 少女は冷めた口ぶりで。晒される肌も雪のように、そして病的に白く、まるであっちでの私の姿のようだった。身長も、私より数cm高い程度だ。


「もしかして、仲間……? それならもっと早く、片づけるべきだったなぁ」


 立ち上がった麗ちんは、二人を睥睨へいげいする。少女は、顔色一つ変えずに、視線を交差させる。


「まさか、アンタも転移者? ルール的に、転移者同士で手を組むなんてあり得ないと思ってたけど♪」


「…………手を組む?」


「まぁ、最終的に裏切るのがデスゲームの定石だろうけどさ♪」


「…………定石? 私はこんなゲームに興味ない」


 少女は、冷徹の声音を紡ぎながら、上空に目をやる。そして、私を含め──次々とデスゲームの参加者に対して、見下すように、ぎろりと目玉を動かした。


 その瞬間だった──。


 金縛りでもあったかのように、私の体は機能を失う。


 そして──。


 視界は暗黒に包まれる。


 体の言うことはきかず、機械じみた音声が、流れ込んでくる。


『ジョーカーの正義とは、傲慢で、欺瞞ぎまんである。依頼主の宿願を叶え、鉄槌を下しているように見えるが、実際はその依頼主の口を封じ、自らが裁かれることから逃げる臆病者である。それを念頭に置き、選択せよ──』


 その言葉を噛み砕く暇もないまま、音声は続く。


『《Choice》──ジョーカーは、生きるべきか、死ぬべきか』


 私に……そう、問いかけてくる。

 脳内は猥雑わいざつとしているが……死ぬべきではないことは確かだと私は思った。ジョーカーは、生きて、罪を償うべきだ。


『──結果、生きるべき6%。死ぬべき94%。よって、ジョーカーの処刑を執行する』


 その音声と共に、暗黒の空間が晴れていく。


 そんな、眠りから覚めたような私の目に入ったのは──。


「なぜ……だ……ゲホッ!!」


 体に無数の傷を切り刻まれ、鮮血に染まるジョーカーだった。

 すぐさまその血の海は広がり、吸い込まれるように彼の体が倒れる。

 そして……。

 その身体が、光に包まれたかと思うと……。

 死体は──変貌を遂げていく。


「なんだ……これは……」


 私は愕然とする。本当に、意味が分からなかった。

 ジョーカーの体は──毛むくじゃらの体に、成り代わった。

 そう、それは……私にデスゲームを告げたオランウータンのようだった。

 そして──。


 私達が、大きな間違いを犯したことに気づく──いや、このデスゲームが私達を弄んでいることを、確信する。


参加者プレイヤーJackの死亡を知らせるウホ』


 聞こえる。


『これにより──シークレットルール①:”参加者が参加者の手によって殺された時、ゲームが始まるに従い”──まだ転移していない、残り全ての参加者を異世界に強制転移──ゲームスタートウホ』


 脳内に流れた甲高いその声は……。


『期限までの1年間──清く正しく、デスゲームを楽しむウキ』


 真なるデスゲーム開始の、ファンファーレだった──。

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